こちらダンジョン前薬剤店「熊猫」。の、広告担当です。
誰だって楽に稼ぎたい。
面白おかしく簡単に金が出に入って、遊んで暮らせるならその方がいいに決まっている。
そこに他人からの称賛があるならなおのこと。
今最も、世界で若者たちに受けている職業。
それは、『ダンジョン配信者』だ。
一攫千金、ってやつだろうな。
今までもダンジョンに入って中で採れた未知の技術、或いは未知の成分によって構成された何かを採掘する奴らは多くいたが、今度はダンジョン内のお披露目会か。
上手く話題になれば普通に働くよりも手っ取り早く稼げる。そのために多く奴らが手変え品替えご苦労なことである。俺はそんなことやらないけどな。
目の前で倒れている配信者らしき男を見下ろしてため息を吐く。
最近こういうの増えたんだよな。
石造りの床に転がる男とカメラとタブレット端末。ライブ配信、というやつだろうか。
カメラは壊れているので反応はないが、タブレット端末も画面には真っ黒な再生画面の横に倒れている男を心配する文字がずらずらと流れている。
こういった光景は時々見るので大した感動もない。そんなことよりも解決するべきは、先ほどからずっと男の腹の上で跳ねている毛玉のモンスターである。
「け?」
『ケウケゲン』だ。昔日本にそういう妖怪がいたらしく、ひねることもなくその名前を付けられたモンスター。
長い体毛を持つ一頭身のモンスターであり、一番の特徴は毛玉の両サイドから生えている人間と酷似した両腕には長い体毛が生えていないこと。なんで腕だけつるつるなんだよ。
こちらに気が付いて尚男の上で跳ねている魔物に近づいて、迷うことなく顔面にスプレー式の忌避剤を吹きかける。
「けけっ!」
わたわたと顔を抑えるケウケゲンを蹴ればボールみたいに跳ねて廊下の奥へと逃げ帰って行った。
弱いんだよなぁこいつ。まぁ、死角や暗闇から現れて驚かして来るので、この配信者もその手口に引っかかったんだろう。ついでに転んで頭でも打ったか? 踏んだり蹴ったりだな。
五階で伸びているくらいなら配信者としてはともかく、ダンジョン探索者としては初心者だろう。
念のため辺りにも忌避剤を散布しつつポケットに入っているスマホを取り出す。
こういうのは下手に関わると面倒なのでさっさと業者に連絡してしまうのがいい。
「どうも、笹島です。五階南エリアにて一人、回収お願いします」
『あいよ。いつも通り位置情報共有しておいてくれ』
短いやり取りで済んでしまう程度には回収業者とも親しくなってしまった事実に何とも言えない気分になる。電話かけるの、苦手なはずだったんだがな。
放って置くのも後味が悪く、たまたまスマホで検索して一番上に出てきた業者に連絡して以来なんとなく同じところに依頼を続けている。おかげで毎回短い会話で済んでいるし、回収業者の方も儲けているようなのでまあいいか。
その中に散布し終わったスプレー缶をすぐ取り出せる上着のポケットに仕舞い、背負ってきた荷物を下ろす。
リュックに指してある筒状のポスターケースを取り出し壁に向きなおる。
大きめの石を積み上げて作られた壁には破れた紙。定期的に張替えに来ないとこうやって破られてるんだよな。
壁に残っている部分を剥がし、新たにポスターケースから取り出した紙を専用のテープで張り付けた。
紙にはデカデカとパンダの絵が描いており、これまた目立つ色で『薬剤店「熊猫」』と、書かれている。
ん、今日の分のノルマ終了。
一攫千金ってわけじゃないし、地道にコツコツって程でもないが、この仕事は気楽に、かつ自分一人分の面倒をみれて、蓄えられる程度には貰っている。
やっぱ薬屋って儲かるんだろうな。さっき使った忌避剤もそうだが丸薬なんかも、ダンジョンを探索するにはあればあるだけあればあるだけ心強い。
俺は店の方の手伝いは殆どしていないので知らないが、それなりに客は入っているようだ。
元々は街の中にしか広告を出していなかったが、近年ダンジョン配信者なる奴らが現れ、これは儲けになると踏んだ店長がダンジョンに広告を張るようにしたところ見事に広告効果を発揮したらしい。
俺は見てないので知らないが、中には『薬剤店「熊猫」』の広告を見つけるたびにも盛り上がる配信もあるのだとか。どんな配信だよ。
空になったポスターケースを端に差し込んでリュックを背負い直す。帰るか。
ダンジョンの外でなら救急が来るまで男の傍で待機するべきなんだろうが、ここは人目の無いダンジョン。前にそれでトラブルになった。
そのトラブルの内容というのも、ダンジョン内で助けた奴に持ち物がなくなったと言いがかりをつけられた。その時は顔見知りの回収業者と店長が何とかしてくれたが、後々自分でも自衛するようにと言い含められた。
昔からそういう輩は一定数いるようで。業者の連中は慣れてると言っていたが、それもどうなんだ。
倒れている男を横目に荷物をまとめる。アンタがそういう奴かどうかは知らないが、そういうわけだから面倒を避けるためにも退散させてもらう。
「忌避剤を撒いておいたから悪く思わないでくれよ」
誰に聞かせるわけでもないのに言い訳がましく呟いて荷物を背負う。
男が目を覚ます前に離れよう。
今回は敗れてるポスター少なかったな。低階層に張ってあるポスターはよくいたずらで破られていたり落書きされていたりもする。それを回収して新しいポスターを張り直すのが俺の仕事だ。
ほとんど人と話すこともなく、一人で黙々とダンジョンを歩き進めてポスターを張るだけの仕事内容は危険もあるが気を使わずに済むし楽だ。
複数人でパーティを汲んでダンジョンに挑む連中を横目に外へ出る。何時間かぶりの外はやっぱり人が多くてあまり好きになれない。
可能な限り道の端を進みながら裏通りへ反れて行く。ダンジョン前の大通りは店も露店も出ていて栄えているが、一度道を反れてしまえば人の気配すらないほどに閑散としている。
そんな裏通りに並ぶ一店舗。中華風の店構えにでかでかと掲げられた『熊猫』と書かれた看板。朱色と金と挿し色の黄緑に最初は目がちかちかすると思いもしたが、すっかり見慣れてしまった。
「おかえりー」
「戻りました」
ガラス戸を開ければ雑然とした店内の奥でカウンターに肩肘を付いた中華風の服を着た糸目の男が一人。ああしていると中華マフィアにしか見えないな。本物がどうなのかは知らないが。
胡散臭い笑顔でこちらに手を振るあの男はこの店の店長で大熊猫と名乗っている。多分本名じゃない。明らかに怪しい薬を売ってそうなのだが、きちんと国家資格も持っている薬師らしい。見えないが。
『今日もミントで、ダンジョンも配信界隈も埋め尽くしてやんよ!』
「また見てるんすか、それ」
「そうそう。この子が一番うちの広告を面白おかしくいじってくれてるからね」
俺には何が面白いのかはわからないが、所謂ダンジョン配信というやつを店長が手元の端末で見ている。
画面の中には決め顔を作る女がいて、コメントと呼ばれる欄には『やめろ』『ミント植えんな』『絶許』『OPだけでも可愛い声出そうとしてるのエライ』などの文字が流れていた。
正直知らない世界過ぎて理解できないんだが、配信に広告が映ることで客足が増えたならいいのか?
「ま、それはとにかく。今日もお疲れ様」
「どうも」
「今日の分ちょっと多めに入れておいたよ、美味しいもの食べな」
差し出された茶封筒を受け取ってポケットに仕舞う。俺の仕事なんて別に店の商品使ってダンジョンの内部に店のポスター広告を張っているだけだ。ダンジョン配信者みたいにもっと稼ぐ方法もあるんだろうが、食うに困ってないしこのままでいい。
背負っていたリュックを下ろして中身を確認する。中身を検め減っているものを継ぎ足していると、背中から頭にかけて何かがぶつかってきた。
「アキラ、おかえりねー」
「こら小、危ないよ」
小、改め小熊猫。薬剤店「熊猫」のもう一人の従業員だ。最近のブームは俺の上に乗って荷物の整理を眺めることらしい。
大熊猫と小熊猫が営む薬剤店「熊猫」。何とも安直で胡散臭い名付けだな。我ながらよくこんな店で働こうと思ったものだ。
あの頃はまだ世間知らずだったのもあったし、今なら店長に話しかけられた時点で断っている。……ただ、給料はいいんだよなぁ。
「アキラ今日もポスター張って来たアルか?」
「はいはい、いっぱい張ったよ」
「えらいねー、小が褒めたげるよ」
装備のチェックをしながら小の気が済むまで構われておく。
別に気分を損ねたところで何かあるわけでもないが、相手は年下で美少女顔だ。何ならレッサーパンダの耳としっぽを付けたチャイナ服を着ている。口調はエセ中国人風であるもの、害はないので好きにしてくれ。
その様子を店長に生ぬるく観察され、頃合いを見て自宅の安アパートへ帰る。それが俺の日常だ。
だからまぁ、適当に飯を食って、寝て。最低限の人間らしい生活の一部を行ったら、いつもの様に「熊猫」まで来て荷物を背負う。
ダンジョンへ入るなら朝の方がいい。午後になれば学校帰りの学生が「ノリ」とかいうよくわからないものに浮かされて低階層に来て騒いだりする。まぁ、学生以外にもそういう奴らが増えて来てるんだが。
「おはようございます」
「はい、オハヨー」
「おはようねー」
店頭にはいるもののまだ半分寝ている二匹の熊猫は相変わらず朝が弱い。
正直そんなんで大丈夫かとも思う。客足が増えたとは言うが、裏通りなこともあって朝から賑わう店でもないしいいのか?
「アキラこれあげるよ」
「何これ」
「小みたいな大人の女にはちょっと甘すぎたよ」
お前俺の二つも下だろ。何言ってるんだ。
差し出された板チョコに呆れはしたが、素直に受け取る。貰える物は貰っておく主義だ。朝食も食べてないしダンジョン内で腹が減ったら食べよう。
ガラガラと建付けの悪いガラス戸を出て閑散とした裏通りから、まだちらほらと人がいるダンジョン前の大通りに出る。目の前には高くそびえ立ったダンジョン。今日は六階からか。
何やら低層階で騒いでいる若いダンジョン配信者たちを横目に見慣れた入口を潜る。
正直、連中の考えることはよくわからない。配信用の機械なんかを持ってくるよりも薬剤フル装備の方がずっと身軽に動けるだろう。
そんなにダンジョン内部の構造に興味があるのか? 上の階に行くほど内部が外観以上にでかくなり、何なら見るたびに内部構造が変わる階層もあるのに個人で映像記録してもきりがないだろう。
突如世界各国に発生した謎の巨大迷路は、出現して五十年たった今でも内部の解明が進んでいない。内部にいる魔物が外に出ないのが幸いして今の今まで周辺の町は発展してきたが、この五十年で頂上まで登り切ったものは誰一人として現れなかった。
そしてどういうわけか人々は、『ダンジョン』などと名付けられたその塔を産み落とした存在を恐れ、またある者は崇め奉った。
そこは別にいい。信仰の自由というやつだ。だが、疑問に思うとすれば人がダンジョンなるものを産み落としたものの姿を誰一人として正しく認識できなかったことだ。
ある人は顔の無い王だったと言い、またある人は女児向けアニメに出てくるマスコットの様だったと言う。果てには空を飛ぶスパゲッティ状の何かだったと言い出す奴まで出てくる始末。
人々の共通する認識はそいつが言った「イランカラヤル」の一言。
この「イランカラヤル」というのが我々の言語と同じ意味を持つのか、はたまたそいつらの言語で別の意味を持つのかは今のところ解明されていない。
何しろ接触があったのはその一回だけなので。
くだらないことを考えつつ見飽きた回廊を進んでいけばもう八階だ。
この辺りからは遊び感覚でダンジョンに入り込んでいた奴らが格段に減る。所謂腕にちょっと自身のある奴らだけが残ってくる。
外観から予想されるダンジョンの高さは五十階層。ダンジョン探索を本職にしている連中も三十階で打ち止めの者が多い。かつて40階以上まで進んだ探索者がいたらしいが真偽は不明。その探索者はダンジョンを降りては来なかったので、今となっては確かめようがない。
まぁ何が言いたいかというと、よく危険を冒してまでダンジョン最上部まで目指そうと思ったものだ。
別にダンジョン内には金銀財宝があるわけではない。確かに珍しい材質の物や奇妙な生態の生き物はいるが、金目の物があるわけでもないにも関わらず人はどうしてダンジョンを上るのか。
いや、そこに金の動きを見出したのがダンジョン配信者と呼ばれる奴らなのか。
それにしても今日は光るコウモリが多いな。
薄暗いダンジョン内では光源として役には立つが、こう多いと目がチカチカする。
以前はもっと下の階にいたが、人の出入りが増えるにつれて生息域が移動していったようだ。
人がダンジョン内に出入りすることで起こった生態系の変化か。あまり興味はないが、モンスターたちにとってもいい迷惑だろうよ。
バサバサと頭上を光るコウモリが飛び去って行く。
どういう原理化は知らないが腹部が光っているコウモリは、本当にただ光るだけで攻撃性もなく、ケウケゲンと並んでダンジョン最下層に生息する弱小モンスターだ。
それがこちらに目もくれず慌てて去っていく。光るコウモリが来た先には開けた場所があるが、何かあるのか? 忌避剤を撒く必要がないのは有り難いが、何かしら強い魔物がいるのなら話は別だ。
ポケットに入れていた装備を確認する。この辺りで一番強いモンスターだと、ダンジョンネズミか。あいつらどこにでもいるしなんでも齧るんだよなぁ。忌避剤はスプレー缶の他に弾幕タイプと、あと一応撒き餌も用意しておくか。
なんにせよ魔物が騒いでいるのなら進路を考え直さないといけない。別ルートに行くにはそれなりに戻らないといけないし、何よりこの先の開けた一画はダンジョン探索者が休憩するのに使われることが多い。だからそこに広告を張っておけば人目に付きやすい。
別に、何かあったのか気になるとか、人がいるのか心配とかじゃない。店の広告を張るのが俺の仕事。ただそれだけ。
慎重にスプレータイプの忌避剤を手に持って進む。用心はするに越したことはない。冷たいスプレー缶に体温に移って生温くなった。
この先の角を曲がった先が件の広場だ。その、角の先にいたのは。
「雑草根性でやってやんよ!」
叫ぶ金髪の女。
なんだあれ。いや、マジでなんだあいつ。
金髪の女が光るコウモリ相手に虫網を振り回している。何やってんだあいつ。
開けた区画の壁沿いに奇声を上げている女の荷物らしきものを見つけた。
その中には電源のついたタブレット端末があり女の目線らしき映像と流れていく文字列が表示されている。
あの女ダンジョン配信者か。え、配信者にしたって普通あんな奇行するか? 変な薬キめてるわけじゃねぇの?
恐る恐る覗き込んタブレットの文字列の中には『その辺の雑草よりずっと害悪』『除草剤蒔いときますね』などと言った言葉が流れている。
このやり取り知ってる。いや、詳しくはない。ないが、以前見てなんだこいつらと思った記憶がある。店長が気に入って見てるダンジョン配信者の女だ。
名前は確か、朝摘ミント。
「しゃあ! まずは一匹!! この調子で捕まえてミラーボール作っていくよ!」
関わりたくねぇ……!
さっきちらっと見えた画面には、太字で「光るコウモリを集めて吊るせばミラーボールになるんじゃないか説」などと表示されていた。恐らく今撮っている映像のタイトルだ。マジで何やってんだ。
この通りは一本道で、広場にも今俺が来た道と、反対側にある通路しかない。
……よし、戻ろう。ポスターはまた後日来た時に張ればいい。張っておけば宣伝効果があるが、だからといってあんな奇声を上げている奴の近くにまで行って張る必要はない。そもあんなの関わらない方がいいに決まってる。
回れ右して元来た道へ踏み出す。それなりに戻って迂回しなければいけないのが面倒だが、仕方ない。
「あ、ちょっ。明滅はダメ。よくない! リスナー平気? 気分悪くなってない? あいたっ!」
背後で悲鳴とも奇声とも取れる声が聞こえた。
やられ気味らしい。まぁ、光るコウモリはそこまで狂暴じゃないし、攻撃性が高いわけでもない。しばらく床にしゃがみ込んでじっとしていれば勝手にどこかへ行くだろうよ。
「痛い痛い! 光で視界奪って体当たりってずるくない!?」
正直ダンジョン配信者って奴らは、モンスターを舐め切っているのが気に入らない。実際にダンジョン内で何人も大怪我をしたり、死んだ奴だっているのになんだと思ってるんだ。
そういう奴らに限って装備が甘いし、自分だけは大丈夫だと思っているんじゃなかろうか。
だから悲鳴が聞こえても放っておけばいい。自業自得だ。ダンジョン内での負傷について、発見者に責任が問われることはない。
でも、このままならあの女は酷い怪我をするかもしれない。
……ああもう!
「おい! 伏せろ!」
気が付いたら足は迂回のルートではなく広場の方へ向かっていた。放っておけばいいのに、自分から面倒ごとに首を突っ込むなんてどうかしている。
ああ、イライラする。ポケットに入っていた弾幕タイプの忌避剤を広場の天上目掛けて力任せに投げ付ける。天井にぶつかった衝撃で一気に煙と独特の匂いが広がった。
目くらましにはなったはずだ。これでしばらくしゃがんでいたら光るコウモリもいなくなるだろう。
「え、何々? 煙幕!? 大丈夫なやつ!?」
煙の中で女が騒いでいるが、人体に影響はないはずだ。成分について俺は詳しくはないが、胡散臭い店長ではあるがその辺りの資格は取ってるはずだし。煙を吸って気分が悪くなったと言われても、こちらは善意で助けてやったんだ。文句を言われる筋合いはない。
きぃきぃと悲鳴を上げコウモリたちが逃げ出していく。中にはどんくさい奴もいて、壁だの仲間だのにぶつかって目を回して地面に落ちている奴もいるがおおよそ頭上を飛び去って行ったようだ。
煙が落ち着いて来たのを確認して広場を覗き込めば、女が頭を抱えしゃがみ込みながらも、カメラだけは状況が映る様に天井へ向けている。もっと身の安全を確保しろよ。
「弱いって言っても相手はモンスターなんだ。気つけろ」
「え。あ、はい。ありがとうございます」
見たところ大きなけがはない。こういうのが一番イライラする。別に俺は薬剤店に勤めているからと言って薬の調合に関わっているわけではないし、何なら店に立っているわけでもない。
が、まともに自分の身も守れない奴にダンジョンをうろうろされるといろんなところにしわ寄せって奴が来るもんだ。
吐き捨てる様に女に言って隣を通り過ぎる。
こいつらもこいつらで何か考えがあってやってるのかもしれないが、薬売ってる店長や、気のいい回収業者のおっさんたちが面倒を引き受けるのは違うだろ。
壁際まで行き、ため息交じりに荷物を下ろす。
「あの、助けていただきありがとうございます。私実は今、」
「やる。これなら配信してても片手で使えるだろ」
「ありがとうございますぅ?」
そろそろと後ろから声をかけてきた女に新しいスプレータイプの忌避剤を投げ渡す。碌な装備もせずにダンジョンに入ってくる奴が嫌いだ。でもだからって怪我をしてほしいわけじゃない。
壁に残っている傷んだ店の広告を剥がして回収用の袋に入れる。
「設備管理の方かな? 邪魔しちゃった。申し訳ない」
後ろで何か配信を見ている連中向けに何か話しているのを無視してポスターケースから新しい広告を取り出した。
トラブルはあったが結局やることは変わらない。いつもの様に見慣れたパンダの広告を張り付けてこのフロア分は終了。
一息ついて荷物を片付けようとした時、後ろから叫び声が聞こえた。
「いつもの広告!」
一瞬何を言われたのかわからなかったが、振り返った先には何やら目の色を変えた女がいて。
ああ、そういえば店長がこの女の配信を見ながら、こいつが一番うちの広告を面白おかしくいじっているなんて言っていたなと思い出す。まぁ俺の手を離れた後の話しで、この女がうちの広告にどう反応しようと好きにしろと言う感想なのだが。
とにかく、うちの広告を見つけると何かしらの反応をするのがこの女の配信のノルマらしい。
その後どうしたって? しばらく付きまとわれたよ、鬱陶しい。
□
「今日はダンジョン行かなくていいよ」
翌朝。
いつもの様に店に来たら、いつもの様にカウンターの上に溶け切った熊猫の大きい方がそんなことを言った。
「は?」
「今日はお休み。星の巡りが良くないね」
多分、適当に言ってるな。
前にニュース番組の占いが最下位だったからやる気が出ないと一日店を閉めていた日もあるから占いがどうこうと言っているのは無視してもいいだろう。
「昨日てんてこ舞いだったよ」
「ん、お疲れ」
「まぁお陰様でお給金が上がりまーす。やったね!」
あの後適当に女を撒いて帰ってきたが、店の方は配信を見た客が来て大変だったらしい。それなりに薬剤や漢方を売りさばいてそれなりの売り上げにしたようだが。
動画の反応は『親の顔より見たパンダ』『もっと親の顔見ろ』『親の案件マダー?』などと様々だったらしいが、どうでもいいな。
「それはそれとしてちょっと真面目な話ね」
のそりとカウンターの上から体を起こした店長が俺を見た。
「一応昨日来たお客さんには言い含めたけど、暫くはお店にもダンジョンの方にも色んな人が集まりそうなんだよね。切り抜きもされてたし」
「はぁ」
「昨日の動画でアキラも映像に残っちゃったから、押しかけられたりする可能性がある。もしそう言うのが嫌ならしばらく休むのもありだよ」
雇用主として俺を守る義務がある、と。
急に低くなった声で言う店長に思わず背筋が伸びた。いつもはへらへらと胡散臭い笑みを浮かべているが、こういう時に限ってはこの人もちゃんと大人なのだと思い知らされる。
なんと、答えようか。確かに、昨日の女の様にしつこく付きまとわれるのは気に入らない。なら。そう考えたところで店のガラス戸を何者かによって開かれた。
「すみませーん。お店もう開いてますかー?」
「はいはーい」
女だ。
それも昨日あの後散々あれやこれやと質問攻めにしてきた女。
「昨日の広告の人!」
「やぁやぁやぁ。今日は何をお求めかな?」
「あ、私ダンジョン配信者をしております。朝摘ミントと申します」
「これはご丁寧にどうも。いつも配信見てるよ」
「わぁ、ありがとうございます!」
サラリと間に入った店長の後ろでため息を吐く。挨拶とお詫びだと言いながら女が持ってきた箱を店長に渡した。
要約すると今日店に来たのは昨日の動画の話。一旦非公開にしたが思っていた以上に反響があったので店の方に迷惑をかけたと謝罪に来たそうだ。
俺はこの女に言い寄られたくらいだし、店長と小がそれで納得するならいいんじゃねと思っている。
「アキラ眉間シワいっぱいね」
別にそんなつもりはない、が。小にはそう見えたらしい。
明け透けな物言いの妹分は相変わらず可愛い顔で踏み込んでくる。
「小がやったチョコ食べたか? 食べないと元気出ないね」
昨日は普段来ない層の客が店に来て大変だったという。原因は俺があの朝摘ミントという女の配信に出たからで。だが、その配信に移らないようにしていたら、朝摘ミントは光るコウモリにけがをさせられていたかもしれないわけで。
軽率だったとか、他にやりようがあったんじゃないかとか。正解の出ない問題がぐるぐる頭の中を回っている。
にもかかわらず、この妹分は飯を食って元気を出せと。ちょっとばかし職に対する信頼が厚すぎるんじゃないか。まぁ、そこまで言うのなら後で食うが。食うけど。
「ありがとな」
「小えらい?」
「偉い偉い」
「ならもっと褒めるね」
何故か偉そうな小を撫でると幼さの残る顔で笑った。嬉しそうで何より。
俺たちがごそごそとしている傍で、所謂大人の話し合いって奴が終わったのか、店長の影から件の女が顔を出した。
「改めまして、私は朝摘ミントって名前で活動している配信者です。昨日は助けてくださってありがとうございます」
「はぁどうも」
「で、物は相談なんですけど」
別に配信者の事情に詳しいわけじゃない。こういう奴らにも奴らなりに考えていることとかがあって、その目的のためにダンジョンに入り込んで配信なんてものをしているのかもしれない。
俺が店の広告を張るためだけにダンジョンに踏み込んでいるのと同じように。あるいはもっと即物的な理由だったり。
「普段使いの装備や使い心地なんかを動画にさせて貰ったりだとか」
でもだからといって、こいつの目的のために俺が何かしてやる義理もないわけで。
昨日はたまたま目に付いただけだ。たまたま居合わせて、目に余ったから助けてやっただけ。ちらりと見上げた先にいる店長は何も言わない。多分好きにしたらいいということだろう。
女、改め朝摘ミントに向きなおる。最初に見た時はネジが何本か抜け落ちているタイプかと思ったが、一応話ができる程度には普通らしい。息を吸って、そのまま言葉として吐き出す。
「嫌なこった」
なんだって俺がそんなことをしなくちゃいけないんだ。昨日のは偶発的におきた事故だ。忌避剤をやったのだってあのまま怪我をされたら寝覚めが悪いからというだけ。第一俺はダンジョン配信者なんて舐めた奴らが好きじゃないし、そんなもの食い物にされるなんてまっぴらごめんだね。
一息でそんなことを吐き捨てれば、今度は朝摘ミントが息をのむ。それから一言。「そこをなんとか」。こうして俺と女の配信するしないの攻防が開戦したわけだ。
その後どうしたって? 朝摘ミントが薬剤店『熊猫』に入り浸るようになって、店が一層騒がしくなったよ、面倒臭い。