第16話 別に助けてないし勘違いしないでよね①
【主な登場人物】
◆逢沖 悠斗 17歳
本作の主人公。眼科で『診断結果 魔眼覚醒』と言い渡され、世界の存亡をかけた戦いに巻き込まれていく。
◆七瀬 水月 17歳
人工魔眼持ちの少女。無意識に『天理逆行』引き起こし、2070年の世界を再構築した。今は悠斗の家に居候中。
◆九条 莉奈 17歳
悠斗の幼馴染。お金持ちのお嬢様だが割と庶民派でツンデレ。面倒見がよく悠斗と水月をいつも気にかけている。魔眼持ちのようだが……?
◆十文字 かれん 自称20歳
戒めの使徒。創世六位『人間の創造主』。悠斗に『診断結果 魔眼覚醒』と告げた。立場によって性格を切り替えている。
◆煌々 輝夜 自称14歳
戒めの使徒。創世一位『光の創造主』。かれんと一緒に暮らしている。恥ずかしがりやだが戦うと結構強い。
◆アルミラージ 自称15歳
戒めの使徒。創世五位『動物の創造主』。通称「あーちゃん」。しゃべる珍獣ウサギ。基本役に立たない。そしてエロい。
◆ナムタル
『冥界クルヌギア』の首相。「世界の在り方」から外れた魂を、在るべく状態へ戻す為に現れた。
【名前のみ判明している戒めの使徒】
◆レックス・ウォラーレ 創世二位『空の創造主』
◆クラルス・マグノリア 創世三位『自然の創造主』
◆ルーナ・クレアーレ 創世四位『天体の創造主』
◆ニール・サンクトゥス 創世七位『??の創造主』
本当はもう、間に合わないと知っていた。
──それがどうした。
息をするのも忘れて走った。
──もっと速く走れ。
全身が燃えるように熱かった。
──体ぐらいくれてやる。
莉奈の瞳に映る世界が、コマ送りのようにゆっくりと流れていく。
(間に合って……お願い‼)
マリアの手記に書かれていた文章が頭をよぎった。
『神の秘跡を成す──秘跡の魔眼……』
持ち出したロザリオを無意識に手繰り、右脚を前に出して速度を落とす莉奈。
ロザリオを胸に当てると、瞳が紅い輝きを放った。
秘跡の魔眼に刻まれた記憶が、言葉となって脳裏に流れ込む──
「無原罪懐胎・黒戒──神殺槍‼」
漆黒の槍が莉奈の前で形作られ、ナムタルに矛先を向け放たれた。
ナムタルの腕が水月に振りかかる瞬間、神殺槍が空を切ってナムタルの体を貫き態勢を崩す。
反動で尻もちをついた莉奈は、自分がしたことに驚き目を丸くした。
ナムタルから距離を取った水月が「莉奈‼」と呼びかける。
「こいつ……死ねないの‼」
「どういうこと⁉」
莉奈は急いで立ち上がり倒れている悠斗のもとへ駆け寄る。
かろうじてまだ息はあるが、命の危険に晒されている事は明らかだった。
ナムタルが体を再生しながら苛立たしげに言葉を漏らす。
「お前ら……あぁ……‼ まだ死を拒むのか……」
「再生した……⁉」
「何の役割もなく……理から外れるんじゃねぇよ……」
「水月、何とか悠斗を連れて逃げるわよ」
魔眼を扱えるようになったからといって、すぐに勝てるような相手ではない。再生するとなれば尚更だ。しかし背を向ければどうなるかも容易に予想がつく。
「────」
どう動くか考えあぐねている間に、ナムタルが仕掛けてきた。
選択肢は一つに絞られ、水月と莉奈が迎え撃つ構えをとる。
──お互いの攻撃が、体を貫いた。
水月の想刀が、
莉奈の神殺槍が、
ナムタルの腕が、
たまたま通りがかったロン毛男を──
水月も莉奈も、そしてナムタルまでもが、突然現れた男に目を奪われた。
歳の頃は二十代半ばだろうか。全身黒ずくめで、闇に染まったように暗く赤い長髪をなびかせながら、全ての攻撃を身に受けて目の前に立っていた。
目元を隠す前髪から時折見える眼は、世界の全てを憎んでいるかのように鋭い。
「通りがかりの人にこんなことするかなぁ、普通……」
男は被害者のようなことを言っているが、よく視ると全く傷を負ってなどいなかった。全ての攻撃が、空間に空いた穴のようなものに呑み込まれていたのだ。
「この修羅場を通りがかるってなによ……⁉」
明らかに異常な言動を見せる男に莉奈は恐怖を覚え、水月の手を引いて後ろへ下がった。
ナムタルの注意が男へ向いている隙に、二人は悠斗のもとに駆け寄る。
「莉奈……‼ ユ─トがモヤモヤでやられて苦しそうで、毒みたいで、でも戦ってやっぱり倒れて……‼」
水月は泣きそうになりながら、悠斗に何が起きたか説明しようとした。
「大丈夫。もしかしたら助けられるかもしれない」
「ふぇ……?」
(手記には『不治の病を癒し』って書いてあった。それなら……)
ロザリオを手繰り、右手で悠斗に触れると、莉奈の瞳が命を蝕むモノを捉えた。
やさしく囁くように、莉奈が祈りを捧げる。
「無原罪懐胎・天快──神秘癒」
神秘的な白い光が悠斗の体を包み込むと、黒い粒子が体から浮かび上がり宙を舞いながら消えていく。
やがて、悠斗がゆっくり目を開け上半身を起こそうとする──が、突然何かに押し倒され再び空を仰いだ。
「よがっだぁユ─ドォぉぉぉ‼」
泣きながら悠斗にすがる水月。
「心配させるな、バカ……‼」
声を震わせながら、莉奈が小さくつぶやいた。
「ありがとう──二人が助けてくれたんだな……」
そしてもう一つ、悠斗の知らない声が聞こえてきた。
「君、もしかして冥界の人?」
ロン毛男がナムタルに尋ねた。
「お前ぇ……あぁ……何を知っている……」
「答えてくれないのは、肯定、と捉えていいのかな?」
「仮にそうだとして……わざわざ何しにきやがったぁ……」
口元に不敵な笑みを浮かべながら男が答える。
「僕は戒めの使徒──ニール・サンクトゥス」
「「──‼」」
「戒めの使徒……じゃあ味方⁉ 助けてくれたの?」
水月の言う通り味方かもしれない。
だが莉奈には、あの男の憎しみに満ちた眼がどうしても引っかかっていた。
ニールが言葉を続ける。
「僕を、生きたまま冥界に連れていけ」