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奈落の月  作者: れのぺぱ
第二章 痴情の楽園
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第59話 男は黙って腕立て伏せですよね①

【主な登場人物】

逢沖あいず 悠斗ゆうと 十七歳

本作の主人公。眼科で『診断結果 魔眼覚醒』と言い渡され、世界の存亡をかけた戦いに巻き込まれていく。


七瀬ななせ 水月みずき 十七歳

人工魔眼持ちの少女。〝天理逆行〟を引き起こし、2070年の世界を再構築した。今は悠斗の家に居候中。


九条くじょう 莉奈りな 十七歳

悠斗の幼馴染。お金持ちのお嬢様だが割と庶民派で面倒見のいい性格。〝秘跡の魔眼〟の持ち主。


十文字じゅうもんじ かれん 自称二十歳

戒めの使徒。創世(そうせい)六位〝人間の創造主〟。悠斗に『診断結果 魔眼覚醒』と告げた人物。


きらきら輝夜かぐや 自称十四歳

戒めの使徒。創世一位〝光の創造主〟。恥ずかしがりやだが、戦うと結構強い…??


ルーナ(Luna)クレアーレ(Creare) 自称十九歳

戒めの使徒。創世四位〝天体の創造主〟。ラメドに所属し〝神の兵器〟を欲している。


◆シロマロ 二十二歳

ルーナの子分その一。がたいのいい男。


◆クロマロ 二十二歳

ルーナの子分その二。痩せ気味の男。


イリス(Iris)ベラルディ(Berardi) 五歳

預言の館に訪れた女の子。水月曰く、誘拐されるそうだが……?


レムス(Remus)ベラルディ(Berardi) 十五歳

行方の分からなくなったイリスの兄。


◆千里眼 年齢不詳

ラメドに所属する人物。ルーナから危険視されている。

 

「ま、まぁ……どこにいるか分かっただけよかったーってもんだよね~」


 イリスに笑いかける水月の表情がぎこちない。


「いや~とりあえず元気みたいでよかったよかった! ドイツで元気に……ウチの妹にプロポーズしてたってさー、あはは~」


 間接的にだが、莉奈も無関係ではなくなってしまった。


 そして肝心のイリスはといえば────


「──にいにころす……‼」


 どす黒いオーラを放っていた。


「うんうん、気持ちは分かるけど、ちょっと落ち着こうな~」


 家に戻らず心配させて、更に出先では女の尻を追いかけて、挙句イリスの誕生日前夜にもかかわらずまだ異国にいるとは。イリスの怒りも当然と言えるだろう。


「おれ達はまだする事があるからな……でもレムスが移動しない内に捕獲したいし、玲奈とセバスチャンに頼んで協力してもらうのはどうだ?」


「そうね……とりあえず電話してみよっか」


 スピーカーモードに設定されたスマホがテーブルに置かれると、一回目の呼び出し音が鳴り終わる前に玲奈の声が聞こえてきた。


『なに? あたしに会いたくなっちゃった?』


「出るのはやッ」


『あ、悠斗にーちゃんだ! やほー、そろそろあたしのあったか~い肌が恋しくなってきたのかな?』


「悪いな、あいにくあったか~い肌なら間に合っている」


『んなっ⁉ ま……まままさかお姉ちゃんと水月ちゃんと異国の地でアレコレ……』


「──痛って!」


 テーブルの下で誰かに思いっきりすねを蹴られた。まあ──間違いなく、すました顔で視線を横に逸らしている幼馴染の仕業だろう。水月の頬が若干赤くなっているのも気になるが、今は急いで話を進めなければならない。


「すまん、ウソだ」


『乙女心が傷つきました』


「自分から傷つきにいくようなこと言うからだろ」


『そんなことより──水月ちゃんそこにいる?』


「いるよ~玲奈ちゃん久しぶり!」


『あ、水月ちゃん! 元気そうでよかったー、声聞けて嬉しいぞー!』


「わたしも嬉しいぞ~!」


「えーっと……水を差すようで悪いんだけど、おれ達ちょっと急ぎの要件があってな、今どこにいるんだ?」


『え? あ~その……空港近くのホテルだったりして……』


「空港⁉ アンタなんでまだそんなとこにいるのよ?」


『それがさー、セバスチャンと変態うさぎ連れてあたしも冒険に出ようとしたんだけど、変態うさぎが行先の手掛かり思い出せなくて困ってるんだよねー』


「そういえば飛行機乗ってる時にかれんさんがそんなこと言ってたな。『あーちゃんに手掛かりをあげた』みたいな」


『じゃあ手掛かりってやっぱホントだったんだ……このうさぎ、かれんさんと輝夜ちゃんのパンツの色しか覚えてないんだよ⁉』


 あのエロうさぎ──と言いたいところだったが、今に限っては都合がいい。


「よし! ナイスだあーちゃん!」


『──何で⁉』


「玲奈、セバスチャンとあーちゃん連れて、今すぐベルリンまで飛んでほしいの」


『いいけど、何すればいいの?』


「アンタにプロポーズしたって人、すぐに探し出して捕獲……じゃない、保護して!」


『げ、やっぱそういう流れかー』


 気が乗らないのは当然だろう。玲奈が帰国の日程を前倒しにする原因となった人物だ。あまり無理強いはさせたくない。


 しかし、そんな空気を察したのか、ずっと黙っていたイリスが絞り出すように声を上げた。


「あの……おねがい……します……‼」


『ん? 他に誰かいるの?』


「ああ、その探し人の妹、イリスだ」


「にいにずっとかえってこなくて……イリスしんぱいしてる……でも、ベルりんよくわかんない……」


『……しょうがないなー。ま、ひっぱたく理由もできたことだし、あたしが見つけてきてあげる!』


「よかったな、イリス」


「──‼ ありがとう! れなおねえちゃん!」


「玲奈、ところでセバスチャンは? そこにいるのか?」


『いるよー? なんかね、あたしにプロポーズした人って知ったら急に腕立て伏せ始めたんだけど、どうしたんだろ?』


「あー、それはたぶん……セバスチャン相当ヤる気だろうから問題ない」


『ふーん、でもやる気ならあたしだって負けないよー⁉ 恋する乙女は朝日よりも早く夜を照らすのだ‼』


「──よし! 全く意味わからんが任せたぞ、玲奈!」




 通話終了。


「いやー我が妹ながら何言ってるのかさっぱりだわ」


「でもやる気だけは何故か伝わってきたよね」


「まあね……言動はバカだけど、やる時はやる子だから。イリス、あとは玲奈に任せておうち帰ろ?」


「わかった、おうちかえる」


 イリスが素直に頷いてくれた。これでようやく胸を撫で下ろせるというものだ。


 そこからイリスの家に着くまでの間は、これといって危険な目に合う事もなく順調に進むことができた。場所は地上のコロッセオが少し遠めに見える辺り、歴史を感じさせる佇まいのローマの景観に相応しい建物だ。


 とはいえ、悠斗達にはまだ一つ大切な仕事が残っている。イリスに危険が迫っている事と、レムスの件についてどう説明するのか。


 話し合った結果、手紙に綴ってイリスから両親に手渡してもらうことになった。下手に会って怪しまれる心配もなく、入力したデータで読んでもらうよりも自分達の人柄が伝わり内容を受け入れやすくなるだろうと思っての事だ。


「じゃあイリス、この手紙にはね、将来すっごい人になるイリスのこと書いておいたから、パパとママにすぐ渡すんだよ?」


 手紙を書いた水月がイリスの手を優しく握りしめた。


「わかった、すぐわたす……」


「どおしたの? まだ気になる事でもある?」


「……おねえちゃんたち、またあえる?」


「うん、絶対また会いに来る、約束! だから早くパパとママを安心させてあげて?」


「やくそく!」


 笑顔に戻ったイリスが玄関のドアに手を伸ばす。


 ──が、何故かイリスは一度手を離して振り返ると、ぎこちないながらも丁寧にお辞儀をした。


「あの、ありがと……! へんたいにいにも、どへんたいでかっこよかったよ!」


「──おう! ありがとな、また会おう!」


「ふふっ、よかったわね悠斗」


 イリスが玄関のドアを閉めたのを見届けてから、悠斗達は放置したままの預言の館を回収すべくカミエシ地下大聖堂へと歩き出した。




 痴情の楽園への入口は地上にいくつか造られていて、悠斗達が今向かっているのはその中でもひと際大きなメインゲートだ。ローマの景観を損なわないようにデザインされた外観は石造りで、何千年も前からそこにあるかのような加工が施されている。


「なんだか、どんどん色んな問題抱え込んでる気がするわね……実際、この場で十億揃えるなんて夢のまた夢よ」


 ローマの夜空を見上げながら、莉奈が独り言のように呟いた。そして何かを掴むような仕草で届くことのない星へと手を伸ばす。


「だよねー、わたしも預言の館で十億稼ぐとかどうかしてたなー。どこかに十億の価値があるお宝でも転がってたらいいのに」


 楽観的というか前向きというか、水月は相変わらず水月らしいことを言って肩を落としている。


「あーっと……その事なんだけど……」


「何? すごそうな石でも転がってた?」


 考古学的価値のある石ころがそんな簡単見つかるのなら、悠斗だって飛び跳ねて喜んだだろう。そうではなく、千里眼にケンカを売ってこんな状況にしてしまった責任を、悠斗は果たさなければならない。自由には責任が伴うのだ。


「残念だがそんなものはない。実は最後の手段として取っておいた方法があってな」


「え⁉ そんなのあるんなら早く言いなさいよ」


「なになに⁉ どうするの?」


「いや、最悪な手段だから言わなかったんだけど……」


「銀行強盗とか言ったら、コロシアム建て直しの刑だからね?」


「それ終身刑と変わらなくない⁉」


「で、どうするの?」


「無いなら造ればいい」


「アンタまさか……」


 莉奈がその手段を口にする直前、水月が「ねぇ、あれ」と前方に視線を向けて立ち止まった。


 腕を組んで石造りのメインゲートに寄りかかる人影。


 フードを深く被り、無言で威圧してくるあの男は──


「千里眼……‼」




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