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SKYED11 -シェザード編-  作者: 九綱 玖須人
空無き国の渡り鳥
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空無き国の渡り鳥10

 昔の王城の一部を政庁舎に作り替えたことを後世に伝える竣工(しゅんこう)記念碑を破壊して空いた穴を下り封鎖された地下貯蔵庫の壁を破る。


 壁の向こうには隠し通路があり階段を降りていくと地下迷宮に出た。


 貧民街の老人に借り受けた地図には載っていなかった未知の回廊だが今のシェザードの目は通路が光の輪郭となって立体的に透過して見える。


 そしてその足はフリーダンが首都の地下から七号遺跡まで一気に駆けて来た時と同じように速かった。


 見覚えのある広大な空間へ辿り着いた。


 王城の地下深くに造られたその空間は中央にたった一つの石棺(せっかん)があるだけの簡素なものだ。


 しかし壁の接合面には肉眼でも見える光る何かが走っているので灯りを用いなくても周囲を見渡す事が出来、逆に今のシェザードには眩しいほどだ。


 そこは始まりの場所、すなわちリオンが百年の眠りについていたセレスティニア人の遺跡だった。


 中央には捜査官ルアド・マーガスが石棺の縁に手をかけていた。


 石棺の中にはリオンがおり、何をしようとしていたのかおおよそ予想はつくが意図が解らなかった。


 死に別れを覚悟していた化身装甲使いが急に現れて驚きの表情を見せるリオンに対してマーガスは落ち着き払っておりやはり先ほど目が合ったのは間違いではなかったことを確信させる。


 以前、ネイはアシュバルの代表を例に出し高位の魔法使いは魔力を視認する事が出来ると言っていたがつまりあの男もそうなのだろう。


 ルアド・マーガス、いや、イカル。


 数十年前にアシュバル人たちの悲願を託され単身で海を渡った男ならやはり魔法使いとしても優秀だったということか。


 その優秀な男は何十年も前にこのロデスティニアに潜伏を果たしたものの音信不通となっていた。


 だから今度はネイが送られて来たというのにそのネイを殺し、今、何かをしようとしている。


『何やってんだよ、なあ。市民の安全を守る正義の官憲さんがこんな所でよお』


「部署が違う。いや、そんな事はどうでもいい。お前、それはどういうことだ。お前には何もなかった。何も知らない、魔法使いと呼べるほどの魔力もなかったのに」


『急に見えないもんが見えるようになったのは何でだ、ってか? 知らねえよ、この装甲の能力だろ』


「化身装甲にそんな力はない。今のお前は魔法使いの、それも魔力に対して造詣(ぞうけい)を深めた高位の魔法使いのみが辿り着ける境地にいる」


『ふうん。ああ、そういえばお前、あの時言ってたな。空っぽの化身装甲の前でさ、フリーダンはそこにいる、とかなんとか言って。あん時ぁ糞おもしろくもない冗談だと思ったけど、確かにお前の言う通りだった。幽霊っていうのか精神体って言えばいいのか分からねえけど……どうやら魔力ってのはそういうのと似たようなもんらしいな。あの時お前は確かめようとしていたんだ。俺の反応を見て、本当は魔法使いなんじゃないかって』


「だが違った。まあお前くらいの歳で見たり消したり出来る魔法使いなんて聞いた事がないがな。だから念のため程度のつもりだった。それでも、そうじゃないと辻褄(つじつま)が合わないくらいお前は常に渦中(かちゅう)に居続けた。笑えたもんだ、調べても手前自身には埃一つ出なかったくせに、(しま)いには化身装甲まで(あやつ)ってしまうんだからな。ある意味凄まじい運の持ち主だよお前は。誇るがいい、お前ほど迷惑な奴はそうそういないぞ」


『そりゃ良かった。お前が迷惑だって思ってるってことはさ、俺は正しい事をしているって訳だもんな』


「市民の安全を守る正義の官憲に迷惑をかけておいて自分は正しいとか、まともな倫理観じゃないな」


『部署が違うんだろ?』


「シェザード、シェザードなの?」


『リオン、お前なにやってんだよ』


 精隷石に干渉するほどの強大な魔力を持つらしいリオンはどうやら二人のやり取りを聞くまでフリーダンが生きていたと思っていたようだ。


 強大な魔力を持っていても魔力を見る能力は別ということか。


 (ひつぎ)から顔半分と手だけ出して見つめるリオンにシェザードは失望の声をかけた。


 リオンはどうやら衣服を脱ぎ、生まれたままの最初の姿になっているようだった。


 彼女は再び眠りにつこうとしているのだろう。


 超文明の機器と思っていたあの石棺は実は魔法的な力で稼働する休眠装置だった。


 原理もさることながら何故今更彼女がそんなことをしようとしているのか謎だ。


 学校からマーガスに従い続けている不可解な恭順姿勢も関係があるのだろうか。


 シェザードの声色からも言いたいことは伝わったようでリオンは泣きそうな顔で更に小さくなった。


 それを(とが)めるようにマーガスが前に出る。


 シェザードは警戒した。


 彼が高位の魔法使いだということは分かったがどのような魔法を使うのかは未だ未知数であり、ネイのように飛び道具的に使える炎の魔法や精神に干渉する誘惑魔法のようなものを使われたら初手の有利は相手にあるからだ。


『なんだよ』


「何をしようとしているか気になっているようだな。お前には関係のない話だ、と言いたい所だが常に渦中にあったと言った手前無関係とも言い難い。特別に教えてやる。これからこの娘は再び眠りにつく。それはこの娘の意志でもある。以上だ。さあ帰れ。帰って世話になった者に挨拶でもして身辺を整えておくといい。それくらいの時間はあるだろう」


『いねえよ、そんなもん。てめえらが全部ぶっ壊したからな。じいさんたちも、アレックスも。俺にはもうなんもねえんだよ。……なんなんだよ馬鹿にしやがって。リオンを眠らせるだ? そんなの見りゃ分かるだろうがよ。俺が知りてえのは理由だよ。まあ、言えねえよな。どうせお前らは戦争がしたいだけなんだから。逆らえない力ちらつかせて、戦争を有利に進めていくためにリオンが必要だった、そうだろ。ここに連れて来たのが何よりの証拠だ。空間自体にすげえ魔力が流れてる……まるで魔力の増幅回路だ。空の国のちょうど真下で地下深くで、あの質量が落ちてきてもここだけは助かる、いわば防空壕みたいなもんだろ。そいつを押さえておくことがアシュバルの手土産ってか? 卑怯もんが。全部お前の手の上で転がると思ってんじゃねえぞ!』


「お前は頭がいい。だが馬鹿だ。あれもこれもと全てを結び付ける構成力はあるが分け隔てて考える多様性がない。最初に誰に会ったかで人生は大きく変わるとはよく言ったものだが、お前はまさにそれを体現している。お前はあの女に着いて行くべきではなかった。俺は公務員、あの女は素性も知れない用心棒。悲しいものだな。官憲を憎み、ならず者に親和性を覚える環境のせいでここまで(こじ)れてしまうんだから」


『あの女? ネイのことかよ。それも聞きたかった。何で、てめえ、ネイを部下に殺させたのはお前の意思だろ。同じアシュバル人だろ。それも、何年も待ってたはずじゃなかったのかよ? それをてめえ、何で』


「……アシュバル人だとか、……馬鹿馬鹿しい」


『あ……?』


「お前は自分の主張が矛盾していることに気付いていない。戦争がしたい、か。ミゲルのやつも世界情勢がどうだとか言ってこの国を強い国にしなければならないとか言っていたが。戦争の機運が高まっているっていうんだったらもしかしたらそうなんだろう。ならば、お前はロデスティニア人としてそれを受け入れるべきなんじゃないのか? 国がそうしようとしているなら従うのが国民の義務だろ?」


『誰がいつ、そんな話をした!?』


「お前自身が今そう言っている。お前はアシュバル人のくせに、王家の末裔を探しに来た同胞を何故退けたのか。何故イカルとしてネイ・アリューシャンと共に一族の悲願とやらに命を捧げなかったのか、とな」


『……ちょっと待て。お前、何を言ってる?』


「分からんか。俺はロデスティニア人のルアド・マーガスだ。ただ平穏に暮らしたいだけの、研究さえ出来れば生まれた国に義理なんか果たす必要がないと考えている、お前と全く一緒の裏切り者だよ」


 かつて想像を絶する修練を経て身体と心に使命を刻み込まれた子供がいた。


 子供はアシュバルに春を告げる渡り鳥の名で呼ばれ遠く海を渡って行った。


 いつしか成長した子供の異国での日々は故郷のそれよりも長くなっていた。


 そこで過ごした時間は驚くほどに平穏で、なのにどうしていつまでも古巣に思い入れる事が出来るだろう。


 イカルなどいなかったのだ。


 いたのはロデスティニア人のマーガス夫妻に養子として迎えられた名もなき孤児だった。


 数十年の時は人を変える。


 今見えているものだけで成り立つほど世界は単純ではないことを、若いシェザードは知りつつも理解に及んではいなかったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] ネイを始末してリオンを眠らせて全部なかったことにしようとしてた感じですか。 アシュバルのやり方もアレだったので時が経ったら違和感を覚えても仕方ないかもしれないです。
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