空無き国の渡り鳥9
東区の門を攻めていたメドネアの星たちは混乱をまとめ上げた軍隊に押されいよいよ後退を余儀なくされていた。
逆に余裕の出てきた政府側はこれ以上の戦略が彼らにないことを悟ると後詰の部隊に他所の援軍へ回るように指示を出した。
軍を統括する最高指揮官であるはずの首脳以下議員たちは既に逃走し、脱走兵のクロフォードがメドネアにて一般市民を殺害した事件で軍の責任者も謹慎中であったため今回の騒動では代行司令官と現場将校が対応する形となっていた。
そこへ奇襲をかけたにも関わらず対処されてしまったのは圧倒的な戦力差と経験不足以外のなにものでもなかっただろう。
中央区へ救援に駆け付けた軍はそこで暴れまわるメドネア反乱軍を次々に捕縛していった。
しかし民間の情報に疎い軍とは違い、一緒に来ていた官憲はその者たちの素性が中央監獄の囚人たちであることを知っていた。
反乱軍を名乗り協力すれば革命成功の暁に放免すると言われたと囚人たちに白状させた官憲は随分前から中央区にまで敵が入り込んでいた事を知り血相を変えて監獄に急いだ。
すると道中に巨躯の不審人物を発見した。
その者はうずくまっているにも関わらず明らかに普通の人間とは違うと分かるほど大きかった。
ぼろぼろに破れた服を纏い、服の隙間からは鎧のようなものが見えている。
官憲たちはその男を見て騒然となった。
男の特徴が一週間前に北区に現れ爆発事件を起こした指名手配の政治犯たちと共にいたと噂される男のそれに合致していたからだ。
大声をあげ拳銃を構えながら近づいていく官憲たち。
その時道の向こうから集団が現れた。
ロデスティニアの国旗を掲げながらやってくるその集団の先頭を見て一同は己の目を疑った。
集団を率いていたのが収監されていた革命家スタン・バルドーその人だったからだ。
メドネアの星のような私利私欲の者どもにバルドーが与するわけがない。
ミゲルはそのように言っていたが実際のバルドーはエルシカといくつかの言葉を交わすとすぐに腰を上げた。
ミゲルは自分の行為が正義だと信じるあまり客観性を失っていた。
脱獄犯やメドネア反乱軍の矛盾した時系列を監獄の中で冷静に分析していたバルドーは、この騒動がミゲルたち一部の独善者による歪な世直しだと結論付け相対するエルシカたちの素行を確かめるために牢に残っていたのだった。
バルドーはエルシカから反乱に至った詳細を聞き、メドネアで市民を殺害したという捜査官の副隊長なる謎の人物はミゲルのことだろうと判断した。
そしてミゲルの賛同者はどうやら監獄職員内だけにとどまらず官憲や軍にもいるようだと警告した。
とりあえずこの状況は打破せねばならず、どこにミゲルの協力者が潜んでいるか分からない政府側よりは目の前の少数勢力のほうが信頼できる。
エルシカの要請に対しバルドーは時限的な協力という形で数十年に渡る禁固生活を自ら終わらせたのだった。
歓喜に沸くエルシカたちだったが同時に心配もあった。
バルドーはこの国で一番著名な革命家だが今は昔の話である。
てっきり暗く冷たい牢獄の中で今なおその瞳に不屈の炎を燃やしているのかと思っていたが彼の独房は貴族の屋敷かと見紛えるほどに優遇されていた。
歳も取り、果たしてそのような脆弱の中で耄碌せずにいられるものだろうかと怪しんでしまうのも無理はなかった。
バルドーを連れ出したエルシカたちは今度は通報によって駆け付けた南区の官憲の襲撃にあった。
するとエルシカたちの疑念を感じ取っていたか、バルドーが動き出した。
老革命家は衰えていなかった。
エルシカたちを片手で制し一人で立ちはだかるとゆっくりと近づいていき、敵の一番偉い者を見抜き威圧だけで発砲も身動きもさせることなく目の前に立った。
無期刑の囚人である。
脱走は重罪であり官憲の立場からすれば影響面を考慮しすぐさま射殺するべきだった。
しかし出来なかった。
歴史を動かした人間を自分のような凡人が手にかけて良いものかと懼れたからだった。
「諸君、真に正すべきが何か分かるかね。それは正義の心だ。正義は人の目を曇らせる。目の前にいるのは悪ではなく、ましてやその逆の構図でもない。我らは人だ。人が人としてではなく正義として人を裁こうとした時に争いは生まれる。この場合はどうか。諸君らは正義なのか」
「わ、我らは……!」
正義だ。
世の安全を守り人々を犯罪者から守る官憲という職業を正義と例えずに何と例えよう。
しかし自らを正義と呼ぶことのなんとおこがましいことか。
目を輝かせる子供たちの前だと言える言葉が敵と認識していた人々の前に立つとどうしても言えず、その代わりに官憲の口からは疑問が漏れた。
「な、何故だ。何故、今まで沈黙を貫いてきた貴殿がその者たちの声に応えた?」
「簡単な話だ。彼らがただの人だったからだ。それを悪に仕立て上げようとした者が諸君らの中にいた。私はそれを止めるために起った」
そしてバルドーは官憲といくつか言葉を交わすと彼らの上司や政の中枢にいる者たちが数十年以来の騒動により我先にと逃げ出してしまい連携が取れていない情報を引き出した。
バルドーはミゲル刑務官の野望を話し、協力者が彼ら官憲の中にもいることを話した。
混乱を極めた状況の中、これから何を成すべきなのかを凛と通る声で断言するバルドーの話術は瞬く間に官憲たちを魅了していった。
今は協力してこの国を救おう、と差し出されたバルドーの手を官憲は何度も頷きながら握り返した。
「……おいエルシカ、しゃきっとせえ! おめえがここまでやってきたんだぞ!」
「すごい……これが真の革命家か……」
銃口を向ける者さえあっという間に従えてしまう胆力。
メドネアの星による革命もあっという間にスタン・バルドー再起の色に染まってしまった事に星の人々は強い危惧を覚えたがエルシカは純粋に感服していた。
老人と子供という人生経験の差はあるが同じ年齢だったとしても彼と同じ能力を得られただろうか。
そうこうしているうちに監獄前に掲げられていたロデスティニアの国旗がメドネアの星・官憲集団双方に渡され人々はバルドーの元で一丸となった。
前進を開始したバルドー勢はすぐさま次の騒動の場に出くわした。
喧騒を聞き駆けつけた先には兵士と官憲がおり、その向こうには巨人がいた。
巨人を見てシュリが声を漏らす。
あれは以前北区で自分たちを逃がしてくれたリオンの仲間の化身装甲使いではないか。
集団の説得をバルドーとエルシカに任せ大男に駆け寄り肩に手を添えるシュリ。
空弾きする動力音を聞きどうやら男が稼働限界という状態に陥っているようだと判断したが、その瞬間男は無言で立ち上がると自分には目もくれずに地面を割りながら走り去ってしまった。
爆音に何事かと大声をあげるエルシカにシュリは問題ないと返す。
しかし彼からシェザードの気配がしたのは気のせいだろうか。
いや、気のせいではない。
おもむろに懐から取り出したのはネイの義眼だった。
彼に触れた時にネイがそこにいた気がしたのはこの義眼が出会った時から共にありシュリにとってはこれもまたネイの一部であるからか。
気が付くと化身装甲が残した足跡を頼りに白い風が吹いていた。
信じ難い事だがあれはシェザードだった。
学校に行ったはずの彼が何故一人でいたのだろうか。
どういう理屈なのか分からないがリオンが連れ去られたのではと嫌な予感がする。
ならば自分の持っているネイの義眼は化身装甲の動力として役に立つのではないかとふと思った。
実際には精隷石は同一の形ではないため化身装甲の動力装置はそれぞれの精隷石に見合った形となっており稼働限界に陥ったからといって別の精隷石を入れて何とかなるものではない。
しかしシュリにはそんな事は分からない。
メドネアの星が官憲や軍と協力を始めもはや何が敵なのかも分からなくなっている彼には走る事しか出来ない。
大男が残した道路のひび割れが真実の元へ連れて行ってくれることを信じて若きユグナの少年はただひたすら走った。




