始動7
時は少し戻る。
シェザードらバイレル・ベイン国立学園の生徒たちが発って数刻、昼下がりの遺跡に数台の駆動四輪が到着した。
降りて来たのは制服を着た兵士である。
先頭に立っている男は波がかった黒髪に口ひげを生やし、鋭い目つきをした痩躯の中年だった。
「御足労痛み入ります。私はベンジャミン・オブゲン、巡査部長です。こっちはグレッグ・ハンマヘッド。この度は学園の生徒たちに怖い思いをさせてしまい……」
「聞かれたことにだけ答えろ。破壊した四脚型の自律駆動の機体はどこにある」
「あちらです。現場は保存してあります」
迎え入れた所轄の官憲に開口一番冷たく言い放つ男。
オブゲンは柔和な笑みを崩さずに頭を下げた。
部下を引き連れて勝手に先へ進んでいく背中を見て新人のグレッグは開いた口が塞がらなかった。
初対面なはずの相手にこれ程にまで高圧的な態度がとれる人間が公職にあるなど、公正な正義を夢見て就任した若い官憲には許しがたいことであった。
「オブゲンさん、なんですかあの偉そうな奴は」
「しっ、聞こえるよ。中央官憲ルアド・マーガスだ。制服組でありながら常に最前線で成果を出している凄腕の捜査官だよ。反抗しても得はない。気持ちは分かるがしまっておきなさい」
「理不尽ですよ。俺らだって被害者なのに」
「この仕事に就いた以上、我々の立場は二通りしかないよ。被害を出さずに任務を終えた給料泥棒か、被害を出してしまった無能の二択だ。叱責は甘んじて受けなくてはならない」
「叱責って。そんな……処罰されるかもしれないんですか?」
「彼の仕事は責任を追及すること。私の仕事は責任を取ることだからね。何も間違ってはいない。はっはっはっ、君が不安がることはないよ。君の仕事は勉強することだ。将来有望な若い君はどちらの立場にもなり得る。周りをよく見て、おかしいと思ったことは将来の君がしなければいい。その糧になれるなら私は嬉しい」
「何を笑っている。来いと言われなければ動くことも出来ないのか?」
「失礼しました! さあ行こう」
遠くから冷たい視線を投げかけ鋭く問いかけるマーガスにオブゲンは黙々と従った。
定年間近のオブゲンに対し壮年のマーガスは子供ともいえる年齢だろう。
幼少から年上は敬うようにと教わり、この小さな遺跡で社会人となってオブゲンの下で穏やかな官憲生活を送って来たグレッグにとって一連のやり取りは衝撃が大きかったようだ。
世界はこの歪な鉄屑の山のように多くの理不尽で成り立ってしまっているということを次の世代に学んでもらうことが自分の最後の仕事だと、オブゲンは孫を見る目でグレッグを見ていた。
オブゲンの案内で一行はシェザードがオルフェンスに襲われた場所に到着した。
マーガスは先に現場検証していた研究者を手で払いのけるとざっと周囲を見渡して鼻で笑った。
多くの遺跡での事件に携わっているマーガスのほうが郊外の一つの遺跡しか知らない研究者よりもすぐに分析することが出来、研究者のあまりの無能さに呆れてしまったのだ。
怪訝な顔をしていた研究者の所長が問われる。
「ここの研究所の責任者はお前か。主格の機体はどこだ」
「誰だね君は」
「所長、この方は中央官憲の捜査官でいらっしゃるルアド……」
「量産型のつまらん機体を何体検分しようが時間の無駄だ。出現した自律駆動は単機ではなく集団だったんだろう? ということは集団を統制する制御装置のついた色違いの機体がいたはずだ」
「色違い? 四脚駆動の色の差異は用途によるものだろう。集団を統制する主格の機体だなんて、そんな話は聞いたことがない。それがもし本当なら何故今まで周知しなかった? 研究の大部分は発表しても上からは反応なしだ。だから我々は個々の施設で独自に解釈するしかなく……」
「聞かれたことにだけ答えろ」
「さっきから失礼な奴だな! 中央官憲だか知らないが君は」
「色は用途によるもの、と言ったな。つまり色違いの機体がいることは知っていたわけだな。ならば他の機体にない特徴についても知っているだろう」
「答える義理はない!」
「公務執行妨害だ。逮捕」
「マーガス殿!?」
一斉に動きだす中央官憲たち。
物騒にも銃を構え研究者と地方の官憲たちは瞬く間に動きを封じられてしまった。
悪魔のような男だとは聞いていたがここまで理不尽だとはオブゲンも予想外だった。
その時、周囲を散策していたマーガスの部下が駆け付ける。
「隊長。瓦礫の下に隧道の痕跡がありました。しかし入口が埋まってしまっています。ですが」
「ほう。所長、そのような報告は今まであったか? 黙っていたのか、それとも何年も発掘調査をしていたのに気づけなかった無能なのかは取調室で聞こう。……続けろ」
「はい。ですが付近に真新しい地盤の沈下が見られました。地表の亀裂の断面などから崩落は数時間内に起こったものと推定されます」
「いるはずなのに姿の見えない自律駆動、そして崩落したばかりの隧道か。……逃げ込んだ可能性が高いな。音響特性調査だ。お前の班に任せる。あとは事情聴取だ。ここで戦った官憲、教師、用心棒、生徒を連れてこい」
「……いませんよ」
「なに?」
「学校関係者は全て帰しました」
「現場は保存している、お前はそう言っていたと記憶しているが」
「怖い目に合わせてしまったんです。私の判断で帰らせました」
毅然と言い放つオブゲン。
生徒たちは物ではない。
守るべき対象を避難させるのは当然のことなので現場に留めていなかったことを追求されるいわれはない。
それ自体は間違ったことではないのだが円滑に進まない捜査にマーガスは不快感を示した。
「……ならば戻って個別に聞き取りを行うまでだ。その前に。発掘調査は班ごとに場所が割り振られ官憲も護衛に着くのだったな。ここを担当した奴は誰だ。名乗り出ろ」
「ひっ、わ、わたしです」
シェザードの班を担当していた地方官憲が反射的に名乗り出る。
素直に協力しないと所長のように逮捕されると恐れたからだ。
マーガスに狼のような視線で射抜かれながら目の前まで歩み寄られ男は生きた心地がしなかった。
助かりたい一心だったのは言うまでもない。
「ですが自律駆動の集団襲撃があった時はわたしはここにおりませんでした! 生徒たちを避難させていたからです」
「生徒の一人はここにいたと聞いているが」
「あっいやそれは仕方のないことでして! 勝手に単独行動をする問題児だったようで、ええ、わたしも注意をしたのですが反抗的な生徒でして」
「負傷したのはその生徒だそうだな」
「け、軽傷です。本人談では気絶していたと。だから自律駆動に狙われなかったのでしょう。不幸中の幸いでした」
「それはおかしい」
「っ!?」
「自律駆動は生体に反応する。意識を失っていたなら恰好の餌食だ。誰がそう言った?」
「ほ、本人の自己申告です……」
「ほう?」
マーガスの目が光った。
何かを感じ取ったらしい。
熟練の勘はよく当たる。
責任逃れをしようとしている官憲にもはや用はなく、マーガスは自分の部下たちを振り返った。
「決まりだ。まずはその嘘つき小僧を尋問する。何かを見たか触ったか。隠そうとしている事があるのは明白だ」
「マーガス殿……ただの学生ですよ」
「巡査長、その生徒の名簿を提出しろ。あとは教師と用心棒だ。まずはそこから洗う」
「巡査部長です、マーガス殿」
「ハンマヘッド君」
中央官憲の捜査官の諸々の言動が許せず、慕っている上司の階級を間違えられたことでつい指摘してしまったグレッグにオブゲンは軽く首を振って制した。
こうして中央官憲の措置により地方官憲は拘束され研究所は所長が逮捕された。
同時に隧道の発掘が進められ、一方でマーガス率いる捜査班は首都に戻る。
何故か同行することになったオブゲンとグレッグは学校関係者を安心させるための囮だろうか、首都に戻る駆動四輪に揺られながらオブゲンの用意した名簿を読んでいるマーガスの顔を盗み見つつ地方官憲の二人はいったいこの男が何を求めてそこまで執念を燃やしているのかを考えていた。