【婚約破棄の正しい対処法】
『君との婚約を解消したい。』
突然の言葉だった。
『••••••どういう事でしょう、ミカエル王子•••。』
ミカエル王子の宮殿に来たのは今から6カ月前。
隣の国の王女である私は、ミカエル王子と婚約をし、花嫁修行をかねて宮殿に迎えられていた。
『理由は聞かないでくれ。』
ミカエル王子は後ろを向いた。
『理由を聞かないと分かりません。何かあったのですか?』
私は驚きつつも、いつもと様子が違うミカエル王子に繰り返し尋ねた。
『本当にすまない。』
そう言うと、ミカエル王子はソファに腰をかけた。
私に思い当たるふしは無い。一体何があったのか。いずれにせよ、このままでは終われなかった。
『私に悪いところがあったのなら直します。でももし、なにか別の問題が起きたなら何でも言ってください。一緒に解決しましょう。私たちは夫婦になろうとしているのですから。』
私は真剣な目でミカエル王子を見つめた。
『••••••君は本当に私を愛しているのか?』
予想外の言葉が返ってきた。
『••••••どういう事でしょう?』
私は言われている意味が分からなかった。
『私は全身全霊で君のことを愛していたつもりだ。しかし、君からはその気持ちを感じる事ができなかった。』
ミカエル王子の目は涙ぐんでいた。
『ミカエル王子••••••私はこの国に嫁ぐために隣の国からここに来ました。私にはミカエル王子をしっかりと支える覚悟があります。』
私は強い口調でミカエル王子に伝えた。
ミカエル王子は少し黙った後、しぼりだすような声でこう言った。
『やはり、君からは私への愛を感じられない。』
ミカエル王子はまた同じ事を言った。
私にはどうする事もできなかった。何を言っても無駄なように感じた。
『愛••••••ですか。』
私も声をしぼりだすように言った。
『そうだ。』
ミカエル王子は私の返事を待っているようだった。
『それが婚約破棄の理由ですか•••?』
私は逆に尋ねた。
長い沈黙が続いた後、意を決したようにミカエル王子は口を開いた。
『••••••シーナを知っているだろう?』
ミカエル王子はシーナの名前を出した。
宮殿で働いている給仕係で16歳の家政婦だった。
『ええ分かります。シーナが何か•••。』
私は尋ねた。
『私は今、シーナの事を愛している。』
私は突然の告白に耳を疑った。
(シーナ?あの給仕係のシーナ⁇ なぜミカエル王子がシーナの事を⁇)
私は強く動揺したが、ミカエル王子に尋ねた。
『なぜシーナなのでしょう?』
するとミカエル王子は答えた。
『私が疲れている時、近くに居てくれるのはシーナだった。シーナはいつでも笑顔だった。私はその笑顔に触れ、自分の本当の気持ちに気づいたのだ。』
恋をしている目だった。私は自分の感情をおさえつつ、さらに尋ねた。
『シーナも同じ気持ちなのでしょうか•••?』
するとミカエル王子は『分からない』と答えた。
『シーナの気持ちは分からない。だが、私の気持ちは決まっている。私はシーナの事を愛してしまったのだ。』
ミカエル王子は強い目をしていた。まっすぐだった。
『そう••••••ですか•••。』
それからしばらく沈黙が続いた。
そして、私はふたたび口を開いた。
『本当に、ミカエル王子は私との婚約を解消されるのですか?』
ミカエル王子はうつむいて小声で、
『すまない。』
と言った。
『私は結婚するために花嫁修行をかねて隣の国から来ました。このまま帰れと言う事ですか?』
私は尋ねた。
『すまない。』
ミカエルは繰り返した。
『「すまない」では分かりません。このまま私の国に帰れという事ですか?』
ミカエルは困った様子で、
『このままこの国に居てもらっても構わない。だが、私との婚約関係は無い形で残ってもらう事になる。』
と言った。
私は
『それでは私は何のためにこの国に残るのですか?』
と言った。
『すまない。』
とミカエルは言った。
『すまない、は もうやめて下さい。「私、
婚約破棄されました」って自分の国に帰るんですか?』
ミカエルは黙っていた。
『では質問を変えます。』
私は続けた。
『最初、婚約破棄を申された時、「理由はきかないでくれ」とおっしゃいました。それはなぜですか?』
ミカエルはいかにも気まずそうな顔をしていた。
『そのような表情を見せられても質問は続けます。なぜ、理由は聞かないでくれと言ったのですか?』
私は繰り返した。
ミカエルは、
『君を傷つけたくなかった。』
と絞り出した。
私は、
『「君を傷つけたくなかった」ではなく、ミカエル王子は最初、「君は私を愛しているのか?私への愛を感じられない」とおっしゃいました。私を傷つける言葉を使っておいて、「君を傷つけたくなかった」とはどういう意味ですか?』
と尋ねた。
ミカエルはこちらをにらみ、
『ではあらためて問う。君は私を愛しているのか?』
とすごんだ。
私は、
『私が今、「ミカエル王子を愛しています。心の底から愛しています」と伝えれば、婚約破棄は無くなるのですか?』
と言った。
ミカエルは、
『やはり君からは愛が伝わらない』
と嘆いた様子で言った。
私は、
『「愛」ってなんですか?』
と尋ねた。
ミカエルは
『互いの事を強く想う心だ。』
と即答した。
私は
『それはどうやって確かめるのですか?』
と尋ねた。
ミカエルは
『接していればおのずとわかる』
と答えた。
私は、
『たとえば恋に落ちて3ヶ月程度はずっと相手の事を想う事もあると思います。しかし、1年2年と経てば、段々と落ち着いてくる。それが自然ではありませんか?』
と尋ねた。
ミカエルは
『それはその通りだ』
とうなずいた。
私は、
『ミカエル王子がおっしゃっているのは「恋」の話です。「愛」とは違うように思います。「恋」は落ちるもの、「愛」は育んでいくものだと思います。』
と答えた。
ミカエルは言葉の意味がすぐには分からない様子だった。
私は続けて、
『そのような中、「私への愛が感じられない」と言葉にするのは、私からしても「私への愛が感じられない」と思うのですが、いかがでしょうか。』
と尋ねた。
ミカエルは
『そう思われても仕方がない。』
と吐き捨てるように言った。
私は、
『ミカエル王子は先ほど、「全身全霊で私の事を愛していた」とおっしゃいました。しかし私もこのように、ミカエル王子からの愛を感じられない状況です。これでも「全身全霊で私の事を愛していた」と言えますか?』
と尋ねた。
ミカエル王子は混乱した様子だった。
『では質問を変えます。』
私は続けた。
『シーナの話をします。』
ミカエルはビクッとした。
『先ほどミカエル王子は「今はシーナの事を愛している」とおっしゃいました。もう一度、「愛」の話をしますか』
と尋ねた。
『もう愛の話はいい』
とミカエルは首を振った。
『ではまず、ミカエル王子がシーナに寄せている思いは「恋」であるという前提で話を進めます。』
と私が言うと、ミカエル王子はまた私をにらみ、
『なぜ君がそう言い切れる?』
と言った。
私は、
『先ほどミカエル王子は「相手が愛しているかどうかは接していればおのずと分かる」とおっしゃいました。ですが「シーナの気持ちは分からない」とおっしゃっていました。これを「愛」と呼びますか?「恋」と呼ばずになんと呼べるでしょうか。』
と言った。
ミカエルは
『愛の話は一旦置いておこう』
と動揺した様子だった。
私は、
『では、シーナの話を続けます。ミカエル王子はなぜ、私が聞いてもいないシーナの話を出されたのですか?』
と尋ねた。
ミカエルは黙っていた。自分でもよく分かっていない様子だった。
私は、
『シーナの話を出せば、私があっさりと引っ込んでくれると思ったのではありませんか?』
と言った。
ミカエルは黙ったままだった。
なので私は続けた。
『シーナの事を愛しているとおっしゃっていたのに、シーナの事を全く考えてなかったのですね。』
と伝えた。
『どういう事た?』
ミカエルはいらだった様子で尋ねてきた。
私は
『ではもし、シーナが原因で私の婚約が破棄されれば、私はどうすると思いますか?シーナに何か仕返しをするかも知れない。シーナを傷つけてしまうかも知れないとは考えなかったのですか?』
と尋ねた。
『君はそんな事をするのか?』
ミカエルはすごんできた。
私は、
『一般論です。可能性の話です。私がどうこうとかでは無いです。「そういう危険性もありますよね、それを考えなかったのですか?」って事です。』
と伝えた。
ミカエルは
『そんな事は考えてもみなかった。』
と答えた。
私はさらに、
『もっと言うと、シーナがミカエル王子に対し、恋愛感情を抱いている可能性は限りなく無しに等しいです。』
と伝えた。
『なぜそう言い切れる?』
ミカエルは一層強くすごんできた。
私は、
『なぜならシーナは「仕事」として仕えているだけだからです。シーナはミカエル王子だけではなく、王や王妃、他の貴族の方のお世話もしています。誰に対しても手を抜かず、ミカエル王子だけではなく、皆に笑顔で、熱心に接しています。』
私は続けた。
『でもそれは「仕事」だからです。シーナが個人的にミカエル王子にだけ優しくて、ミカエル王子の話だけを聞いている訳ではありません。それに、いつもミカエル王子のそばにいるのは、それが彼女の「仕事」だからです。ミカエル王子のそばだけではなく、王や王妃のそばにもいつも居ます。私は同じ女性なのでシーナの気持ちはよく分かります。』
と伝えた。
『繰り返しになりますが、これを「恋」と呼ばずになんと呼びますか?』
ミカエルの目はうるんでいるようにも見えた。
『では話を戻します。』
私はミカエルの向かいのソファに腰をかけた。
『ミカエル王子、本当に私との婚約を破棄しますか?』
ミカエルは黙ったままだった。頭の中がまとまっていない様子だった。
私は、
『では、婚約破棄となったらどうなるか考えてみましょう。』
と言った。
『まず、私は自分の国に帰り、私の父である国王に婚約破棄されたと伝えます。すると当然理由を聞かれます。』
さらに続けた。
『理由は、ミカエル王子が給仕係に恋をしたからと伝えます。ミカエル王子の口から語られた事実ですから。すると私の父である国王はどうすると思います?メンツが潰されたとして大軍で押し寄せてくる可能性が非常に高いと思います。』
ミカエルはゴクリとつばを飲み込んだ。
『両国は昨日今日の関係ではないのです。数百年前から偉大な先人たちが築き上げてきた関係なのです。これは非常に重いものだと考えられます。』
さらに、私はミカエル王子の目をまっすぐ見て、
『これを、「給仕係に恋をしたから婚約破棄」で終わらせて良いのですね?』
と、はっきりとした口調で伝えた。
長い沈黙の後、ミカエルは、
『少し考えさせてくれ』
とつぶやいた。
私は、
『考えても構いませんが、この場で結論を出してください。将来、一国の王になる予定の方なので、そのくらいの決断力でお願いします。』
と伝えた。さらに、
『それでは私からも一つ提案をよろしいですか?』
と伝えた。
ミカエルは驚いた表情で、
『なぜだ?』
と言った。私は、
『ミカエル王子は私との婚約を破棄する提案を出されました。私からも一つ、提案する権利はあると思います。』
と伝えた。
『なんでも言ってくれ』
ミカエルは半ばあきらめた表情で言った。
『私からの提案は、
【婚約は続ける。そして、結婚した際には財産は全て私のものとする。そして、次期国王は私を女王とする。】
これでお願いします。』
ミカエルはガタっと立ち上がり、
『ば、ばかな!!そんなことが許される訳ないだろう!!』
と大きな声を上げた。
私は、
『これはあくまで私からの提案です。ミカエル王子からの提案は「婚約破棄」です。決めるのはミカエル王子です。どちらを選んでいただいても、私は構いません。』
ミカエルは、
『そんな話はだめだ!!』
と叫んだ。
私は、
『大声大会をしている訳ではありません。どちらがいいか、今この場で決めてください。ちなみに、婚約破棄となった場合は「ミカエル王子が原因で」私の国から大軍が押し寄せる羽目になる事はご了承ください。「ミカエル王子のせい」で。』
ミカエルの目からは大粒の涙がこぼれ続けていた。
〜10年後〜
『新国王陛下の誕生です!』
『女王様万歳!』
『女王様万歳!』
私は女王となり、国民に手を振った。
国民がコソコソ話をしている。
『なあ、ミカエル王子ってどうなったんだ?』
『それがなあ、よく分からないが結婚と同時に全財産を奥さんに渡したらしいんだ。そしたらその直後に離婚されちまって。一文無しで放り出されたミカエルは今では新女王様の給仕係をしてるらしいぜ』
『ひやー、元奥さんの給仕係か。それは辛え立場だな。』
『女王陛下万歳!』
『女王陛下万歳!!』
歓声はいつまでも鳴りやまなかった。
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