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ランドセルの中身

「おはようございまーす!」


 自宅マンションを出たところで、後ろから声を掛けられた。

 振り返れば、近所の小学生がこちらに向かって走ってきていた。


「あ、おはよー」


 答える私を、彼は追い越しながら「いってきまーす!」と叫んでいた。


 寝坊でもしたのか慌てて家を出たのだろう、彼に背負われているランドセルのフタが開いていた。

 高学年男子の背中には少し小さく思えるランドセルの蓋は、ガチャガチャと音を立てて左右に大きく揺れている。


 あのままでは、ランドセルの中身が飛び出してしまいそうだ。

 全力疾走中の彼には悪いが、伝えたほうがいいかもしれないと思い、「ねぇ!」と口に手を添えて大声をあげようとした、その時だった。


「……え?」


 べろんとフタが捲れた、その一瞬だけだったが、ランドセルの内側が見えたのだ。

 しかし、教科書やノートに交じって、目を疑うものが見えた。


 人間の、顔だ。


 青白い肌に、真っ黒な目。

 ボサボサの長い黒髪まで見えたし、あれは紛れもなく人間の顔。

 しかも、その虚のような黒い目と目が合ったような気さえする。


 あまりに突然で、声が出なかった。


 きっと、本か何かの表紙に違いない。

 あんな人の顔が表紙の本なんて見たことはないが、きっとそうだ。

 そうに違いない。


 私は学校へ急ぐ彼の背中を見送りながら被りを振り、仕事へ向かうことにした。

 しかし、彼のランドセルの中身が気になってしまい、その日はなんだか集中できないまま終わってしまった。


 どうしても気になって、次の日の朝、彼に出会したタイミングで聞いてみた。


「あ、あのさ。昨日、君のランドセルの中身が見えてさ……」


 そう切り出すと、彼はちょっと困ったように眉を八の字にして


「あー、おばさんが見ちゃったんですか? それで学校着いた時には居なかったのかー」

「え?」

「あいつ、見た人のカバンに入っちゃうんですよ」


 彼の言葉に驚いて、私は思わず自分の通勤バッグを開いた。

 しかし、そんなものは見当たらない。


 バッグの中身は、書類の束と、財布と、社員証と、化粧ポーチと、、、

 しかし、書類を何枚かかき分けたところで、手が止まった。


 いた。


 青白い肌。

 真っ黒な目。

 ボサボサの髪の、顔。


 平べったい、顔だけの、なにか。


「だから、おばさんも誰かに見せてね! それじゃ、いってきまーす!」


 彼はそう言うと、逃げるように走りさってしまった。


 これが何なのか、全く見当がつかない。

 しかし、誰かに見せなければいけないようだ。


 私はバッグのファスナーを閉め、どこでバッグを開けたままにしようか考えた。

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