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白イ花

駅の改札に向かう途中、頭に綺麗な白い花のコサージュを付けた女の子を見掛けたんです。

中学生か…高校生くらいの子だったかな?

とても綺麗な花だったので、つい、見とれちゃって。

…でも、よく見るとその花、なんか変なんです。

飾りなら、こう、金具がちらっと見えたりするじゃないですか。でもそうじゃなくて。

なんか変だなって、よく見てたら、気付いたんです。

頭から、生えてたんですよ、その花。

ちょっと意味分かんなくて、本当かなって思っちゃって。

改札を抜けて向かうホームが彼女と同じだったから、その花に注目しながら追っかけました。

いやホント、花が気になって、ですよ?

大きくて、ガーゼのように柔らかそうな、白いふわふわの花でした。

その女の子は、花が咲いてるのを知ってるのか知らないのか、それは分かりません。

ホームに着くと、普通に電車を待つ感じで立ち止まりました。

私はその子から少し離れた後ろの方に。まぁ、ちょっと気になっちゃったんで。

するとすぐ、ホームに電車が滑り込んで来るアナウンスが流れました。

電車の先頭には『急行』の文字が光ってて。

この駅には急行は止まらないので、電車は若干スピードを下げただけで走り過ぎようとしていました。

電車から視線を、頭に花を咲かせた女の子に戻したんです。そしたら、その子の身体が傾くのが見えました。

頭の花がふらりと花弁を翻してて、


「…あっ」


って思わず、声を上げてました。

次の瞬間には電車の耳をつんざく急ブレーキの音が鳴り響いてて、沢山の悲鳴とざわめきが私の周りを取り囲んでいました。

彼女が立っていた付近に近づくと、花が落ちていました。

真っ白い、汚れを知らぬようだったあの花が、鮮やかな紅に染まってたのだけが、すごく印象的でした。


それで、まぁ、人身事故のために会社には遅刻して。

しかし、白い花の話は誰にもしませんでした。誰も信じてはくれないでしょうから。

それで午後からは、客先へ出向く為に地下鉄の駅へ向かいました。

改札を抜け、階段を降りていく最中、私の視界では不思議な事が起こり始めました。

私の前を行く人々の頭から、にょきにょき…にょきにょき…って、緑色の植物の芽が生えてきたのです。

それはなんとも異様な光景で、私は悲鳴を上げそうになりました。

しかし、私はなんとか声を堪えました。

だって、こんなおぞましいものが見えているなんて、きっと私の頭がおかしいに違いないからです。

それに、周りの人はまるで気にしていない様子でしたから、そう思ったのも仕方ないと思います。

そうして人の頭に生え始めた植物の小さな芽は、みるみるうち二葉へ、二葉は蕾へ、そして蕾は開き、白い花へとなりました。

私は [今朝の]() 出来事を思い出さずにはいられませんでした。

あの、白い花を咲かせた少女が、急行電車へ飛び込む様を。

何かが可笑しい、そう思いながら、地下鉄のホームで電車を待っていました。

私の周りには、頭に花を咲かせた人々が大勢並んでいます。

まるで、百鬼夜行の行列に一人で紛れ込んでしまったかのような、居心地の悪さでしたよ。

そうこうしてるうちに、電車が轟音を響かせながらホームへ滑り込んできました。

ドアが開き、乗り込もうとした私はギョッとしました。

だって、電車の中にも、頭に花を咲かせた人々がいっぱいいたのです。

なんとも気味の悪い様子でした。

私はあまりの異様さに気分が悪くなり、その電車には乗らず、ホームに残りました。

花を咲かせた人々が電車に乗り込むと、発車ベルの音がして、電車がゆっくりと動きだしました。

徐々に速度を上げ、轟音を響かせ始めるのを、一人残ったホームで聞いていました。

次の電車まで、ベンチで休もうか、と自販機の方へ足を向けた時でした。

ドオォーーン!と凄まじい爆発音が、響いてきたのです。

そして、地下鉄の天井を這うように黒い煙がやってきました。

非常ベルが鳴り響き、たった今改札からホームにやってきた人々はパニックに陥っていました。

みな外へ逃げ出そうと、我先に階段を駆け上って、もみくちゃになってました。

私もなんとか人々をかき分け、必死の思いで地下鉄から出て来れたのです。

その後は凄まじい混乱になりました。

それにしても、私の乗ろうとしていた電車に何があったのでしょう。

そして、あの白い花は一体…。

まぁでもこんな話、誰も信じてはくれないでしょう。

「ね、刑事さん?」


私は取調室で、数人の男に囲まれ、この話をしていた。

地下鉄の爆破テロに巻き込まれながらも、五体満足な私は、快く刑事達の取り調べに応じていた。

彼らは神妙な面持ちで私の話に聞き入り、その後苦々しい表情で呟いた。


「……やはり、白い花か」


刑事の一人が言った。

それから、一番偉そうな刑事が、他の数名に命令を出し、彼等はばたばたと取調室から出ていく。

部屋に残ったのは、私とその刑事の二人きり。


「いやいや、あなたのお話のお陰で、犯人を特定出来そうですよ、感謝します」

「まるでファンタジーのような話なのに、犯人逮捕に繋がるのですか?」


私は面食らった。そんな妄想を聞きたいんじゃない!なんて、怒鳴りつけられるとおもってたので。

しかし刑事はそれとは逆の反応をしたのだから、驚くしかない。

刑事はふぅ、とため息を吐くと、私に一枚の写真を差し出した。


「…貴方が見たという花、こんな形ではありませんでした?」


そこに映っていたのは、確かに、地下鉄のホームで見た、あの白い花だった。


「えぇ、確かに」

「実はこれ、とある国がこちらに送り込んできた生物兵器なんですよ」

「えぇ!?」


まさかの展開である。


「綺麗なのにねぇ…。この花は生える場所を選びません。人間の頭にだって根を生やしてしまう、恐ろしい植物なんですよ。そして、この花の特徴は、花びらの状態がある一定量以上密集すると、爆発するところなんですよ。この国でこんな物を使われるなんてね。テロリストに一本取れれた感じです」


刑事は忌々しそうに写真の花を見つめている。

確かに。

人がやたらと密集するこの国ではうってつけのテロ兵器だ。


「しかし、こんな花が頭に生えていたりなんてしたら、誰だって気付くと思うんですけど」


現に私は気付いていた。

その異様さのおかげで、ある意味命を救われたようなものだ。


「そこがテロリストの目のつけ所なんだよ」


ギラリ、と刑事の目が光ったように見えた。


「この国の人間は自分に自信が無い人が多い。だから何かしら変な物を見つけていても、気のせいだ、と片付けてしまう。挙げ句、自分が見ている物は本来ならこの世には無い物だ、とか、自分が見ている物は周りにも見えている普通の物で今さら聞くべき物ではない、と自分を疑う。そんな人間が多い国だからこその作戦だ」


私は、あぁ、なるほど、と頷いてしまった。

まさに私のことを言われた気がしたからだ。

自分がおかしいとさえ思ってしまう、その気持ちにうまく付け込まれてしまったわけだ。


「しかし、貴方のお陰で、早々に片付きそうです。何せあの時電車に乗っていた人々はみんな、お亡くなりになってしまいましたからね」


刑事さんと握手を交わすと、それでは、と警察署を後にした。


帰る道すがら、あの写真の白い花を思い出す。

そうか、あれは生物兵器だったのか。

不気味なほどに美しく、ふわふわで、目を奪われるほどに白い花。

私は頭の中で記憶の花と写真の花を交互に思い出していた。


しかし、おや?

なんだか違和感がある。


地下鉄の人々の頭から生えていた花と写真の花は合致したのだが、一つ、合致しない花がある。

そう、一番始めに見た、少女の頭の白い花。

あれと写真の花は白くてふわふわで、形も一見似ているけれど、雄しべの色が、違う。


じゃあ、あれは何だったんだろうか。


最寄り駅から自宅に戻る途中の道で、私は立ち止まった。

視線の先には、けたたましい警報を鳴らす踏切。

黒と黄色の棒は、進入を拒むように横に伸びている。

その手前には、男性が一人。

男の頭に、白い花が生えていた。

白い花はもう、見たくないなぁ。

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