空無き国の渡り鳥
生徒たちが見守るなか手錠をかけられたシェザードたちは官憲に連行されて学校を出た。
助けに来たつもりだったのに見送る生徒たちの顔は完全に犯罪者を見る者のそれだった。
社会科教師のアドキンスはどうすることも出来ないとは分かっていつつも前に出ようとしたが余計な事には首を突っ込まないほうが賢明だと同僚に止められてマーガスに声をかけることが出来なかった。
護衛会社の男たちは護送車のような大型の駆動四輪に乗せられたがシェザードとリオンはマーガスと一緒に普通の駆動四輪に乗った。
運転席にマーガス自らが乗り、隣には従順に従うリオンが乗る。
後ろの席に乗ったシェザードは両隣を官憲に囲まれるのかと思ったが誰も乗って来ないまま扉が閉められた。
いくら手錠をしているとはいえあまりに不用心だ。
発車した車列は官憲庁にでも行くのだろうか。
「おい、リッキーは?」
最後の最後まで周囲を確認していたシェザードは当然の疑問を口にした。
リオンと一緒にいた整備士の女性の姿が見えなかった。
少女の態度からして無事なのだろうが気にはなる。
聞こえているだろうにマーガスは無視して四輪駆動を始動させる。
「おい、聞いてんのかよ!」
「おい、じゃない。紛いなりにもこの学校の在校生なんだろ? 大人は敬うもんだって先生に習わなかったのか」
「うるせえ! リオンと一緒にいた女がいただろ、どこだよ!」
「あの女なら被害者の女子生徒と一緒に保護した。そんな目で見るな、ただ病院に連れて行っただけだ」
「へえ……お優しいこったな。大怪我でもさせたのかよ」
「一つ。質問に答えてやった。もう答えてやる義理はないな」
「……答えろよ!」
面倒くさそうに返事をするマーガスの態度が無性に神経を逆撫でしシェザードは椅子を蹴った。
その瞬間、全く違和感のない動作で短銃を取り出し狙いを付けてみせる捜査官。
流石のシェザードも息が詰まってしまった。
今までの自分たちの追い方といい、何をしでかすか分からない危うさがこの中年にはあった。
「答えるか、答えないか。俺の質問に答えたら教えてやる」
「……なんだよ」
「ユグナ族の里に行かずわざわざ引き返して来たのはお前らと一緒にいたあのアシュバル人の女の代役に会いにきたからだな?」
知っていたのか。
シェザードは無言でマーガスを睨みつけた。
だからこそあれだけ手段を選ばずに強引な手法で確保に踏み切ろうとしていたのか。
それが他方、イカルへの牽制になっていたのかもしれない。
アシュバル人はみな顔の左半分に大きな刺青をしているらしいがその情報はシェザード含む世界中の人々が知らない事実だった。
アシュバル人が国外へ出る事を禁じられて久しく、一般の人々はその情報を念頭に置いておく必要がなくなっていたからだ。
だが国の防衛に務める人間の間ではアシュバル人の脅威は今なお語り継がれていたのだろう。
ネイは刺青の端をいじって刺青を植物の蔓のような模様に改造していたがそれでも見る者が見れば一目瞭然だったというわけだ。
今まで不思議だった謎が解けた。
目的を果たしたネイがイカルとの合流を取りやめリオンを連れてユグナの里へ逃げることを優先事項とした時、それをイカルが見過ごし依然として沈黙し続けるのは動けなかったからだったのだ。
イカルがどれほどの魔法使いなのか分からないのでアシュバルの代表のように魔法の気配を察知できるかは未知数だが、遅くともネイが指名手配され顔の光画がばら撒かれた時点では絶対にネイに気付けていたはずだ。
それでも何の反応も見せなかったのはシェザードたちを全力で追っているように見せかけて他に怪しい動きをする者がいないか炙り出そうとしていた中央官憲の思惑に気付いていたからだったのだろう。
「答えないのが立派な答えだな。褒美に教えてやる。大怪我なんかさせてないさ」
「なんの話だよ」
「お前が聞いてきた話だろ? 仲間の女の安否だ。その程度の関心しかないのに、心配している振りだったか。薄情な奴だ」
「お前……ふざけてんじゃねえぞ……」
「イカルに会わせてやる」
「……は?」
唐突な台詞に思考が追い付かないシェザードが聞き返したときマーガスが動いた。
護送車の車列とは異なり別の方角に進み出すのを見てシェザードは焦る。
アシュバル人の内通者の名前まで知っているとは中央官憲はどこまで把握しているというのか。
会わせるとは一体どういうつもりなのか。
シェザードは最悪の事態を想定していた。
彼等はこの国を侵す彼らにとっての膿をこの混乱に乗じて全て出し切るつもりなのだとしたら。
自分は、いやリオンはアシュバルの希望という名の最高の餌だ。
会わせるというのは即ちおおよそ目星の付いていたイカルに罪状を突きつけるということか。
案の定というべきかマーガスは政庁方面に向かっていた。
シュリ達の救援も期待できない今抵抗出来るのは自分しかいないがマーガスは銃を下ろしたと見せかけて腿の上で銃口をリオンに向けている。
更に迷惑をかける結果を招いてしまうのではないかと消極的になり何も出来ないシェザード。
二人の応酬の間、リオンはただただ唇を噛んで服の裾を握りしめていた。




