第15話 覚醒したのでカッコつけときますね③
【主な登場人物】
◆逢沖 悠斗 17歳
本作の主人公。眼科で『診断結果 魔眼覚醒』と言い渡され、世界の存亡をかけた戦いに巻き込まれていく。
◆七瀬 水月 17歳
人工魔眼持ちの少女。無意識に『天理逆行』引き起こし、2070年の世界を再構築した。今は悠斗の家に居候中。
◆九条 莉奈 17歳
悠斗の幼馴染。お金持ちのお嬢様だが割と庶民派でツンデレ。面倒見がよく悠斗と水月をいつも気にかけている。魔眼持ちのようだが……?
◆十文字 かれん 自称20歳
戒めの使徒。創世六位『人間の創造主』。悠斗に『診断結果 魔眼覚醒』と告げた。立場によって性格を切り替えている。
◆煌々 輝夜 自称14歳
戒めの使徒。創世一位『光の創造主』。かれんと一緒に暮らしている。恥ずかしがりやだが戦うと結構強い。
◆アルミラージ 自称15歳
戒めの使徒。創世五位『動物の創造主』。通称「あーちゃん」。しゃべる珍獣ウサギ。基本役に立たない。そしてエロい。
◆ナムタル
『冥界クルヌギア』の首相。「世界の在り方」から外れた魂を、在るべく状態へ戻す為に現れた。
【名前のみ判明している戒めの使徒】
◆レックス・ウォラーレ 創世二位『空の創造主』
◆クラルス・マグノリア 創世三位『自然の創造主』
◆ルーナ・クレアーレ 創世四位『天体の創造主』
◆ニール・サンクトゥス 創世七位『??の創造主』
夕刻──とある豪邸の中、怪しい人影が物陰で息を潜めていた。
見つからないようそっと顔を出し、近くの扉を凝視する。
しばらくすると部屋の主が扉を開け、廊下を通って階段を下りていった。
辺りに人がいないことを確認して動き出す。
「あ痛っ──」
一歩目で何かに頭をぶつけ、思わず声が漏れた。
慌てて口元を押さえて息を殺し、再び辺りを警戒する。
「………」
どうやら今しがた身を隠していた、変なおっさんの銅像にぶつかったようだ。太陽の光を浴びるように軽く両手を広げて天を仰いでおり、丁度その指先が頭に直撃したらしい。
こんな物、造る方も飾る方もどうかしている──指をへし折ってやろうか、とでも言いたげに銅像を睨みつけた。
ぶつかった方がドジなのか、変なおっさんのポ─ズが悪いのか。
それはさておき、慣れた手つきで扉を開けて部屋へ侵入し、脇目も振らず窓際の書斎へ足を運ぶ。引き出しをいくつか探り、古い書物を手に取った。
そう分厚くはないが、どのペ─ジも手書きのドイツ語で埋め尽くされている。筆跡の違いやインクの劣化具合から、かなりの世代に渡って綴られてきた事が伺えた。
目を上下左右へとしきりに動かし文章を読み解いていく。
ほぼ全てのペ─ジに記されている『Böser(魔) Blick(眼)』の文字。
『──受け継がれるだろうか──ただの空想では──紅い瞳は実在した──』
『ロザリオの祈り──神の秘跡を成す──』
『秘跡の魔眼──』
引き出しの奥を更に探ると小さな木箱が目に留まった。蓋を開けると、ロザリオが丁寧に蔵められている。積み重ねられた歴史の重みが鈍い輝きを放っていた。
手記を更に読み進めていく。
『──罪を赦し消し去った──不治の病を癒し──』
「………」
「マリア様?」
「ひゃウっ⁉」
突然のノックと同時に扉の向こうから呼びかけてくる男性の声。
手記を読み解く事に集中していたせいで、心臓が跳ね上がり声が裏返った。
「先程お出掛けになられたのでは……?」
「ちょ、ちょっと忘れ物を取りに来ただけなので……気にしないでくださいな」
「………」
この部屋の主のフリをして答えたが、さすがに無理があった。こんな言葉遣いをしないこともよく知っている。そもそも見つかったところで、別に咎められることもないのだが。
「莉奈様ですね」
断言された。仕方なく、扉は閉めたままドア越しに話しかける。
「お願い! あたしがここにいた事はお母様に言わないで欲しいの……」
──ほんの僅かな沈黙が心臓の鼓動を速める。
「……かしこまりました」
声の主はそれだけ答えて扉から遠ざかっていく。
莉奈はホッと胸を撫で下ろし壁にもたれかかった。
ここは莉奈の母、九条マリアの部屋だ。寝室は別にあるのでマリア専用の書斎となっている。
莉奈は幼い頃、書斎に置かれたままになっていたこの手記を一度だけ見た事があった。当時はまだドイツ語を読めなかったので、ペ─ジをただ眺めていただけなのだが、それを見たマリアが急いで駆け寄ってきたのだ。
マリアは一瞬だけ焦りを見せたが、すぐ穏やかな顔を作り莉奈に優しく言葉をかけた。
『莉奈……これはね、読んだ人に呪いをかけると~っても怖い本なの。だから、もう触らないでね? この本はぁ、ママがやっつけとくから!』
幼い莉奈はマリアの言葉をそのまま信じてその本から距離を取り、やがてその存在を自然と忘れたまま今日に至る。
しかし、悠斗の家で開かれた『秒でわかる魔眼講座』の時、かれんから言われた言葉でこの記憶が蘇ってきた。
『受け継いだ血に意識を向けた方がいいかもしれないね……』
(あの時お母様が見せた焦り……怒られると思って泣きそうになったんだっけ。それとこの手記に書いてある内容……)
莉奈は自分が魔眼持ちであることを既に知っている。
つまり──
「あたしの眼は……『秘跡の魔眼』なんだ……きっとお母様はそれに気づいて……」
隠していたのは莉奈の身を案じてのことだろう。しかし知ってしまってはもう止められない。これは今の莉奈に必要な物だ。
ロザリオを手に取り、手記と小箱を元に戻す。
「ごめんなさい、お母様……」
部屋を出てまっすぐ玄関へ向かおうとしたが、莉奈は何かを思い出したように立ち止まった。少し引き返して先程睨みつけた銅像の顔を見上げる。
「行ってきます、お父様」
親愛の眼差しで優しく微笑みかけ、再び玄関へと足を向けた。
表に出てスマホを見ると、悠斗から連絡が来ていた。どうやら水月と一緒に海岸へ向かったようだ。
「まだいるのかな?」
莉奈はそのままの質問を送信し、海岸方面へと歩き出した。
◇
星が綺麗な夜だった。
それなのに、莉奈はなぜか嫌な予感に駆られていた。
その予感を一刻も早く拭いたくて足早になる。
嵐の前の静けさではないだろうか。
いつまで経っても悠斗からの返信がない──それが莉奈の足を更に急がせた。
本当は走り出したかったが、予感が現実になってしまいそうな気がして、なんとか気持ちを抑え込む。
しかし──嫌な予感がした時点で走るべきだったのだ。
海岸の手前まで辿り着いた時、かすかに叫び声が聞こえてきた。
「今の声って……水月?」
胸を締め付ける痛みに耐えながら、莉奈は目を凝らして辺りに人影を探す。
脳裏に広がる不安をどれだけ否定しても、体が勝手に走り出してしまう。
遠くに二人の人影を捉えた。
近づくにつれ、もう一人誰か倒れていることに気づく。
「ちょっと待って……‼ まさかホントに⁉」
莉奈はカバンを投げ捨てて、砂に足を取られながらも必死に走る。
見覚えのある人影が腕を振り上げた。
「悠斗‼ 水月‼」