第21話 ダーリンといえばハニーですよね③
【主な登場人物】
◆逢沖 悠斗 17歳
本作の主人公。眼科で『診断結果 魔眼覚醒』と言い渡され、世界の存亡をかけた戦いに巻き込まれていく。
◆七瀬 水月 17歳
人工魔眼持ちの少女。無意識に『天理逆行』引き起こし、2070年の世界を再構築した。今は悠斗の家に居候中。
◆九条 莉奈 17歳
悠斗の幼馴染。お金持ちのお嬢様だが割と庶民派。面倒見がよく悠斗と水月をいつも気にかけている。『秘跡の魔眼』の持ち主。
◆十文字 かれん 自称20歳
戒めの使徒。創世六位『人間の創造主』。悠斗に『診断結果 魔眼覚醒』と告げた。立場によって性格を切り替えている。
◆煌々 輝夜 自称14歳
戒めの使徒。創世一位『光の創造主』。かれんと一緒に暮らしている。恥ずかしがりやだが戦うと結構強い。
◆アルミラージ 自称15歳
戒めの使徒。創世五位『動物の創造主』。通称「あーちゃん」。しゃべる珍獣ウサギ。基本役に立たない。そしてエロい。
◆ナムタル
『冥界クルヌギア』の首相。「世界の在り方」から外れた魂を、在るべく状態へ戻す為に現れた。
◆ニール・サンクトゥス 目測20代
戒めの使徒。創世七位『??の創造主』。まだ謎の多い人物。
【名前のみ判明している戒めの使徒】
◆レックス・ウォラーレ 創世二位『空の創造主』
◆クラルス・マグノリア 創世三位『自然の創造主』
◆ルーナ・クレアーレ 創世四位『天体の創造主』
「浅かったか……っといかん、殺しては駄目だったな」
かれんの刀から紅い血が滴り落ちる。
胸部を斬られてはいるが、ニールにとって、どうやら痛みよりも斬られた驚きの方が勝っているらしい。
「ウグ……その刀なぜ斬れる……」
「名刀〝紅雪〟──鎌倉時代の名工が打った一振だ。私が魔力子で拵えたナマクラとはワケが違うぞ? お気に入りの一振だからね、普段は隠している」
「女狐め……名刀だから斬れたってかァア?」
口調を荒げるニール。斬られた事がよほど不愉快だったのだろうか。
「いや?〝紅雪〟だから、だろうな。それとお前の能力を見破った訳でもないぞ?」
かれんは魅せられたように、うっとりした目で紅雪を愛でた。
「斬る──その想いのみで鍛えられた刀。物理的な斬れ味だけじゃない……〝紅雪〟が、斬らずにはいられないのだろう」
「意味が分からない……」
竹林の小径を風が通り抜けた。
二人の戦いを煽るように竹の葉が騒めく。
「ニール、お前の悲願が何かは知らない。だけどね、それが命を犠牲にした上に成り立つものなら……悪いがその願い、砕かせてもらう」
「ふざけるな……何も犠牲にせず成り立つものなど無い! 悲願は叶える。それだけが、僕が生きる理由だ」
かれんは再び刀を構え、ニールは何かを呟いた。
「そこには何も無い──」
「んん?」
「そう『認識された』時点でそこには〝無〟という存在が〝有る〟事になる。そして『無であり有でもある』という矛盾を世界は許容しない」
「何を言っている……⁉」
流石のかれんも、これには理解が追いつかず困惑の色を見せた。
「無を有にするべく現れるモノ──」
ソレを認識できた時、かれんの体は宙に浮いていた。
何も無い空間から現れた、得体のしれない黒いモノ。人間など簡単に握りつぶされそうなほど巨大な拳でかれんは殴り飛ばされていた。
それはまるで悪魔の腕──指先は鋭く、造形は禍々しく、空間から伸びる腕は朧気で、その揺らめきは獲物を誘うかのようだ。
石畳に打ち付けられ、地面を転げるかれん。
「ニール……貴様一体何を⁉」
「知る必要はない。閉じ込めて、それで終わりにする──〝開門・虚無廻廊〟」
ナムタルを引きずり込んだあの、漆黒の門が現れ開け放たれた。
かれんは咄嗟に刀を地面に突き立て抵抗するが、門の向こうに広がる暗闇がかれんを容赦なく引きずり込もうとする。
「あがいても無駄だよ十文字、それから逃れるのは不可能だ」
「くうっ……確かにこれは不可能だ──」
抵抗を諦めたかれんが突き立てた刀を引き抜いた。
「──逃げるのはな‼」
一転して虚無廻廊に向かって走るかれん。
鬼気迫る形相で振り下ろされる紅雪の一太刀──
「緋爛来迎‼」
鮮やかな緋色の閃光が走り、中に広がる暗闇が虚無廻廊ごと斬り裂かれた。
暗闇は次第に薄れ、歯を食い縛るニールの姿が鮮明になっていく。
「ハハッ‼ ──ッ‼ 楽しいなァ⁉ 憎たらしいなァ⁉ 十文字ィ‼」
「落ち着け。こっちはそれどころではないぞ」
冷静を装うかれんだが、ニールの攻撃手段の多さには驚かされていた。
次は何をしてくるのか──どんな挙動も見落とすまいと、かれんは瞬きもせずニールの様子を伺う。
しかし、どうやらこの戦いはここで終わりのようだ。
「誰かいるのか?」
(──しまった! 白熱し過ぎて気が付かないとは……‼)
「えぇ⁉ か、刀と……ナイフ⁉ 君達こんな時間に何しに来た⁉」
声を掛けてきたのは巡回中の警官だった。
この状況を何とかごまかそうと、かれんは必死に考えを巡らせた。
「ちょ、ちょっと愛を確かめに……てヘッ」
「そっかそっかーおじさん邪魔しちゃったかな~っ? ──って過激‼ 今どきの子ってそうなの⁉ それで愛を感じちゃうの⁉」
(んなワケないでしょーッ⁉ このお巡りさんだいじょぶかな⁉)
一方のニールはといえば、すっかり無表情となり無言を貫いている。
「そうなんですぅ~今まさにぃ熱~く愛し合ってたんですよぉ、ね~ダーリンっ♡」
「もう冷めた。帰る」
(ニールさぁぁぁん⁉ 話合わせる気ないのにリアリティ足してくるのやめてもらえますぅ~⁉ そこは『もう離さないよハニー♡』って囁くとこぉぉぉ‼)
何の未練もなさそうにすまし顔で去っていくニール。
それを無言で見送るかれんの肩に、ぽんっと哀愁漂う手が置かれた。
「悪かったな、ねーちゃん。俺が割り込んじまったばっかりに……」
お巡りさんが急にキャラを立たせてきた。
「責任取らせてくれや……話なら聴くぜ? 涙が枯れるその時まで……な」
ニカッと笑って歯が光ったのは幻覚だろうか。
(わーい。このせいで地球滅んでもおじさんが責任取ってくれるんだってー。わーい)
「こう見えて俺もなぁ、身を焦がす恋ってぇのに焼かれたもんだぜぇ……初恋は小学生の時……隣の席のアヤちゃんが──」
「ちょちょちょっと待っておじさんっ!」
「ああ、俺の名前か?」
「えと、ちが……」
「んなもんねぇよ……俺はあの時……大切なモンと一緒に名前までなくしちまったのさァ。それからの俺は長ぇこと一人だった……孤独にロンリネスだ……分かるか?」
「分かるワケねーだろ」
かれんの人生初ツッコミが華麗にキマった。