十二の鐘が鳴る前の10
霧深い雪山の頂に立つ者たちの姿があった。
男たちは感無量の胸の内を抑えお互いの快挙をささやかに労いあっていた。
地上に比べて酸素の薄い過酷な環境下では小さな感情の起伏でさえ命取りとなる。
計画に何年もかけ実際に登ること二か月、その集大成を文字通り頂点で表現できないとは実に皮肉なものだった。
クヴァトーはその大陸の最高峰と言われていた。
神聖大陸と呼ばれ強大な宗教国家が全土を支配していた頃、霊峰として立ち入りが制限されていたそこは時代の下った今では旅行者も登ることが出来るようになっていた。
ただし断念する者、途中で命を落とす者の多さは世界屈指であるため条件によっては入山許可が下りないこともあった。
視界を奪う霧を伴う暴風や落石、滑落したら容易に身体を切り刻む鋭利な山肌は無礼にも領域を犯さんとする愚かな人間に対する神の怒りに例えられるのも頷けるほどだった。
そんな山をついに攻略したのは生まれた国も専門も異なる冒険者たちだった。
しかし登山家と呼べるのは一人だけで、あとは秘境、食文化、なんとなくの探求者だ。
行く先々の国で運命的な再会を果たすことが多く自然と強い絆で結ばれた彼らは生半可に結成された登山家の集団よりよほど団結力がある。
現に彼らは目だけ出したお揃いの毛皮の防寒具をまとっているため第三者には誰が誰なのか見分けが付かないがそんなお互いを後ろ姿でも見分けることが出来るほどだった。
男たちは踏破記念に私物を埋めようと瓦礫の隙間を掘っていたがただ一人だけは真っ白な虚空に目を向けて立ちつくしていた。
それが低体温症による症例ならとても危険な状態だが彼は前回の他の大陸での最高峰踏破でも同じ行動をとっていた。
その様子に気付いた男たちは顔を見合わせる。
そしてうんざりしたように首を降ると、中でも一番体格の良い男が代表して歩み寄った。
「真っ白だな。空気も薄いし、寒さのせいで末端という末端が痛い。でもこれこそが神にもっとも近い場所ってわけだ。どうだか分からないが感覚的には前回のデオテネブの最高峰よりもきっと高いぞ。俺たちは世界を制したんだ」
秘境探検家に肩を組んで話しかけられた登山家は相手を見るわけでもなく答えるわけでもなく腕組みして何か考えていた。
するともう一人歩み寄って今度は男の真正面に立って顔を覗き込む。
顔を覗き込んだ男は手を振ったりして気を引こうとしてみたがすぐに肩に手を置く男に話しかけた。
やはり、この反応はデオテネブ登頂の時と一緒だ。
「なあトリスタン、これってもしかして」
「ああ……この感じはまさか……」
呆れ声の二人。
登山家は大きく息を吐きだしながら独り言のように呟いた。
「なんか、違うなあ」
前人未踏を踏破した偉業を達成した直後であるのにも関わらずである。
男は納得していなかったのだった。
「違わないぞ! ぜーんぜん、違くない! やったの、俺たちは! 前人未踏! 登山成功!」
「落ち着けオランド、高山病になるぞ」
「おい馬鹿ども、私一人で埋めておいたぞ。さあ降りよう。余計なところで体力を使うな。麓に降りるまでが登山だろ。道先案内人もそわそわしている」
「おい登山家、食の探求家に登山家っぽいご忠告を受けてるぞ」
「すまんレンテス。……案内人が?」
「さっきからずっととんでもないことをしてしまった、とんでもないことをしてしまったと。これ以上精神的に疲弊させるのは不味い。早く野営が出来そうなところまで戻ろう」
「なんだよ、信仰心より金金金で気分上々だったくせに今更怖気づいてんのか」
「オランド、それ本人の前で絶対に言うなよ」
「で、いつまで黄昏てるんだ。ニール?」
「また毎度のあれだ。燃え尽き症候群さ」
「ああ……」
「違うんだよなあ……」
冒険者ニール。
彼はロデスティニアの登山家である。
世界中に伝説の残る幻の山に魅了され世界の最高峰を目指し既に六つ。
未だ納得のいく答えは出ていない。
この後、彼は麓に降りると故郷が革命により戦争になっていることを知る。
そして長い長い歴史の最後の鐘は彼によって鳴らされることになる。




