海の家でのバイト中にクラスメイトを助けたらお付き合いすることになったお話
夏はもう過ぎたけどまだ暑いからセーフ
「らっしゃいませー! 空いている席にどうぞー!」
「ここ相席OKですか? 大丈夫? ありがとうございます! こちら相席でよろしければどうぞー!」
「お待たせしました。焼きそばとラーメンとフランクフルトです」
「ご注文ですか? 少々お待ちください!」
「お冷はセルフサービスでお願いしまーす!」
「カキ氷のブルーハワイとイチゴとメロンです。え、メロンじゃなくてパイン? 失礼しました、すぐに作り直します!」
ここは一言で言えば『戦場』だ。
海水浴解禁日の今日、県内最大手の美香浜海水浴場は大量の人でごった返していた。俺がバイトしている海の家『浜屋』は午前中からお客が多く、昼飯時になると臨時席含めた五十席がほぼ埋まっているような状況で活気に満ちている。
「なぁなぁここ空いてる?」
「俺らと一緒に飯食おうぜ」
「うお、めっちゃ可愛いじゃん」
人が多いということは良からぬ輩も入りやすいと言うこと。しかも水着だらけの海水浴場ともなればトラブルは付き物だ。そしてトラブルの中でも群を抜いて多いのが『ナンパ』であり、若い男共は店内だろうが遠慮なく女漁りをして騒ぎを起こしてくる。
「う~ん、パスで」
「ないない」
「困ります……」
あれ、ナンパされてる女子ってうちのクラスの女子じゃん。
しかもそのうちの一人は巨乳で大人しくて巨乳で男子から人気のある巨乳の儀天さんではないか。他の二人はギャルっぽいチャラい女子で名前すら覚えていないわ。
儀天さんは豊満な胸を惜しげもなくさらすビキニ姿で、ナンパ男たちの目を釘付けにしている。せめて何か上に羽織っていれば良いのに、あれじゃあナンパしてくれって言っているようなものだぞ。大人しいのに実は露出癖があるとかだったら、一部の男子が大喜びしそうだな。
「うっわーばっさり」
「そんなこと言わないで遊ぼうぜ」
「めっちゃ楽しませてあげるからさ」
「ちょっと近づかないでよ!」
「触らないで!」
「いやっ……!」
彼女達のお眼鏡に適わなかったということで男達が素直に諦めれば良かったのだけれど、大半のナンパ男達はこうして強引な手段をとってトラブルに発展するんだよなぁ。
ということで店内でやられると他のお客様のご迷惑になるので退場してもらいます。
「あっ!」
俺は飲み物を運びながら男達の前で盛大に転び、飲み物を彼らの体にぶちまけた。
「うわ!」
「なんだ!?」
「ちょっ!」
水着だから濡れても問題無い、なんてことはない。
甘い飲み物なので放置しておくとベタベタしてしまうから洗い落とさなければならず、ナンパをしているような状況では無くなってしまうのだ。
「大変申し訳ございません! お怪我はございませんでしたか!?」
「てめぇ何しやがる!」
「ふざけんな!」
「舐めてんのか!」
激怒されるけれどこの手のトラブルなんて慣れっこであるため全く気にならない。申し訳なさそうなフリをして奥のシャワールームへと誘導して彼女達から引き離す。後は店長が対応を引き継いでくれるから俺はまたバイトに戻るって寸法だ。
とりあえず彼女達にかき氷 (ミニ)でもプレゼントして浜屋に悪印象を残さないようにしておこう。
「お騒がせしました。こちらはサービスになります」
「マジ!? さんきゅー」
「あんがと、でももうちょっと大きいのにしてよ」
「…………」
無料サービスなのに大きさに文句言うなよ。
それにしてもこいつら、俺が同じクラスの男子って気付いてないみたいだな。儀天さんは男の俺が近くにいるのが恥ずかしいのか顔を赤くしてこっちをチラチラ見ている。そんなに恥ずかしいなら最初からそんな露出の多い水着で出歩かなければ良いのに。
クラスメイトが浜屋に来たのは初めての事だったけれど、トラブルなんて日常茶飯事だ。気にせずにさっさと仕事に戻らないと……うっわ注文がすげぇ溜まってる。急げ急げ!
「お待たせしました。ビールとポテトフライとホタテの浜焼きです」
「焼きトウモロコシとラムネとイカ焼きですね」
「お待たせしました。カキ氷と浜屋カレー福神漬け多めです。え、福神漬けもっとですか? かしこまりました」
これでも通常よりかなり多くしてるんだから文句言うなよ。
というか毎年思うんだがメニューが多すぎる!
覚えるのも大変だし、客が注文するのにも時間かかるし、作る方もてんやわんやだし、手を広げすぎだ。それなのに今年もまたメニュー増やしやがって!
「桾澤くん、休憩入って!」
「はーい」
昼飯時をどうにか乗り越えて休憩時間がやってきた。
ちなみに今日のトラブルはあのナンパを含めてたったの五件だった。例年に比べてかなり少ないからラッキーだった。最悪な年だと昼までで二十件近くトラブルあるからな。
「ちゃんと休憩しろよな」
「もちろんですよ」
バイトの先輩に軽く肩を叩かれたけど、激務の後なんだから休むに決まってるでしょう。
「ビニール袋一枚貰いますね」
「だから休憩しろって言ってるだろ!」
「だから休憩ですって」
「お前なぁ。無理するなよ」
「あはは、してませんって」
休憩するのに何もせずにぼぉっとしているのが苦手なだけなんだよ。だから俺は陽射し避けのラッシュガードを羽織って帽子を被り、大きなビニール袋を片手に砂浜へと歩き出す。
「今年も人が多いなぁ。疲れないんかね」
まるで渋谷にいるかのように感じられる程の人混みの間を縫って進むだけで体力が一気に消費される。これなら接客をしていた方が楽なのではと思える程で、確かにこれだと休憩では無いなと思わず苦笑した。
「うわああああああん! お母さああああああああん!」
おや、この声は迷子かな。
辺りを見回すと幼い男の子がギャン泣きして立ち尽くしていた。
「あれって儀天さん?」
そしてそのすぐ傍でラッシュガードを着て露出を抑えめにしている儀天さんが座り込み、男の子に話しかけていた。他の二人は居ないな。
「ボク泣かないで。お姉さんと一緒にお母さんを探そう。お名前は?」
でも男の子は儀天さんに全く反応せずに泣き続けている。彼女は諦めずに優しく話しかけ続けているけれど効果が無くて段々困り顔になってきた。でも決して諦めず男の子の傍を離れようとしない。
優しい人なんだな。他の人達とは大違いだ。家族連れが多いから至る所で子供の叫び声や奇声や泣き声が聞こえて来てマヒしているのかもしれないけれど、無視は酷い。
俺は一旦その場を離れて迷子センターに行ったけれど、あまりにも迷子が多くてスタッフの人達が大忙しで人手が足りず応援を呼べなかった。見回りしている人に連絡してくれてもう少しすれば来てくれるらしいので、それまでの間にと、ある物を貰って来た。
「こんにちは! どうしたの?」
「うわああああ…………ふぇ?」
「え?」
儀天さんには悪いけれど、横から入って子供達に大人気の某あんぱん人形を見せながら迷子の男の子に話しかけた。
「僕はアン〇ン〇ン、君のお名前は?」
「…………かずや」
「かずや君だね。はじめまして」
「…………はじめまちて」
興味を持ってもらえたならばもう勝ち確だ。
後は迷子センターの人が来るまで話し相手になっていれば良い。もし途中でまたぐずってしまうなら『シール』という最強の泣き止ませグッズもあるから余裕だな。
「すごい……」
儀天さんが俺を尊敬の目で見ているけれど、尊敬するのはこっちだぞ。
俺はここでのバイト歴が長くて経験があるからこうして対応できるだけで、儀天さんはそういう慣れがあるわけでもなく素直にどうにかしたいと思って声をかけた雰囲気がある。これだけ人がいると『誰かがやるだろう』と思う心理が働いてしまうから簡単に出来ることじゃないんだ。
そのまま男の子と話をしていたら迷子センターの人が来たので引き渡した。
「ばいばい」
「ばいばい」
これで俺に出来ることは終わった。
そして同時に休憩時間も終わったから戻らないと。
「あ、あのっ」
おっと儀天さんをガン無視したままだった。
男の子優先だったとは言え悪いことしたな。
「君が男の子を見つけてくれたから助かったぜ」
「え?」
悪い人に攫われるなんて可能性も無くは無いんだ。儀天さんが見つけてくれたおかげであの子は無事に家族の元に帰れるようになったと言っても過言ではないと俺は思う。
「じゃあな」
「え、あの、え?」
悪いがもう休憩時間を越えているんで悠長に話をしている暇が無い。俺は儀天さんを背に慌てて浜屋に戻った。
「おい桾澤くん」
「ごめんなさい、遅れました」
「それは良いんだけど、ソレは……」
「あ!」
しまった。
ゴミを捨てて来るの忘れてた。
「このクソ暑い中、休憩中にゴミ拾いとか真面目だねぇ」
「そんなんじゃないですよ。ただ浜屋で買ったものを誰かが捨てて、それを誰かが踏んで怪我したらうちにクレーム来るかもしれないじゃないですか。そうしたら給料が減るかもしれないからこうして予防しているだけですって」
「相変わらず面倒臭いやつだな」
「意味が良く分かりませんね」
とりあえず急いでこのゴミをゴミ捨て場に持って行かないと。
いやぁ、しかし今年もゴミが大量だな、はっはっはっ。
――――――――
「ぐでぇ~」
「お疲れだな」
「マジ疲れた」
海水浴場でのバイトをした翌日は、普通に高校の授業がある。
今年は暦の関係で海水浴解禁日の海の日が早く、まだ一学期が終わりでは無いからだ。
いくら高一で若いからって体力が完全回復することもなく、登校するとすぐに机に伏せってしまうのであった。そんな俺に、ゲーム友達の月東が話しかけて来た。
「お前はもうやらないのか?」
「絶対やらねぇ。アレは俺には無理だ」
中学の頃に月東にもバイトを勧めたのだが、試しに俺が働く姿を見学したら速攻で無理と諦めた。
「水着の女性を拝み放題だぞ」
「だとしてもあの地獄で働く気は絶対にしないわ。まずメニューを覚えられん」
「でも苦労する見返りは大きいぞ。今年は面白そうなゲーム沢山出るだろ」
「ぐっ……そうなんだが、それでもアレは無理」
基本的に俺は月東と同じでゲーム好きのインドア派で海の家でなんか働くような陽キャタイプではない。
それなのにどうして働いているかと言うと、中高生が貰うにしては破格のバイト代を貰えるのだ。正確にはお手伝いのご褒美って扱いだけどな。あの海の家は親戚の叔父さんが経営していて、人手があまりにも足りないから手伝ってくれと言われて、夏休みにあまりにも外に遊びに行こうとしない俺を心配した両親によって送り込まれたのだ。その結果、あまりの収入に目が眩んで毎年文句を言いながらも働いている。
「今年は新しいハードも出るから少し多めに稼いでおきたいんだよなぁ」
「マジかよ。五万くらいするだろ」
「おう、でもバイト回数を増やせば余裕だぜ」
「くぅ~羨ましい」
「はっはっはっ、羨め羨め、水着の女性に囲まれてバイトするだけで荒稼ぎだぜ」
「絶対にその宣伝文句で誰かを誘うんじゃねーぞ」
「知ってる」
決して詐欺では無いが、あれほどハードなら先に説明しろと絶対に怒られるからな。
「とりあえず授業が始まるまで寝る。というか授業中も寝る」
「あいよ」
どうせ夏休み直前でみんな集中出来ないだろうから寝てたって怒らないで欲しい……
「あの、桾澤くん」
「え?」
スヤスヤと眠りに落ちようと思っていたら儀天さんに話しかけられた。
月東が驚いているが、女子と話をすることが苦手な奴のことだ、耳を傾けながら無関係のフリをしてやがる。
「今話していたバイトって昨日のこと?」
「あれ、俺だって気付いてたんだ」
どうりで今まで一度も話したことの無い儀天さんが話しかけてくるわけだ。
俺は普段は眼鏡をかけて前髪を降ろしているけれど、海の家でのバイト中はコンタクトにしてオールバックにしているから印象が全然違っている。だから儀天さんだけでなく一緒に居た二人のギャル達も俺のことに全く気付いて無かった。ちなみに変装とかではなくて汗対策だ。
「うん、最初は分からなかったけれど、迷子の男の子と話をしている時に雰囲気が似ているなって気付いたの」
「そっか、良く分かったな」
「あ、もしかして秘密だった? だとしたらごめんなさい」
「いや、そんなことは無いぞ」
別に隠していたわけでも無いからな。あまりにも忙しいからクラスメイトに見られて恥ずかしがるような余裕も無いし。
ああ、でも一つだけ言っておこう。
「でも昨日一緒に居た二人には教えないで欲しいかな。ほら、知られるとサービスしろとか煩そうじゃん」
「あはは……そうだね」
「そこは否定しないんだな」
「あはは……」
誰にでも優しい良い子ちゃんかと思っていたけれど、案外そうでもないのかな。
あまりあのギャル二人に良い印象を持っていないようだけれど、それなら昨日はどうして一緒に遊んでいたのだろうか。
その肝心のギャルはまだ学校に来てないのか。夏休み直前だし昨日海水浴に行って疲れてるからだりぃとかって休みそう。
「あの、それで昨日のことのお礼を言いたくて」
「お礼?」
「お店で助けてくれたのと、迷子のフォローしてくれたことだよ」
「ああ、気にするな。どっちもあそこだと日常茶飯事だからな」
「そうなの?」
「そうそう、むしろあの程度のトラブルなら簡単な方だから」
「そうなんだ……でもやっぱりありがとう」
「おう」
面と向かって素直にお礼を言われると恥ずかしいな。
「それで桾澤くんに相談があるんだけど……」
「相談?」
「うん、後で時間貰っても良いかな?」
「まぁ良いぞ」
そう返事すると儀天さんは安心したかのような顔になり席に戻って行った。
少しだけ頬に赤みがさしていたかのように見えたのは気のせいだよな。
儀天さんが俺から十分に離れたら、月東が途端に俺の方を向いて囁いて来やがった。
「おいおいマジかよ、儀天さんから告白されるんじゃね?」
「いや無いだろ。今の話の流れ的に自分もバイトしたいとか、そんなんじゃね?」
「い~や、俺の勘が言ってるね。あれは絶対に告白だって。だって昨日助けたか何かしたんだろ」
「それで惚れちゃったってか。そんな単純なわけないだろう」
女性がそんなに単純ならあのバイト先で何人も同じ方法で助けてるからとっくに告白されてるわ。
「はぁ~まさか桾澤があの胸を好き勝手する権利を手に入れるとはなぁ」
「お前それマジで最低だから誰にも聞こえるように言うなよ」
「男なら誰だってそう思ってるって。嫉妬で苦しめこのリア充が」
「お前なぁ……」
その『誰だって』にも例外があるってことをこいつは何も分かってないな。
――――――――
「私と、その、つ、つ、付き合ってくれませんか!」
単純でした。
儀天さんから相談があると言われた日の放課後に空き教室に呼び出されたのだが、まさか月東の言う通りに告白して来るとは。
「ごめんなさい! やっぱり今の無しで!」
「え?」
おや、これはどういうことだ。
予想外の更に予想外な流れになってきたぞ。
告白したけれどすぐに撤回って……まさか。
「もしかして誰かに脅されて告白しろって言われてる?」
世間では嘘告なるものが流行っているらしいし、儀天さんが命令されて嘘告をさせられているかもしれない。もちろん自分からやるようなタイプには見えないからそれは端から考えない。
もしかしたら誰かがこっそり見ているかもしれない。あのロッカーとか怪しいな。
「ち、違うの。私が悪くて、その……」
「ん?」
全く要領を得ないな。
何がどうなっているのだろうか。
儀天さんは何かを説明しようとしているので、急かすことはせずにじっくり待つか。
「ごめんなさい、桾澤くんを利用しようとしてました……」
「利用?」
告白なのに利用とはどういうこっちゃ。
「私、その、女子に……ううん、やっぱり何でもないから忘れて。ってこれじゃあわざと興味持たせてるような感じじゃん。私の馬鹿ぁ!」
「落ち着けって」
儀天さんは少しパニックになっているようだから、落ち着かせながら少しずつ話をしてもらった。かなり時間はかかったけれど、どうにか彼女の行動の理由が分かったぞ。
「クラスの女子に良いように使われている、か」
立派なモノを持っていてそれなりに可愛らしい儀天さんは男からの人気が高いが、それは女子の反感を買うことにも繋がるらしい。そのヘイトを少しでも和らげるために女子達に協力的に行動しているのだけれど、女子達からのお願いが苦手なものばかりで苦しんでいる。
例えば昨日のことだけれど、あれは儀天さんがエサとなって男を釣り、ギャル達が気に入った男がヒットしたら儀天さんだけを追い出して男を捕まえようとする作戦だったらしい。儀天さんの胸につられて寄って来た男なんて禄でも無いと思うのだが……
儀天さんは自分の胸にコンプレックスを持っていて男にジロジロ見られるのが特に苦手なのだが、こうしてその苦手を使って男を誘う役を良くやらされるから逃げ出したいとのこと。
「俺と付き合えばその呼び出しも無くなるかもしれないってことね」
俺は学校では存在感の無い普通の男子だから付き合ったとしても『そいつなら良いや』とでも思われるだろう。それに他の人気のある男子を取られる可能性が無くなるのもヘイトが和らぐ大きな理由になる。彼氏がいるからもう男漁りには付き合えないと断りやすいし、俺と付き合うことで儀天さんが困っていることの全てが解消できるのだ。
「でも! 桾澤くんのことが気になっているのは本当なの!」
その目は嘘をついているようには見えなかったし、迷子の子供を助けようと救いの手を伸ばす優しさをもった彼女が俺を騙そうとしているとは到底思えなかった。だから俺の事を少なからず想っているのは間違いないのだろう。
「自分で言うのもなんだけど、昨日の俺の対応ってマニュアル通りだったんだよ。儀天さんだから助けたって訳じゃないし、お店のためにやったわけだから……」
迷子だって迷子センターの人に声をかけただけで大したことはしてないんだ。
「それでも嬉しかったの。それに、桾澤くんをす……好きかもって思う理由は他にもあるよ。私のむ、胸を見ないでお話してくれるとことか」
「あぁ~」
男達はきっと話をする時に儀天さんの目を見ないで胸を見て話をしちゃうんだろうな。それほどに立派な物を持っているから男目線では分からなくは無いが、それが苦手な儀天さんにとっては男子と話をするのが苦痛でしかないだろう。
じゃあどうして俺は胸に目が吸い込まれないのかって?
「あのバイトやってるとさ、水着を着た女性ばかりでつい目が水着に行っちゃうんだ。そうすると彼氏が出て来て『俺の女を何見てんだ』てな感じで恫喝されることが割とあってそれが怖くて逆に胸に視線が行かなくなっちゃってる。だからちょっとしたトラウマとか病気みたいなものなんだよね……」
結果的にそれが儀天さんにはマッチしているのかもしれないけれど、女性のことを考えて胸を見ないようにしているわけではないから、そこが良いと言われても複雑な心境だ。
「それでも私は嬉しいの。それにもう一つ」
「まだあるのか?」
「昨日桾澤くんゴミ拾いしてたよね。それも素敵だなって思ったの」
うわ、そうかずっとゴミ袋持ったまま移動してたから見られてたのか。
「アレも別にお店のためにやっただけだから……」
バイトの仕事の一つみたいなもんだからノーカンだよノーカン。
「あ……桾澤くんってそういうタイプなんだ。くすくす」
「ちょっ、何で笑うんだよ」
「ううん、べっつに~」
「ちぇっ」
見透かされているかのような視線がとてもむず痒い。叔父さんも一緒のバイトの人も何故か俺の言い訳を聞かずにいつもこんな風に優しい目で見て来るから恥ずかしいんだよ。
「今日は困らせちゃって本当にごめんね。自分でなんとかするから忘れて」
「別に困って無いぞ」
「桾澤くんは優しいからそう言ってくれるんだよね」
「そうじゃなくて、俺も儀天さんのことは気になってるから」
「え!?」
儀天さんは俺を利用するつもりだったなんて言って告白を撤回しようとしているけれど、俺の事が本当に好きなんだなって気持ちは十分に伝わっているから全然気にならない。むしろそれだけ困っているならば全力で利用してくれて構わない。
それに彼女の優しさは迷子の子供への対応で分かっているし、話しやすい感じも好ましい。
だから彼女を助けるために付き合うのは全く問題が無かった。
問題は彼女が俺を好いてくれているのに対して、俺が彼女にそこまでの想いを抱けるかどうかだ。
「でも俺は儀天さんのことを、ううん、女性のことを異性として意識できるか分からないんだ」
「え?」
「さっき儀天さんの胸を見ない理由について説明しただろ。実はあのトラウマのせいで異性にドキドキ出来なくなっちゃって……それでも良いか?」
異性を好きになるのは決して性的な意味だけでは無いというのは理屈では分かっている。でも性的な興味なしに好ましいと思うのならば、それは同性の友達と何が違うのだろうか。
儀天さんのことを異性として好きになれるか分からないのに付き合うのは彼女を傷つけるのではないかと不安だ。
「よろしくお願いします」
でも彼女はそれを分かった上で俺と付き合いたいと思ってくれた。
俺自身は彼女を好ましく思っているのは間違いないし、それなら俺も頑張ろう。
「分かった。じゃあこれからよろしく」
お互いに抱えているものがあったからか、甘酸っぱい告白って感じにはならなかったな。まぁ儀天さんは真っ赤だけど。
「あ、いきなり問題に気付いたわ」
「え?」
今後どうやって彼女と付き合うか考え始めたらいきなり大きな問題にぶち当たった。
「儀天さんがクラスの女子から解放されるには俺達が付き合ってるって公言しないとダメだけど大丈夫か?」
「……は、恥ずかしいけど大丈夫」
いやいや、そんな簡単に大丈夫って言わないでくれ。
これって案外難しいことだぞ。
「間違いなく俺と儀天さんがえっちなことしてるって思われるけど本当に大丈夫か?」
「え!?」
「女子とか『胸で誘惑したんでしょ』とか『楽しませてあげてるんでしょ』みたいなこと言ってきたりしない?」
「…………」
少なくともあのギャル達ならそういう下品な会話をしている姿がありありと想像出来る。もしも彼女達が不機嫌だったら彼氏持ちの儀天さんをやっかんでこんな酷い事を言ってくる可能性は大いにある。
それにこれは言うつもりは無いが、男子達は俺が儀天さんの胸をどうこうしたいから付き合っていると間違いなく思うだろうし、そういう目で俺達を見て来るだろう。
俺が近くにいる間ならば守れるけれど、そうでないときに彼女のコンプレックスであるソレを刺激する嫌がらせを受けないとも限らない。
「それでも桾澤くんと付き合いたい」
「っ!」
今のは少しだけドキっとしたかも。
儀天さんのことを異性として好きになれる可能性があるのかな。
「それに今よりもマシだよ」
「確かにそうか」
胸を使ってエサにさせられることを考えたら、この程度の嫉妬の方がマシってのは分かる気がする。だからって儀天さんを傷つけたくは無いから出来る限り一緒にいて言葉の暴力から守ろう。
「私からも一つ良い?」
「ああ」
「私もあの海の家で働いちゃダメかな」
なるほどそう来たか。
「色々な意味でお勧めしないな」
その理由はあそこが地獄のように忙しいからだけではない。
「水着じゃなくても間違いなくナンパされるぞ。尻も触られるぞ」
「えぇ……」
ドン引きしてるが事実なんだな、これが。
だから浜屋では今はトラブル防止のために女性店員を雇ってないんだ。
「それに仕事そのものも大変だ。メニューが山ほどあるから覚えなきゃダメだし、客層が良くないからかクレーム対応が多すぎる。食べ物に文句言って無銭飲食狙う奴や、子供用メニューが無いからってブチ切れる家族客や、スリを狙ってるやつも多い。儀天さんが昨日来た時はマシな方で、普段の土日は頭がおかしい連中が大挙してやってくるのにその全てを平穏に捌かなきゃならねぇ。絶対にお勧めしないな」
まともな客が来そうなメニューに絞れって言ってるのに叔父さん儲かってるからって変えようとしないんだよ。
「それでもやってみたい?」
「あ、あはは……」
ぶっちゃけ俺が儀天さんを守る作業が増えるだけだから勘弁して欲しい。必要なのは男手だから月東に来て欲しいわ。
「まぁ海の家のバイトは忘れて、それ以外で普通に付き合おうぜ」
「うん」
って言ったのになぁ。
――――――――
宣言通りに俺達は普通に付き合った。
デートを重ねてお互いを知り、一緒に居ると楽しくて相性が良い事が分かった。
でも儀天さんが俺に対してドキドキして頬を赤らめるのに対して、俺が彼女に対してそういう反応にはやっぱりなれなかった。それでも儀天さんはがっかりすることなく俺との関係に満足してくれている。
それはそれで俺達のペースで進んでいるから良いんだ。
問題は海の家でのバイトの時のこと。
「なぁ桾澤くん、あのお客さんまた来てるな」
「そ、そうですね……」
夏だというのに体のラインが見えないくらいの厚着で、マスクやグラサンで顔を隠している不審者が隅の方の席に座っている。
大混雑している時は退いてくれるけれど、席が空く時間帯になると戻って来て飲み物だけ注文してじっと店内を見ているんだ。
儀天さん何やってるの。
いくら変装したからって彼女のことが分からない訳が無いだろう。
確かにあの格好ならナンパもされないだろうけれど、熱中症で倒れてしまわないか心配だよ。
かといって俺が声を掛けに行くと……
「儀天さんですよね」
「ひとちがいです!」
などと奇妙な裏声で否定されてしまう。
ここに居ることを俺に内緒にしたいようだけれど、一体何をしているのだろうか。
「すいませーん」
「はーい」
儀天さんのことは気になるけれど、今は仕事に集中しよう。
それからしばらく接客を続けていたら突然後ろから声を掛けられた。
「ぐ・み・さ・わ・くん」
「うひゃっ!」
しかも背中に冷たい物を突然入れられて変な声が出ちまった。
「後藤さん勘弁してくださいよ」
どうやら常連の後藤さんに氷を背中に入れられたようだ。
中学の頃から浜屋でバイトしていた俺は常連さんに顔を覚えられていて、中にはこうして構ってくる人もいる。
後藤さんはその中の一人でアラサーくらいの美人の女性だ。
「相変わらず隙だらけだね」
「客に不意打ちされるかもなんて普通は警戒しませんから」
「そんなこと言ってたらまた襲われるわよ」
「げっ、いるんですか?」
キョロキョロと辺りを見回したら問題の人物が遠くからこちらを伺っていた。
後藤さんの友人の財津さんという女性なんだけれど、俺がまだ中学生の頃に俺に手を出そうとしたことが原因で浜屋に出禁になっている。手を出すと言っても仕事中なのに強引に連れ出そうとした程度だったけれど、あの時の俺を見る血走った眼は今でも夢に出て来そうで俺の女性に対する苦手意識の原因の一つともなっている。
「そうそう、その反応が見たかったのよ」
「良い趣味してますね」
「だってもうそろそろこの攻防が見納めだと思うとねぇ」
「さっさと終わって欲しいのですが……」
財津さんもまた後藤さんに負けず劣らずの美人なんだけれど、趣味が若い男の子、いや、若すぎる男の子ということで当時の俺がドストライクで好みだったらしい。一度やらかしてからは俺に近づくことはないけれど、時々こうして遠くから見つめられていて正直まだ少し怖い。浜屋でのバイトの時期以外は何もしてこないから苦情も言いにくいし、早く成長してターゲット外の年齢になりたいなとずっと思っていた。
「安心して。どうやらもう終わりみたいだから」
「え?」
財津さんの方を見るとさめざめと涙を流しながら腕で×を表現していた。あれって俺に何もしませんよじゃなくて、成長したことを悲しんでいるのか。マジでキモイ。
「というわけで、これからは彼女も浜屋に入れてあげても良いよね」
「ダメに決まってるでしょうが。むしろあんな犯罪者を海水浴場になんて連れてこないでください」
何かあったら責任取って下さいよ。
「何言ってるのよ。あの子が暴走しないように私が監視で着いて来てるのよ。そうしないとあの子勝手に一人で来るわよ。それでも良いの?」
「大変感謝しております。飲み物一杯サービスしましょう」
「そうこなくっちゃ」
確かに俺が財津さんに絡まれた時も後藤さんが本気で助けてくれたな。こんなちゃんとした友人がいるのにあの人どうしてあんなになってしまったのだろうか……
「店員さん」
「え?」
後藤さんと話をしていたら、いつの間にか例の不審な女性が俺の所にやってきた。
「注文お願いします」
「は、はい……」
とてつもない低音でめっちゃ怖いんですけど。
他にも店員いるのにどうしてわざわざ俺のところまで来たんだ?
「あら、あなたもしかして」
そんな儀天さんの様子を見た後藤さんは何かに気付いたようだ。
そして彼女に話しかけるのかと思いきや、何故か俺に密着して肩を組んで来た。
「桾澤くん、バイト終わったら一緒に遊ばない?」
「ちょっ、後藤さん止めて下さいよ!」
柔らかい部分が色々と当たっているけれど、やっぱり俺の体は何も反応しないなぁ……
むしろ少し恐怖しているくらいだ。
「注文!」
「は、はい!」
そんな俺達の様子が気に喰わなかったのか、儀天さんを怒らせてしまったようだ。
「くすくす、揶揄ってごめんなさい。そっか、桾澤くんにもお相手が出来たのね」
「ええ、どうして……」
あんなに不審者風なのにそのことを見破れたのだろうか。
「女性の勘は凄いってことよ。ほら、彼女の相手をしてあげなさい」
「はぁ……」
「何のことか分かりません」
儀天さんは無関係のスタンスを貫くのね。
「はやく、注文!」
「分かりましたから引っ張らないで!」
もしかして後藤さんと親し気に話をしていたから嫉妬してくれたのだろうか。そうだとすると嬉しいな。
「注文は何にしますか」
「…………」
「お客様?」
その格好で不機嫌オーラが出ると怖いな。
怒らせてしまったけれど、どうやって機嫌を治してもらおうか。
綺麗な女性と仲良くしていることが怒らせた原因と考えると、あの人はただの常連さんだよって言い訳しても効果は無さそうだ。
かといってこれからは異性との接触を控えると言っても、水着姿の女性だらけの中で接客業をやっていることを考えると本当に出来るのか嘘くさいと思われそうだ。
それならいっそのこと浜屋でのバイトを辞めたとしたら、今度は自分のせいで辞める羽目になったなんて儀天さんが後悔しそうだ。
いやぁ、人間関係って難しいねぇ。
「そういえばお客様、来週末にここより少し離れたところにある美香浜神宮で夏祭りがあるのをご存じでしょうか」
「っ」
ピクリと肩が動いたからひとまず興味を持ってもらえたっぽいな。
「実はその夏祭りに知り合いを誘おうかと思いまして、お客様もよろしければ参加してみてはいかがでしょうか」
「……はい」
よっし約束成立。
別の約束で誤魔化すのは卑劣なやり方かもしれないけれど、他に機嫌を治してもらう方法が思いつかなかったのだからしゃーない。
声色も雰囲気も元に戻っているので作戦は成功した感じかな。
「それじゃあ俺はもう行きますね。飲み物はウーロン茶サービスしときますんで、無理しないでください」
偶然複数グループの客が一気に来たのでそっちのヘルプをしないと。
あの家族連れはクレーム言いそうな雰囲気があるなぁ。後ろの方にいる二人組の男は目線が怪しいからスリかもな。警備の人に連絡しつつ目を離さないようにして……うお、このタイミングで迷子か。ははっ、カップル達の痴話げんかまで始まりやがった。
伊達に三年以上もここでバイトしてるわけじゃない。
この程度の状況くらい簡単に乗り越えてやるさ。
――――――――
そして夏祭りの日。
この日は海水浴の手伝いを昼過ぎまでにして急いで家に帰り、夕方から儀天さんと祭りに向かう予定になっている。手伝いが長引いて遅刻してしまった、なんていうテンプレミニ修羅場展開も無く、待ち合わせ場所の神社近くの公園に予定時間よりも十五分くらい早くに到着した。
儀天さんの方もトラブルは無く、時間通りに付きそうだというメッセージが届いている。
「昼も祭りみたいなものなのに夜も参加するのは変な気分だな」
海水浴と夏祭りは全く趣旨が違うけれど、屋台が沢山出ていて人が多いという点では共通している。だからこれまではわざわざ夜も屋台を見ようなんて気にはならずに夏祭りには滅多に行かなかった。
まだ海でバイトを始める前の小学生の頃以来じゃないかな。
「浜屋より断然気楽だな」
あっちは水着姿の女性が多くてどうしても異性を意識してしまいトラウマを刺激するので、仕事だと割り切って集中するからとても疲れる。
一方で夏祭りは女性陣の露出度が海よりも遥かに低いだろうから気楽に楽しめるだろう。
そう思っていた。
そして異性に対して枯れているから今日も儀天さんを意識出来なくて申し訳ないななんて思っていた。
俺は自分の症状について全く分かっていなかったのだと、この直後に理解させられることになった。
「お、おまたせ……」
カランコロンと小気味良い下駄の音と共に儀天さんの声が聞こえたので、ぼぉっとスマホを眺めていた顔をあげて彼女の方を見た。
「…………」
「あ、あの?」
……………………………………………………………………………………
久しく無かった胸の高鳴りが戻って来た。
しかもこれまでの反動なのか痛いくらいに心臓が脈打っていて、顔どころか全身が紅潮する程の感覚に襲われていた。
儀天さんは浴衣を着ていた。
紺色に近い落ち着いた色合いの大人っぽいシンプルなデザインのものだ。
べっこう色の簪で髪の毛をまとめているところもまた大人びた雰囲気がある。
ただそれだけなのに、俺は儀天さんがあまりにも美しく思えて見惚れてしまったのだ。
儀天さんに異性としての魅力を感じ、どうにかなってしまいそうなのだ。
「悪い。似合ってて、その、すごいドキドキして何も言えなかった……」
「え!?」
これまでデートで色々な体験をしても友達くらいの感覚でしか接することが出来なかった俺が、露骨に儀天さんを意識している。
その意味を彼女は理解したのか、照れながらもとても嬉しそうにしている。
「良かったぁ……」
やっぱり内心ではかなり不安だったのだろう。
自分は俺に好かれていないのではないかと。
そして同情だけで傍に居てくれるのではないかと。
だからこそこうして俺の気持ちが明確になった今、満面の笑みを浮かべてくれている。
それは分かる。
分かるけれど、今のこの状況でその笑顔は追いうちになるだけだって!
「そっか、桾澤くんは浴衣フェチだったんだ」
「フェチって言うなよ!」
「くすくす、ごめんごめん」
でも否定できないのが辛いっす。
多分だけど、俺は水着とか性よりも『肌』とか『露出』にトラウマを抱えていたのだと思う。でも浴衣は露出がほとんど無いけれど女性の魅力が存分に詰まっている。だからこそ、トラウマを刺激されずに純粋に異性としての魅力を味わえているのだろう。
「さぁ、行こうよ」
「お、おう」
「あはは、今日は桾澤くんはポンコツかな?」
「なにおぅ」
こちとら浜屋で培った強靭な精神力や忍耐力があるんだ。このくらい気合を入れればどうってことないさ。
「あ~いつもの桾澤くんの顔に戻っちゃった」
「ふっふっふっ、アレはまた後でな」
まずは普通に夏祭りを楽しまないとだからな。
「うわぁ、人が多いねぇ」
「だな。はぐれないように気をつけよう」
「う、うん」
本当は手を繋ぎたいところだけれど、身体的接触は儀天さんを困らせるかもしれないから出来なかった。
とりあえず俺達は一通り屋台を見てまわり、海水浴場には存在しない屋台を中心に沢山遊んだ。
「あ~楽しい」
「そうだな」
普段は大人しい印象があった儀天さんも、明るくはしゃぐことが多いことを付き合ってから知った。もしかしたら学校では女子達に目をつけられないようにひっそりとしているのかもしれないな。だとしたらそれを解放して少しでも楽しい学校生活を送らせてあげたいものだ。
「次は何すっか」
「どうしよっかな。もうお金結構使っちゃったし」
「俺が出すって言ってるのに」
「だ~め。そのお金で新作ゲーム機を買ってプレイさせてもらうんだから」
それを考慮しても余裕があるのだけれど、俺にお金を出させないための方便でもあるのでしつこくは言うまい。
ちなみに儀天さんは普通にゲームもやるのでオンラインで会話しながらゲームをしたことが何度かあったりする。
そうだ、今の和気藹々とした雰囲気ならアレを聞けるかも。
「そういえば儀天さんは、どうして変装して浜屋に来てるんだ?」
「けふっ、けふっ、な、にゃんのことかな?」
「今更隠すの?」
バレてるの気付いてるでしょうに。
「あの厚着だと熱中症にならないか心配なので出来れば止めて欲しいかなって思ってさ」
「うう……そうだよね」
ようやくあの不審者が自分だって認めたか。
「やっぱり俺が他の女性と話をしているのが気になる?」
しかも相手は水着の女性だらけだ。
俺はあのトラウマがあるとはいえ、それでも彼氏がそんなところで働いていたら心配になるのも当然だろう。
やっぱり浜屋でのバイトは辞めるべきかもな。
「ち、ちがうの。そうじゃなくて……」
あれ、この反応は誤魔化しじゃなくて本当に理由が違うって感じだな。
他にどんな理由があるのだろう。
俺はタコ焼きに楊枝を刺して持ち上げ、ふぅふぅ息をかけて冷ましながら彼女の言葉を待った。
こういうのは真面目に聞くと言いにくくなるからこのくらいラフな雰囲気にした方が良いだろうって寸法さ。
「働く桾澤くんが格好良くて近くで見たかったの……」
……………………………………………………………………………………
「桾澤くん!? たこ焼き落ちてるよ!?」
「はっ!?」
いやだってその台詞は反則だろうが!
異性として意識しているのを強引に抑え込んでいるのにそんなこと言われたらフリーズするわ。
「…………」
「…………」
しまった、上手く切り返せなかったから儀天さんも俺の心情を察して黙っちゃった。お互いに照れて気まずいのは恋愛している感じがあって良いけれど、もう少し後で再開するつもりだったから不意打ちでちょっと混乱中。
どうしたら甘酸っぱい雰囲気から元の和気藹々の雰囲気に戻るかな。それともこのままイチャイチャを目指すべきなのか。
そんなことを悩んでいた時のこと。
「うわああああああん! お母さああああああああん!」
海水浴場で良く見る光景がここにもあった。
相変わらず周囲の人達はスルーか、世知辛いねぇ。
迷子の保護がバイトで染みついてしまったからなのか、放って置くという選択肢は全く考えられなかった。夏祭りデート中だけれどごめんなさいと儀天さんに一言かけてから男の子の元へと向かおうとしたら……
「ボク、大丈夫?」
儀天さんが先に動いて話しかけていた。
ああ、やっぱり儀天さんは優しい人だ。
デート中だからとか考えることなく行動出来る人だ。
その行動力は時と場合によっては問題になるかもしれないけれど、俺にはとても尊く感じられるし守りたいと思う。
しゃがんで男の子に目線を合わせながら優しく語り掛ける儀天さんの姿は、以前と違って水着では無く大人びた浴衣姿というのも相重なって、俺の心をぐっと鷲掴みにするのであった。
ああ、俺は儀天さんのことが好きなんだ。
この時、ついに俺は自分の気持ちに気が付いたような気がする。
迷子に関しては海の時と同じ対応だ。
屋台でア〇パ〇マ〇のお面を購入して男の子を泣き止ませ、迷子センターへと連れて行った。
『流石桾澤くん』
だなんて儀天さんに褒められたけれど、真っ先に行動した儀天さんの方が素敵だと思う、とは気恥ずかしくて言えなかった。
その後は本日最後のイベント。花火を見るために神社の高台に向かい揃って空を見上げながら最初の一発が打ちあがるのを待っていた。
「…………」
「…………」
俺が照れて儀天さんへ気軽に話しかけられなくなり、それを儀天さんが察してしまったが故に、俺達の間には甘酸っぱい空気が流れていた。
自分の気持ちに気付いた以上、改めて俺から告白したい。
でもすでに付き合っているのにそれは変では無いだろうか。
そもそも好きだよって伝えるのはとても勇気がいる。
儀天さんは良く俺を呼び出して想いを伝えたなぁ。
などなど、様々な気持ちが胸の中を駆け巡る。
そしてふと隣をちらりと見ると……
「……!」
「……!」
偶然目が合ってしまって、外が真っ暗なのにお互いガチ照れしていることが分かるという初々しいイチャラブっぷり。
まさか俺が異性に対してこんな風に感じる日が来るなんてな。
「あっ」
「おお」
そうこうしているうちに花火が打ち上げられ、そこら中から歓声が上がる。
激しく燃え盛り、消えたとしても次々と舞い上がるそれらの美しさには確かに目を惹かれる。
でも今の俺は儀天さんのことで頭がいっぱいで、花火を素直に楽しむ余裕が無かった。
どうしよう。
この気持ちをぶつけたい。
でも花火大会の日はアレが多いって聞くし、このタイミングで好きだなんて言ったら儀天さんが苦手な性的なことを邪推されるのではないか。
もやもや。
ドキドキ。
はらはら。
花火の爆音が響くと共に様々な感情が吹き飛ばされ、そしてまたすぐに蘇る。
そんな風に自分の気持ちを持て余していたら、偶然儀天さんに手が触れた。
よし、決めた。
俺はそっと彼女の手を握った。
これまで決して俺からは彼女の体には触れてこなかった。
それは儀天さんが性的に見られるのが苦手だったからというのもあるが、俺自身が無意識に一定の距離を取ろうとしていたからでもあるのだと思う。
好きかどうかも分からない相手に近づくのは失礼だからと。
でもその一線を俺は越えた。
儀天さんのことが好きだと思う気持ちを伝える最初の一歩。
「…………」
「…………」
その手はしっかりと握り返され、正真正銘俺達は彼氏彼女となったのだった。
――――――――
「いらっしゃいませー」
浜屋に新人のバイトが入った。
「あれ、めっちゃ可愛い子がいるじゃん」
「胸すっご」
「ちょっとあたしを無視してどこ見てるのよ!」
「いだだ! 悪い悪い」
しかもそれは浜屋では久しくなかった若い女性のバイトだ。
本人からのたってのお願いと言う事で叔父さんを説き伏せてこうして働いている。
「いだっ!」
「お触り厳禁ですよー」
彼女は男性の目をくぎ付けにするほどの豊満な胸を持ち、この時期の服装だとどうしても薄着になり目立ってしまう。しかもいやらしい目で見られるのが苦手だったはずなのだが、セクハラ客を軽やかに躱して見事な接客をしている。
「うわああああああん! お母さああああああああん!」
「はいボク、どうしたのかな」
泣いている子供が居れば一目散に駆け寄り優しく声をかけ、どのようなトラブルにも適切に対応するスーパーバイトだった。
「なぁなぁ姉ちゃん俺らと……げっ彼氏持ちかよ」
「そりゃそうだろ。こんな可愛い子がフリーなわけないって」
「ちぇっ」
そんな彼女は男達から声を掛けられることが多いけれど、彼らの多くはすぐに諦める。何故ならば彼女の胸には『彼氏あり。ナンパ厳禁』のバッジがつけられているからだ。
それでも諦めずにアタックしようとする不届き物もたまにはいるが、その場合は当然俺が出ていく。
「俺の彼女に手を出さないで貰えますか」
「桾澤くん!」
そうして目の前で少しイチャイチャしてやれば簡単に追い返せる。
嘘です、実は俺の後ろで叔父さん達がギロって睨んでプレッシャーかけてます。
どうして儀天さんと海の家で一緒にバイトをすることになったのか。
苦手な男達の目線に晒される場に立ってまでして彼女が求めたかったもの。
「桾澤くんと一緒に居たいから」
トラウマが出来るくらい辛くてそれでもお金が沢山貰えるからという理由だけで頑張っていた浜屋でのバイトが、今年からはとても楽しいものになりそうだ。
投稿直前に気付いたのですが、クラスのギャル二人をざまぁさせた方が良かったですかね?
もしそのような方がおりましたら、海でひっかけた男に酷い目にあった妄想でもして補完してください( ノД`)