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邂逅

 ずいぶんと夢を見ていた。たまに見せられる夢、遠くなった日々が眩しすぎて起き上がったときに苦しかった。あの時は目標があった、夢や恋、周りがあって人がいて自分を立ててくれた、学校と友と先生、何よりも体力があった、今は我慢できなくなった、固執できなくなった、あんなに楽しもうとする力は抜けてしまった。


 あの頃の朝は天使のように輝いていた。それでいて偽善的だった。いつも寝坊をしたのは天使に笑って首を引っ張られることが怖かったから。碌に食べられない朝食、勝手に聞かされる様々の雑音、自分よりも速いバスの車輪と時刻。

 知っている忘れる名前に挨拶して、知りたくもない早く全てを忘れたい名前の喧しいに苛立って、頼りない大人の文句を聞いて、頼れない授業が始められる。椅子に座るだけの時間を足りない眠気に魘され、空腹に起こされ追い込まれ、平気を装って教科書の空白に絵や文字を書いていた。

 日はずっと好きな子のことを考えている時間もあれば、日はうんざりと嫌いなものばかり憤った時間もあった。「学校の勉強に意味があるのか」友に退屈な言葉を聞いてもらったら「彼女を落とせないのだから意味は無いんじゃね」と返された。好きでいる意味もまた無いのに気づかされて哀しくなった。

 放課後は色々と弾いた。弓の弦、気に入らないアイツの声、好きな子に見惚れた時間とその終わりを。自転車と自分を家まで運ぶいつかの夕暮れ、私がいなくても響く向こうの音を、その白い肌を目に焼き付け、転がるように坂を降りていった。

 夕の後は悲惨なもの。あるだけのないようなところに金を求める大人の悪い仕事に時間を消しカスのように捨てられた。ありきたりで決して受けられない未来から逃げたくて、無理に鉛筆をなぞった。あれはきっとただのパフォーマンス、周りを気にした繊細な社会の杞憂。親と大人の機嫌を、その綻びを鉛筆でまた縫うような、無理な常識。

 夜は刻々と幽霊が忍び寄ってくる背後。見えぬ闇の、瞼の裏に震えていた。眠らなければ眠れない矛盾を、暗闇の光、スマホの動画の明りを瞼を赤くした。うんざりするまで飽きるまでそうしたら、ボタンを押して疲れていた。


 あの後は中国だかアメリカだか日本だかわからぬ小さいのに怯えろと囁かれ閉じこめられ、色々して色々無くして、また誰かの都合を押し付けられ押し付け、頼りない未来を適当に追って綻び落ちた。青いばかりの空が、その光が窪み薄れぼやけるほどにやつれた日を一人過ごした。あったはずの好奇心や後悔は、知らぬ都合、未熟さを貶す仕事に騙され消えた。ついでにどこか恩を装って、見えぬ過去や借金で煽られるくらいならと、流さるる島の船を蹴って砂景色に彷徨った。

 その頃に文を書き始め、今に辿り着いた。


 私は誰かのレプリカやただの一人になれず、ないしはパクることさえできず、夢に呪われ横たわる日々である。窓の向こうの聞き覚えある飽きた商売を眺めうんざりした頃もあった。今はその意味もわかるようになって興味は色褪せた。同時に自分を求めるのに疲れた。

 きっと私のような人間が生まれ変わりたいと望むのだと思ったが、生まれ変わる気力さえないところ、見当違いだったようである。隣りの咳に憤って、時間の隙間を大きくなった身体を縮めて、どうでもいいものを食べて、どうでもいいように寝る。それでたまに思うことといえば、空が美しいなというくらいである。敗北しかなかった人生であって、最後には後悔も残らない、腰抜けというのは誰かのイデオロギーで、私はそういうのを書ける気はない。ゆえに生まれ変わりなど望まない。どこかで朽ちて死ぬ前まで文を綴るつもりも、適当に呆けて横たわるのみだろう。

 すると気づかされた。私にとって文学とは、書くこととは、その自然さを備えつつも本当のところそれは、気持ちよく歌うようなものである。何かのメッセージや作家性など、疲れるあまりだった。ならなおさら転生は求めず、求めたとしても王道とはいかない、現代社会のその経済計算、風潮、他人個人を知らぬように。自分のイデオロギーを他人に押し付けられるのは誰だって疲れる、のにあたりがやるのは到底金稼ぎの為だろう。でないならどこかの狂信者だろう。


 そして青春は終わった。今の朝はただ見守るだけの安らかで、夜は夜ほど奥深い深淵になった。大して何も得ていない人生であるが、たまに見せられる夢は、その記憶は、それなりに私を苦しめてくれる。生きるのに大した意味がないと言い切れば寂しくなるくらいには、意味があったのだろう。けど何かを得てしまったのなら、手放すのにまた苦労して抜け出せないだろう。重くて動かない足より軽くても動かない足は程よくいいものだ。

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