十二の鐘が鳴る前の8
翌日、ベインファノス北区の駅に数人の人だかりがあった。
それはシュリがリオンを連れて里に帰る見送りをする集団だった。
色々あった一日からたった一晩しか明けていないが行動は早いほうが良かった。
そのためというわけではないが送り出す者たちは首都急襲の際に一緒の班になった者だけという質素さだった。
駅は国営のため政府が逃げた今、本来なら車掌や整備士たちは給金の保証のない状態で働いても意味がない。
しかし殆どの者がいつものように出勤して仕事に取り組んでいた。
シュリ達にとっては幸運なことに彼らは今後戻ってくる保証のない雇い主を待つのではなく新しい支配者に勤勉さを示す事を選んだようだ。
しかし態勢を立て直した政府側がどのような行動に出るか分からず今後の運行は未知数と言わざるをえなかった。
もたもたしていたら道中で足止めを食らうかもしれないので別れを惜しむ会を開く暇もなく出発するしかない。
準備が出来たことを告げる整備士の復唱が響き渡った。
皆と握手を交わし口々に互いの健勝を祈って列車に乗り込もうとしたシュリはふと足を止めているリオンに気が付いた。
リオンは夜通し泣き腫らした瞼を恥ずかしそうにして始終うつむいていたがこの時ばかりは顔を上げて遠くを見ていた。
「リオン?」
「……あ、ごめんなさい。なんだかこの光景が懐かしくて。たった十日前くらいのことなのに」
「ああ、あの時とは何もかも違うけどね。今回は堂々と乗れる。これだけの人に見送られてね」
他にも違うところはある。
シュリは愛用の斧を失い、四人のうちの二人はもういない。
畑の向こうの遠くの雑木林に目を向ける。
ここからでは見えないがあそこに隠されていた地下迷宮の出入り口から始まった四人の旅は多くのものを得、かけがえのないものを失ったものだ。
「少ない見送りで申し訳ない。本当はもっと大々的にやるべきだが……君たちがそれを望まないのならね、残念だが。でも私は君たちを真の功労者だと思っているよ。ありがとう。こちらが落ち着いたら必ず手紙を書こう。いつか我々の手によって平等に発展した新しいロデスティニアに遊びに来て欲しい。歓迎する」
「ありがとうエルシカ。君には世話になったよ」
「リオンも、元気で」
「うん。……おうちでのご飯、美味しかった。また食べに行くね」
どことなく全員がぎこちない中でリオンは精一杯に明るく振る舞って食欲旺盛な冗談を飛ばした。
エルシカはメドネアでの晩餐会で一心不乱になって両手に御馳走を握りしめていたリオンを思い出してふと笑った。
思えばあの時が一番楽しかったのかもしれない。
これから更に待ち受けているであろう修羅の道を覚悟して少年は緩んだ口元を引き締めた。
「時間だ」
警笛が轟く。
窓から身を乗り出して遠くなっていく人々と手を振り交わす。
行き先は中間の町ベイルート。
その後は東のメドネア行きには乗り換えず西のビゼナル方面へ乗り越し、港町トコーから北の大陸へ。
「もう見えなくなっちゃった」
「うん。リオン、風で髪の毛が凄いことになってるよ。窓をしめようか」
「ごめんなさい、シュリも変な髪型になってる」
「ちょっと待ってて。たしか荷袋の中に櫛がある。ああ、ほら。これで梳くといいよ」
「うん」
「…………」
「シュリ?」
「…………」
「ねえねえ、なんか後ろ向きに進むの変な感じ。そっち行っていい?」
返事を待たずにリオンは席を移動した。
後ろから見れば仲良く寄り添って座る姿はさぞ微笑ましかったことだろう。
取り出した櫛を渡さずに、暫く眺めてようやく大粒の涙を流したシュリ。
緊張の糸は切れ、帰るべき場所に帰るという安堵感と守るべきものが守れなかったという後悔が堰を切って溢れた。
涙はどれほど流しても枯れないものだ。
リオンもまたシュリの肩に頭を預けながら目を閉じて涙した。
線路の繋ぎ目に揺れる音が二人の嗚咽を包み込む。
北へと走る列車は二人の小さな背中とは裏腹に力強く進んでいく。
繋世歴662年夏、少年と少女は出会った。
それは長い長い刻の夢においてあっという間の出来事だった。
しかし一筋の流れとなった無限の可能性の中でこの物語は十一番目の鐘として記憶されることとなる。
そうシェザード・トレヴァンス、彼は生前に望みは叶わずも死して神々や英雄と並ぶ奇跡を起こしたのだ。




