表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
SKYED11 -シェザード編-  作者: 九綱 玖須人
十二の鐘が鳴る前の
61/70

十二の鐘が鳴る前の

 それはシェザードが産まれるよりもずっと前から続いていた歴史の片鱗だった。


 アシュバルという小さな島国の因縁により引き継がれて来た歴史だ。


 強大な他国によって支配され民族の誇りを失った人々の希望。


 続いているかも分からない血脈に希望を託し、彼らは海と人道の壁を越えた。


 ロデスティニアに自分たちの王の末裔がいるかもしれない。


 アシュバルの先代の指導者はその憶測だけで子供を育て、期待を背負わせ送り出した。


 その子供はスタン・バルドーの乱によって生じた情勢不安で立ち行かなくなった地方からの出稼ぎ児童を装って保護され孤児院に潜り込んだ。


 聡明(そうめい)で人当たりも良い少年はすぐに貰い手が見つかり心優しい老夫婦に引き取られることになる。


 彼は死に物狂いで勉強し官憲の捜査部に入った。


 捜査官となれば公務と偽って人探しが出来るからだ。


 そして大小様々な情報を掴み、彼はついに本当に王家の末裔がいたことを突き止めた。


 だが、優秀な魔法使いである彼の目は末裔の持つ魔力が通常の人間のそれと変わらない事も明らかにしてしまった。


 長い年月と世代交代を経て王の血は薄まってしまっていたのだ。


 そんな事は予想できたことだったが誰も考えなかった、いや見て見ぬふりをしていた。


 夢だけを追い続けていた怠慢(たいまん)は残酷にも彼に突き付けられ彼は何もかもが分からなくなった。


 叶えば報われると信じていたのにその結末を報告することなど出来なかった。


 電話も発明される前であるし外との接触を断たれていたアシュバルにどうやって彼が連絡を取り付けることが出来るのか。


 その手段は大きな魔法を使う、ということだった。


 大きな魔法を使えば魔力が気脈を揺るがし遠く離れたアシュバルにも届く。


 覚えのある魔力の気配を察知すればアシュバルの指導者はそれを辿って発信源を()()ことが出来た。


 見た先の周囲の魔力の構成が分かれば、指導者は彼の持つ縮地法(しゅくちほう)という魔法を内包した精隷石で瞬時に世界を渡ることが出来る。


 縮地法によりやって来た指導者は末裔がその身に宿している真名(まな)の誓約という血の記憶から末裔の記憶に見知らぬ故郷を上書きすることが出来る。


 すると末裔も縮地法の条件の影響下に入ることが出来る。


 船などを使わずともあっという間に連れて帰ることが出来るのだ。


 だが引き合わせた時点で指導者も末裔の魔力に気付くだろう。


 魔力があるかどうかは魔力を視認できる高位の魔法使いでないと知る術はないので多くのアシュバル人は気に掛ける事すら出来ない筈だ。


 ただ、それならば適当な人間に嘘偽りの片棒を担がせて連れ帰っても良かったはずだ。


 彼は自分の人生そのものを費やしてきた努力に見合った価値を末裔に見出そうとしたが答えは出なかった。


 今まで自分のやって来たことはなんだったのか。


 こんな結末を指導者に教えてしまったら自分はどうなってしまうのか。


 恐れに恐れた彼を支えたのは老夫婦だった。


 仕事が上手くいっていないと誤解した老夫婦は彼に温かい言葉をかけて励ました。


 その時、彼は自分の傍にいてくれた存在とようやく向き合った。


 口や態度で取り繕っていた感謝を心の底から感じたのだ。


 血の繋がりなどなくとも、成果を出さずとも、純粋に健康と幸せだけを願ってくれる者がいる。


 それに気づいた時、彼は悲願だの歴史だの全てがどうでも良くなった。


 そもそも末裔にも家族があり、人生があり、アシュバルとは何の関係もない生活を何世代にも渡って送ってきている。


 ここで自分が使命をかなぐり捨ててしまえば負の連鎖は終わるのではないかと考えたのだった。


 ()き物が取れたように心が晴れた彼は魔法使いとしての自分を封印し順調に出世していった。


 それは別の問題としてロデスティニアとセレスティニアを巡る汚い政治の世界を彼に見させることになったが順調な人生であることは間違いなかっただろう。


 一つ後悔があるとすれば敬慕(けいぼ)する義両親に恋人や子を見せてやれなかったことくらいか。


 浮いた話もなかったわけではないが、心のどこかでまだ一抹(いちまつ)の不安を感じていた彼は自分の人生に他人を巻き込んでしまうことを深層心理で恐れていたのだ。


 それから十数年後、恐れていた事が起きた。


 ある日北の方角で強力な魔力が気脈を震わせたのを感じたのだ。


 火山の爆発や地震とも違うそれは魔法使いの仕業であるに他ならなかった。


 そしてそれに影響されたか首都の地下で何者かが()()した。


 男は権限を駆使して双方を探ったがどちらも掴みきれないままに事態は思わぬ展開を遂げた。


 首都にほど近いところにあった遺跡と呼ばれる場所で、課外授業に訪れていた生徒たちに通常は単体もしくは数体で現れるはずの自律駆動が大挙して襲い掛かったというのだ。


 一連の出来事を関連付けた彼はすぐさま現場に急行し情報を集めた。


 するとそこにいたとされる用心棒の光画に目が留まった。


 現代の技術は残酷だ。


 知りたくもなかった現実を一瞬で脳に伝えてしまうのだから。


 多少誤魔化しを入れてはいるが用心棒の女性の顔に掘られていた刺青は明らかに見知った(とが)の印だった。


 あの時感じた気脈の揺らぎは自分の時に用いられることになっていた伝達方法そのものだったのだ。


 殺さなければいけないと思った。


 自分に見切りを付けて新手を送り込んできた奴らに、自分が使命を(なげう)って生きていることを知られたらどうなってしまうのか考えるだけでも恐ろしい。


 空の国を巡る陰謀と再燃する革命の気配に挟まれつつも複雑に絡まった糸を解けば答えは単純だった。


 自分の心の声に従えばいい、ただそれだけだったのだ。


 しかしシェザードという少年の存在は事態をややこしくした。


 反政府組織の指導者である少年と文筆の繋がりがあり、王家の末裔とも交流があり、首都へ出て来たかと思えば伝説の革命家の下で戦った元兵士たちの所へ身を寄せたのだ。


 更にはセレスティニアの謎にも関与し、しまいにはあろうことか()()()()()()()とも行動を共にしだしたではないか。


 この少年には何かある、彼がそう思うのも無理はなかった。


 結局、彼の心の声は彼に嘘をついた。


 少年は本当に何者でもない一般人だった。


 それを調べ、揺さぶりを仕掛けるために時間を(ろう)してしまった。


 その間に事態はどんどん一つに集約していった。


 今、彼は少年と対峙している。


 身体能力はただの人並みであり、発見される事を恐れずっと()していた魔法の力を解禁しなくては魔導の力を有する鎧を着た少年には敵うわけもないだろう。


 全て自分が仕組んできたこととはいえこのような展開になるとは思いもよらなかった。


 幸いにもまだ一線は超えておらず、最悪の事態を回避する手立ては残されているが。


 全てを打ち明けるしかない。


 既に自分がアシュバル人であるということがばれているのだから、リオンという少女の正体もばらすべきではないか。


 彼女はネイ・アリューシャンという女が使用した魔法により目を覚ました護衛者の化身装甲によって少年に託された可哀そうなセレスティニア人の少女などでは決してない。


 空の国を落とすことが出来るという能力を本当に知られてはいけない相手がいるという事を少年たちは知らないのだ。


 彼は学校にてリオンと協定を結んでいた。


 自分の素性を明かしたうえで今の状態に身を委ねていれば利用されて捨てられる結末しかない事を諭し、目を覚ますにはまだ早かったことを理解させたのだ。


 リオンは彼の境遇に共感を覚え、共に過ごしたのがたった数日とはいえ同年代の友達に成りえたかもしれない存在から離れた。


 そんな少女の他愛ない自尊心を傷つけてしまうことは(はばか)られるが大局を見れば仕方のないことだった。


「分からんか。俺はロデスティニア人のルアド・マーガスだ。ただ平穏に暮らしたいだけの、研究さえ出来れば生まれた国に義理なんか果たす必要がないと考えている、お前と全く一緒の裏切り者だよ」


『なんだと? 裏切り者? お前と……一緒? 一緒にすんじゃねえよ、この糞野郎』


「まあ待て。一緒だ。俺も、お前も、この娘も。ただ自分勝手に平穏を享受(きょうじゅ)したい、そんな哀れでちっぽけな存在なんだ。だが俺はアシュバル人で、お前は多くを知りすぎた。それぞれに平穏を享受できない理由がある。だがそれはお前のせいか? 俺のせいか? 違う、選べなかった立ち位置もある。お前もそうだろう。流されるままに、大きな流れによって流されてしまった。それだけで潰し合うのは得策じゃない」


『それだけ、だって? へえ、それだけってんならやり返してもいいよな。どの程度に思ってるか知らねえけどそれだけって思ってんなら仕返しも大したことないって思うだろ? とりあえず受けてみろよ』


「やめろ。その火花放電は大したことないやり返しの域を超えている」


『火花放電をやめろ、ね。人間にかける言葉じゃねえよな、おかげ様で。最悪だぜ……お前さえいなければ俺は空の謎について色々知るだけだったのにな。リオンだってネイたちと一緒にアシュバルに逃げることが出来た。エルシカたちはこんな馬鹿げた反乱を起こす必要もなかった。メドネアでずっと革命ごっこしてられたんだ。何が平穏だよ。てめえの保身だけでよくもここまで沢山の人間を不幸に出来るよな。もう今更元には戻んねえけど、色々。でもお前だけはぶっ飛ばしておきてえよ。命乞いしても聞かねえぞ。なんてったって俺はもうただの兵器だからな。……さっき一人殺した。人間の心なんかどっか行っちまったんだよ』


「……アシュバルに逃げる前に止める事が出来て良かった、と言えば聞く耳を持つか? 止める事が出来ていなければお前も多くの人間を不幸にする片棒を担ぐことになっていた」


『持たねえ。悪いけど糞ったれの人間兵器様は心だけじゃなくて時間も耳もねえみたいでね』


「気づけ。お前は既に稼働限界を超えている。にも関わらず気脈から魔力を得ている。時間はまだあるんだ。聞け――」



「――リオンは魔導人形だ」



『魔導……人形? なんだそれ?』


「わ、わたしは……ちゃんとついてきた……! なのに……なんで言うの!? なんで言っちゃうの!? なんで!!」


『リオン?』


「約束を破ったのは悪いと思っている。それがお前にとって一番明かされたくない、恥ずかしいことだということも理解していたつもりだ。だが安心しろ、トレヴァンスはああやって人間兵器を侮蔑(ぶべつ)しているがそれはそうではないと思いたい気持ちの(あらわ)れに過ぎない。むしろ、今だからこそお前の気持ちに一番共感を示せるはずだ。お前は人間だ。利用されるためだけに生まれて来た人間兵器なんかじゃない。心があるということを奴が、お前の友が今なら一番分かってくれるだろう。……だからトレヴァンス、話を聞け。まだ間に合う。お前はまだ何も理解していないんだ」


 少年は躊躇(ちゅうちょ)した。


 死期が近いことで焦っていたがこの期に及んで明かされる真実のせいで今、このままマーガスを(ほふ)っていいのか分からなくなったのだ。


 だがその時彼の後ろで風が吹いた。


 白い風は化身装甲の大きな体を死角にして距離を詰めると、最愛の人に(あだ)なした憎き男めがけて容赦のない斧を振り下ろした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あら〜。 上手くいかないものですね…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ