王子様のバンド
マゼラン、エルカーノらが世界一周したころから地球もだいたいつまらなくなってきただろうか。どこかの王子様が虚しさを通り越して憤っていました。
「私が地球に罅を入れてやる」
王子様はエレキギターを握ると、メイドの子にマイク、長老にドラムスティック、兵長にベースを持たせて城を出て行きました。遅めの反抗期かと王は安堵しましたが、王妃が首を振ったところ違ったようである。
それにしても酷い演奏でした。まずの酒場では沈黙が悲鳴を上げ、次の広場では投げられた卵から出てきた鳥に突かれ、そろそろの披露宴ではロミオと一緒にベランダから突き落されました。罅を入れたのは恋のほうだったようです。
これでは駄目だと王子様はとにかく焦って、メイドの子を水着にし、長老をモヒカンにし、兵長をムキムキにしました。いっそう酷評されました。形から入る作戦も失敗し、路銀を無くした一行はどこでもないどこかの街の路上、哀しさのままに演奏しました。
するとどうでしょう、沢山の人が集まってきました。卵の代わりにか、金貨を投げてくれる。いえ、違うようだ、簡単な演奏に適当な歌がはまったようです。今までの攻めすぎた曲調から、ありきたりなどこにでもある簡単な曲が街人に響いていました。
兵長はよしよしと笑いました、長老はモヒカンを剃りました、メイドの子は好き勝手歌いました、王子様は、それはいけない、歯ギターを始めました――止めました、兵長がそのギターを奪い取ろうとし、長老は身体を抑え、メイドの子は好き勝手まだ歌ってました。アカペラも綺麗な歌声でした。
王子様は顰めた。
「なにをするんだ。これじゃ地球を割るどころか、丸くなっちまう!」
兵長とモヒカンはその顰めた顔をさらに押さえつけて顰めさせた。もはや王子様の顔に罅をいれるつもりで。
「ダメです! ダメですよ! もうお金がないんですよ!」
王子様は負けました。
リーダーが長老に変わりました。王子様は渋々とリードギターを弾くだけのおっさんになり果てました。けれど演奏は実にいいようです。酒場では酒のシャワーを浴び、広場では乙女を魅了し、披露宴ではカップルにケーキ入刀までさせてしまいました。
始めは尖っていた王子様も、お金が沢山もらえてモテるようになったので満足しました。それでもたまに歯で引こうとしますが、そのときは長老が舞台から突き落しています。
それでついにやってきました。大都市の城主の前です。大事な大事な騎士大会の開会式を任せられました。彼らの演奏もあり、式は大いに盛り上がり、王子様もテンションが上がってまいりました。またギターを振り回します。そして弦を噛もうとします――これはまずい。舞台が高すぎて突き落せない。長老は難儀しました。王子様は尖った歯をギターに近づけていきます――そこに飛んできたマイク、王子の顔面に直撃。メイドの子もテンションが上がっていたようです。ぶん投げてしまいました。思わぬパフォーマンスかトラブルか、開会式はさらに元気になりました。
王子様はそれでも諦めませんでした、諦めました、マイクの二投目が横を掠ったからです。メイドの子は何本マイクを持っているのでしょうか。
そうして式は終わり。王子様一行は世界的なアーティストになりましたとさ、めでたしめでたし――その数年後、解散しました。方向性の違い、結婚、衰え、家業などが理由でした。特に王子様は活動を続ける中で苦しくなったらしい。唯一無二の存在になりたかったのに、やはりありきたりな音楽じゃ満足できなかったようです。
それから数年後、ある酒場で王子様は演奏した。私は遅刻してしまって本人に取材できなかったので、聴いていたスタッフに感想を伺いました。
「なんかどっかで聴いたことあるやつでした」
彼はパクったわけじゃない。行き着いた先に先客がいただけでした。彼はそれに気づいているのでしょうか。広場では誇らしげに歌っていました。それはそれでいいのかもしれません。