信じるということ10
バイレル・ベイン国立学園校舎。
始業前の静かな学園を訪れたのは登校時間前にも関わらずやってきた熱心な生徒ではなく見知らぬ集団だった。
生徒玄関に描かれた校内図を頼りに目指したのは対自律駆動用の電撃武器が保管されている武装用具室だ。
たまたまそこに体育教師がいなければ知らぬ間に盗まれていたかもしれなかった。
「大丈夫か、グウェイン?」
「大丈夫だっ。くそっ、なんでこいつら……脱獄か!?」
急に襲い掛かって来た不審者たちに木の棒で殴られた体育教師の額は鮮血に染まり服のみならず床も汚すほどの出血を見せたがそれが開戦の合図となった。
騒ぎを聞きつけ急行した同僚も加わり多勢に無勢だったがあっという間に制圧してみせた。
体育教師グウェイン・デルマーと社会科教師リヒャール・アドキンスは対自律駆動の戦闘資格を持ち校外学習の際には生徒の引率を任されている凄腕だ。
二人は気絶した襲撃者たちを縛り上げて息を整えると嫌な予感を覚えて次の行動に移ろうとしていた。
「爆発音も聞こえた。生徒たちが心配だ。まだ校内にいるかもしれないがここは他の先生方に任せて寮を見に行こう」
「こっちだ!」
そこへ別の集団が現れた。
少年を筆頭に武装した民間人のような大人たちが三人。
体育教師は籠手型の武器に、社会科教師は細剣型の武器にそれぞれ再び電気を流して構えなおす。
一方で角を曲がってきた来訪者も咄嗟に銃口を向け、瞬きを挟んだらあわや戦闘、という時に少年が前に出た。
「先生!」
「シェザード!?」
「アドキンス先生! 良かった、大丈夫そうだ!」
「シェザード・トレヴァンスか!? なんでこんなところに! そいつらは一体なんだ!?」
「デルマー先生……は血まみれだけど額切っただけだな。大丈夫そうだ」
「お前……指名手配されたんじゃ!?」
教師たちは驚いた。
現れたのは一週間前に指名手配犯になった教え子だったからだ。
学校の名に傷がついた、とは思ってはいなかったもののうんざりする程の事情聴取を思い出した体育教師は厳しい表情を向ける。
護衛者の男たちは教師の後ろに転がっている受刑者たちを確認すると構えを解いて大きく息を吐いた。
「教師たちか。寮のほうは安全を確保しておいたぜ。残念ながら俺らが来る前に死傷者が出ちまったがな」
「し、死傷者だって!? 一体……一体どういう事だ!」
「説明する! 説明するから落ち着いて聞いてくれよ!」
「まずは銃をおけ! 頭に手をやってうつ伏せになるんだ! シェザード、お前もだ!」
「待て、グウェイン! ……シェザード、話を聞かせてくれないか」
「リヒャール!?」
「私に任せてくれ、私が責任を取るから」
シェザードは急いで話した。
学校を襲撃してきたのは中央監獄の受刑者たちで生徒と警備員が十数名犠牲になってしまったこと。
三人の男たちは一緒に行動しているメドネアの星という革命組織の一員であること。
今東区ではメドネアの星と官憲が戦っているがメドネアの星には一般市民を傷つける意志は全くないのに何故か受刑者たちがメドネア反乱軍を名乗って暴れていること……。
騒動を知らなかった教師たちは驚いたがリヒャールは何故シェザードが革命組織と一緒に行動しているのか問うた。
話せば長くなるが少年は教師たちに理解して貰えるように最初から全てを話すことにした。
始まりは校外学習だった。
シェザードにとってはあれが運命の別れ道だったのだ。
遺跡の発掘調査中、自律駆動を組み立ててみたら動き出して地下に連れていかれそこでフリーダンという大男に出会った。
フリーダンと首都でもう一度会う約束をしたらその夜に中央官憲が大人数で押しかけてきて良く分からないままに逃げるしかなかった。
再度合流したフリーダンはシェザードにある秘密兵器を託した。
それはセレスティニアを落とすことが出来ると言われるものだった。
中央官憲が躍起になっているのはそれを嗅ぎつけたからに違いないと思ったシェザードはメドネアにいる知人を頼ることにした。
メドネアでは中央政府に不満を持つ革命勢力が結成されており知人がそこの一員となっていた。
知人は国外逃亡の手助けを約束をしてくれたが革命勢力の家族が何者かに惨殺されるという事件が起きた。
そこへ中央官憲の捜査官やって来て行方知れずの仲間がいることを語り、その者と事件を結び付けた市民たちの怒りに火が着いてしまった。
そして今に至るわけである。
圧倒的少数のメドネア市民たちはかつて理想一つでロデスティニア中から志士を募った伝説の革命家スタン・バルドーを擁すため彼の解放を目的に首都を強襲した。
あとは中央官憲を差し向けたであろう政治家を炙り出すのが彼らの勝利条件だ。
シェザードはその際に余計な悲劇が起きないよう土地勘のある自分が道先案内人を買って出た。
だからこの惨事は自分たちの仕業ではないのだと重ね重ね訴えた。
かいつまんで話し終えたシェザードに強い疑いの目を向けていた体育教師と違い社会科教師リヒャール・アドキンスは深く思案していた。
彼はシェザードの遺跡への熱意を高く買っていた人物であり、少年が革命だの政争だのに感化されるような人間ではないことを知っていたからだ。
その為、政治犯に仕立て上げられた時には全く信じることが出来ずどちらかと言えば官憲のほうを疑っていた。
何故なら知りすぎた研究者が不可解な罪状で捕えられるということが過去に何度もあった事を知っていたからだ。
だから逆に後悔していた。
まさかシェザードが複雑な構造の機械を復元できるほどの知識を独学で得ているとは思っていなかった。
その侮りが、教え子に汚い大人の世界の監視下にある学問の世界の超えてはならない境界線を越えさせてしまった。
だからなのかリヒャールは熱く語る少年の目をひたすらにまっすぐ見つめていた。
「……かつて空の国は大戦の末期に自国を落とすという脅しをちらつかせて戦局を優位に進めようとしたと聞く。追い詰めれば共倒れになることを恐れた地の国は迂闊に攻める事が出来ず大いに苦しんだそうだ。どうやってあれほどの質量のものを落とすのか、そもそもどうやって浮かんでいるのかすら分からなかったがまさか……その鍵を君は託されたというのか……」
「リヒャール?」
「空の国は既に滅びている、なんて論調のほうが今や主流だ。大きな声では言えないがね、なにせこの百年間反応がないんだから。だけど政府はそれだと困るんだ。頭の上に厄介者がいる、その被害者としての立ち位置が保てなくなるからね。ロデスティニアは過去に列強と呼ばれ諸国と多くの禍根を残している。諸国がちょっかいを出してこれないのはロデスティニアを刺激することで眠れる獅子を起こしてしまい自分たちも巻き込まれてしまう事を恐れていたからだ。なにせ……これは試算だが、あの質量が落ちてくるとなるとその被害は世界の反対側にまで及ぶと言われているから。だけど今、世界は今、各々の国の問題点をそこそこ整理してきている。いずれ外に目が向くのは人の世の常だ。本当にセレスティニアが滅びているのかは各国の関心の的だ。だから政府は国力の増強を急いで……切り捨てたものの中から生まれたのがメドネアの星、というわけか」
「お、おい! まさかお前、信じる気か!?」
「多くの疑問があった。この分野の研究が政府主導で管理されている割には遅々として進まなかったこともそうだった。ああ、グウェイン。私はシェザードを信じるよ。政府の中にセレスティニアの戦法を手に入れようとしている者がいる。これは由々しき事態だ。その考えはいずれ血に飢えた亡霊を招く」
「そんな馬鹿げた話があるかよ……。お前ら、空想読本の読み過ぎだ」
「陰謀論を笑う風潮は陰謀を隠したい者の仕業かもしれないね。そういえばメドネアで思い出した。昨年ロード氏がセレスティニアについて新発見があると会見を開こうとした矢先に事故死したね。あれは当時から露骨だと思ってたんだ」
「その息子が俺の友達なんだ」
「なんと……運命とは紙一重だな。ところでその兵器は今どこに? 十七号遺跡は長年授業に使っていたが、まさかそんなものが隠されていたとはね」
「あ、ええと。メドネアにあるよ。あと見つけたのは遺跡じゃなくてこの首都の地下だよ。あそこは出入口の一つで地下迷宮の通路があそこまで伸びてたんだ」
「あそこからここに? 凄い距離だな。先人の偉業か。地下迷宮は崩落や浸水のせいで死者が多発してなかなか探査が進まないと聞いていたが」
「そんな箇所見なかったけどなあ」
たぶんフリーダンが探査の邪魔をしていたのだろう。
調査隊が何者かに殺害されたなどとは言えないから事故死ということにして隠されていたのだ。
思えばオルフェンスに連れられて地下に入ってすぐに彼はやって来た。
リヒャールの言葉を借りるならシェザードはオルフェンスを直した事で紙一重で排除されずに済んだのかもしれない。
話していると外が騒がしくなった。
シェザードたちがいる位置からだと見えないが大勢の大人の声がする。
手を回せるようになった官憲が救助に来たのだろうか。
護衛者の男たちが来た道を覗いて銃を構えた。
「ぼうず、不味いかもしれねえ。とっととずらかるぜ!」
「あ、ああ! じゃあ先生……ごめん!」
話し過ぎた。
自分のことを話す必要まではなかっただろうに話してしまったのは誰かに解って欲しかったからか。
真剣に耳を傾ける担任の姿勢がそうさせたのかもしれない。
迷惑をかけたことをきちんと謝るべきだったかもしれないがそれははぐらかしてしまった。
「待て! シェザード、一つだけ教師らしい事を言わせて欲しい。自分を信じろ! 自分を信じる者の言動は必ず人を動かす。迷う必要も、取り繕う必要もない。自分を信じるお前を、私は信じるからな!」
シェザードは振り返り頭を下げるようにして頷いた。
急に再会を果たし時間もない中で自分を理解しようとしてくれた教師のおかげで教え子の心は少しだけ救われていた。
多くの者を巻き込み不幸にしてきた身としてはその少しだけでも充分だった。
必ずこの道を歩んだ責任を果たすと少年は心に誓った。
「そこまでだ、シェザード・トレヴァンス」
校舎を出た時だった。
目の前に銃を構えた大勢の官憲が立ち塞がっていた。
引き返したり隠れたりする素振りを見せようものなら蜂の巣にされそうな威圧感に固まってしまった四人の前に気だるげな男が進み出る。
その男の後ろで官憲に囲まれ俯いている少女を見つけてシェザードは青くなった。
「リオン!?」
リオンは何故かシェザードと目を合わせようとせず唇が白くなるほど固く口を結んでいた。
一緒にいたリッキーはどうしたのだろうか。
動揺を隠せないシェザードの顔を見て薄ら笑いを浮かべる男。
男は波がかったよれよれの黒髪をかきあげて満足そうに口ひげを撫でた。
「リオン、か。やはりこの娘がそうなんだな、トレヴァンス」
「なんだよお前は……!」
「申し遅れたな。俺はルアド・マーガス。中央官憲捜査課の特務捜査員だ。お前を追っていた者と言えば一番しっくりくるか?」
「……お前が? 嘘だろ? 捜査員はビゼナル方面に行ったって。今はトコーにいるはずじゃ……」
「まあ、お前ならそう思うだろうな。その裏をかくのが俺の仕事だ。どうだ、お前たちが会いたかった者が逆に会いに来てやったぞ」
面白くもない皮肉にシェザードは歯噛みした。
出来れば一番会いたくなかった手合いだ。
あの男は夜中に家宅捜査に踏み切り北区で爆薬を使い、そして恐らくはメドネア襲撃を画策した責任者とみて間違いないだろう。
そのいずれもが強引かつ狡猾なやり口だった故に何をしでかすか分からない危険な相手であることは間違いなく、促されるままにシェザードたちは武器を捨て手を上げざるをえなかったのだった。




