第64話 天使な獣と戯れときますね③
【主な登場人物】
◆逢沖 悠斗 十七歳
本作の主人公。眼科で『診断結果 魔眼覚醒』と言い渡され、世界の存亡をかけた戦いに巻き込まれていく。
◆七瀬 水月 十七歳
人工魔眼持ちの少女。〝天理逆行〟を引き起こし、2070年の世界を再構築した。今は悠斗の家に居候中。
◆九条 莉奈 十七歳
悠斗の幼馴染。お金持ちのお嬢様だが割と庶民派で面倒見のいい性格。〝秘跡の魔眼〟の持ち主。
◆十文字 かれん 自称二十歳
戒めの使徒。創世六位〝人間の創造主〟。悠斗に『診断結果 魔眼覚醒』と告げた人物。
◆煌々 輝夜 自称十四歳
戒めの使徒。創世一位〝光の創造主〟。恥ずかしがりやだが、戦うと結構強い…??
◆ルーナ・クレアーレ 自称十九歳
戒めの使徒。創世四位〝天体の創造主〟。ラメドに所属し〝神の兵器〟を欲している。
◆シロマロ 二十二歳
ルーナの子分その一。がたいのいい男。
◆クロマロ 二十二歳
ルーナの子分その二。痩せ気味の男。
◆イリス・ベラルディ 五歳
預言の館に訪れた女の子。水月曰く、誘拐されるそうだが……?
◆レムス・ベラルディ 十五歳
行方の分からなくなったイリスの兄。
◆千里眼 年齢不詳
ラメドに所属する人物。ルーナから危険視されている。
残る課題は水月と莉奈が無事にこの場を切り抜けること。
「やっぱ、そんな簡単にいくわけないよな……‼」
一人呟く悠斗の目に映っているのは、徐々に劣勢となっていく二人の姿。
「何よコイツ……っ、壁走れるとか、そんなの反則じゃない!」
莉奈の言葉に焦りが見え始めた。
入口の反対側へと徐々に追い詰められていく二人。
ラピス・アルバが壁面を駆ける度に神殿が揺れる。
先の見えない天井からは石材の欠片が絶え間なく降り注いでいた。
このままでは二人が危ない──それが分かっているのに、非日常的過ぎる状況のせいで実感が持てない。しかし、だからこそ、思考を巡らせるだけの冷静さを保っていられたのは不幸中の幸いだった。
この状況を現実から一歩引いたところで観察している、そんな感覚。
壁際で動きが制限されると水月にとっては分が悪い。
莉奈の場合、間合いを保てなければ狙いを定める余裕がなくなってしまう。
「ЭΠЭΠШΠШΠ」
ラピス・アルバが壁伝いに水月の前へと回り込んだ。
心臓が大きく脈打ち、痛みで意識が現実に引き戻される。
水月は反応が間に合わない。
「やめろ──」
そして聞こえてきたのは、ラピス・アルバの狂爪を弾く音と、その直後の鈍い音。
「水月⁉」
「んぅ……っ、──くぅ……痛ったぁ……‼」
かろうじて月華想刀で防御できたようだが、神殿の壁で身体を強く打っている。
「こんの守護天使ぃ……‼ 水月を傷つけてまで一体……何を守るってんだよ……‼」
今起きている事態に対処する方法は──悠斗の脳内に様々なパターンが浮かんでは消え、最適解が見つからない。
しかし、悩むこと自体が無意味だとすぐに気づいた。
やろうとしている事に身体が追いついていないのだ。この状況を切り抜ける策を思いついても、実行するだけの能力が備わっていない。
ラピス・アルバの狙いは既に次の獲物へと向けられている。
「これ以上こっちきたら……頭、狙うから‼」
莉奈が伝わるかもわからない警告をした。
当然ラピス・アルバは止まらない。
「莉奈‼ 撃て‼」
──どんな相手であれ、残酷に撤するのはやはり難しい。
目を瞑る莉奈の姿が見えた。
そして次の瞬間、悠斗は信じられない光景を目の当たりにする。
ラピス・アルバが──放たれた神殺槍を自らの牙で噛み砕き止めたのだ。
生物の限界を超えた超反応。それは悠斗に恐怖を抱かせるのに十分だった。どれだけ異形でも自分と同じ〝生き物〟のはずだと、その認識が誤りだったと瞬時に悟った。
対峙しているのは紛れもない〝天の使い〟なのだ──と。
異形の天使が振るう狂爪──それが壁面を抉りながら薙ぎ払うような形で莉奈に迫る。
「逃げろ‼ 莉奈──」
「悠斗……」
助けを求めるように莉奈が手を伸ばした。しかしこの距離では届かない。
崩れた石材が頭上から降り注ぎ、莉奈の姿が見えなくなっていく。
「ちくしょう──‼ おい守護天使ィ‼ 狙うならおれを狙え‼」
怒りや後悔で頭の中が支配されていく。水月と莉奈の無事を天に祈ろうにも、目の前の天使がコレでは祈る気にはなれない。
「……悪魔かよ……っ」
実際のところ、最初からラピス・アルバは手加減しているような印象だった。
それは慈悲によるものか、はたまた人間を罰することに愉悦でも見出したのか────
◇
神殿近くにあるラメドの拠点──その中の薄暗い部屋で、かれんが僅かな灯りを頼りにシロマロとクロマロの治療を続けていた。傍らではルーナが心配そうにその様子を見守っている。
すると突然、部屋の扉が勢いよく開かれた。
飛び込んできたのは慌てた様子の輝夜だ。
「かれんかれん! た、大変なの……っ、天使が悪魔でみんな生贄……‼」
「お……落ち着け輝夜。向こうはマズい状況か?」
「うん……‼」
「分かった、すぐに行く。……ルーナ、二人の治療はほぼ終わっている。すまないが後は任せていいか?」
「それはよいがお主……あの結界はどうするつもりじゃ?」
「まあ、できるか分からないが……」
かれんが口元に笑みを浮かべながら立ち上がった。
「入れないなら、ブチ破るしかないだろう──⁉」
「ねぇかれん、あの刀……本当に大丈夫なの……?」
神殿へと走りながら、輝夜が心配そうに問い掛けた。
「心配するな、制御はできているよ」
「ならいいけど……」
名刀〝紅雪〟。
以前ニール・サンクトゥスと一戦交えた時、普段は〝紅雪〟を隠している理由を『お気に入りの一振だから』と口にした。しかしそれはニールに付け入る隙を与えない為の嘘。
もちろんお気に入りではあるのだが、隠している本当の理由は別にある。
〝紅雪〟は──手にした者を狂わせるのだ。
斬りたくて、斬り刻みたくて、斬り殺したくて、狂ったその衝動を抑えられなくなる。
それと聞いた話だが、この刀は本来の名を〝白雪〟というらしい。
かれんが譲り受けた時点で既に〝紅雪〟と呼ばれていたが、なんでも──『真っ白な雪景色を紅く染めた』のだとか。
神殿に入り不可視の結界がある場所で立ち止まった。
「なるほど、状況は最悪だな」
結界の中では悠斗が必死に戦っている。戦っているというか、ラピス・アルバを止めようと長い尾にしがみついたようだが、今はひたすら引きずられて手も足も出ないと見える。
「輝夜、少し離れていなさい」
「うん……」
かれんが〝紅雪〟を手に抜刀の構えを取った。
「通してもらうぞ……‼ 〝居合〟──」
呼吸を整え、意識を外界から切り離す。
「──〝赤影一閃〟」
瞬間──赤い閃光が縦に奔り、同時に輝く粒子が弾けるようにして視界を覆った。
この粒子は結界を破ったことによるものと見ていいだろう。それは次第に薄れ、神殿の様子が徐々に映し出されていく。
「おかしい、静か過ぎる……」
つい先程まで聞こえていた神殿が崩れる音や地響きがぱったりと止んでいた。
そこには何も見当たらない。
悠斗達も、守護天使も、神殿も、恐らく結界が張られていた範囲が丸ごと切り取られたように消えている。
「そんな、バカな……⁉」




