表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/70

始動5

 どれくらい悲鳴を上げ続けただろうか。


 四つ足の蜘蛛のような機械たちに()みくちゃにされている間は生きた心地がしなかった。


 なにせ相手は問答無用で人間に危害を加えようとしてくる獣のような存在である。


 にも関わらずシェザードは生き(なが)らえていた。


 どこかへ降っている。


 感覚としてはそんな感じがする。


 だが広い荒野の中にぽつんとあるこの遺跡に降る場所などないことは誰もが知っていることだ。


 どこへ向かっているというのだろうか。


 それは突然だった。


 投げ出されるように解放されて転がり咳き込むシェザード。


 鉄の物質と接触し続けたせいで体中に打撲や切り傷が生じていた。


 暗闇の中に咳と苦悶の声が木霊する。


 光源がないので何も見えない。


 音が反響するということは閉鎖的な空間ではないのだろう。


 近くで機械の駆動音がするが先ほどまでに比べたらそれは僅かだ。


 意味も分からずにつれて来られたがこれからどうなってしまうのだろうか。


「なんだよここ……鍾乳洞? ……違う、人工的に掘削(くっさく)した形跡がある」


 日帰りの校外学習だったので照明など持ってきているわけもない。


 手探りで床と壁の境界を見つけて立ち上がると手の感触からそこが隧道(ずいどう)であることが分かった。


 一体いつ、何のために掘られた道なのか分からないが機械たちがこんな所に自分を連れ込んだのは何故だろう。


 機械のうちの一機が足を引っ張ってくるが自分の足で歩いて付いてこいと言っているようにも思えた。


「なんなんだよお前ら! 無理だよ、何も見えないのに!」


 声を認識したのか機械はかさかさと遠ざかって行ってしまった。


 静かになった途端に別の恐怖が襲ってくる。


 こんなところに一人ぼっちにされたら一刻と待たずに発狂してしまいそうだ。


 何とかして脱出の方法を考えなければ。


 機械は何処かに連れて行こうとしていた。


 殺傷が目的ならばこんなところへ連れ込むわけもなく、引っ張っていたことからもそうだと推察できる。


 どちらの方向から来たのかすら分からなくなっていたものの機械が去った方角がきっと奥なのだろう。


 逃げるなら機械の反対を行くのが正解だ。


 しかし反対方向に歩こうとしてみたが足元に大量の鉄屑が落ちていて迂闊に進めなかった。


 こんな所で転んで大怪我でもしたら大変である。


 迷っていると遠くから音が聞こえて来た。


 どうやらそれは足音のようだった。


 助かった、とは思えなかった。


 何故なら聞こえて来たのがあの蜘蛛のような機械が行ってしまった方向だからである。


 心なしか奥の方が明るくなってきた気がする。


 見つかったら不味い気がした。


 這いつくばり必死になって鉄屑を除けていく。


 触ってみて分かったがそれらは先ほど自分を担ぎ上げていた無数の機械たちだった。


 動力が切れたのかと思ったがそもそも動力は最初から錆びついていて動いていない筈である。


 理由は分からないが力尽きた機械たちの除去にまごついている間にも後ろからは何者かがどんどんと迫って来ている。


 なんなんだよ、なんなんだよ!


 自然と涙が込み上げてくる。


 確かに動いている自律駆動が見たいと組み立てたのは自分なので自業自得かもしれないがこんなことになるとは誰が予想出来るだろうか。


 鳴り響く足音が止まり灯りに照らされた瞬間シェザードの体内から全ての血の気が引いた。


『脈が乱れています。落ち着いて』


 だが聞こえて来たのは優しい声だった。


 振り向くと大男が立っていた。


 シェザードが手を伸ばしても届かなそうなほど高く掘られた天井に容易に頭が付きそうな巨躯である。


 繊維のぼろぼろになった法衣のような物を着て神官帽を被り、顔は仮面を付けているのか目や口といった部位がなかった。


 男の足元には蜘蛛のような自律駆動が一機いた。


 それは先ほど自分を奥に連れて行こうとした一機であり、自分が組み立てた物である。


 何故そう思うのかと言えばその一機は他の同型と少し色が違うからだ。


 きっと格上の機体ならば組み立てた際に起動の確率が上がるだろうと選んだものである。


『大丈夫、恐れないで。()を直したのは君ですね。つまり君は我々の味方ということだ。君のような者をずっと待っていましたよ』


「……は?」


 突然の仲間宣言をされて困惑するシェザード。


 男は名をフリーダンと名乗った。


 普通なら()の機械など見つけ次第即破壊するだろうに直したことで信を得たらしい。


 敵味方とは一体なにを言っているのだろうか。


「直したって言っても俺は組み立てただけで。……動かなかったんだ、そいつは。後から来た奴がそいつに目玉を入れたらそいつだけじゃなくて他のがらくたも一緒に動き出して……」


『後から来た奴が目玉を入れた? オルフェンス、少しいいですか』


 大男がしゃがみ込み照明を置いて蜘蛛の機械の装甲を外す。


 動力の傍にある謎の空間に入っていた義眼が転がり落ちた。


 すると蜘蛛は糸を切られた操り人形のように倒れ伏してしまった。


 もう一度元に戻すと動き出し、まるで抗議するかのように大男の足を刺しだした。


『すみません、もうしませんから。シェザード、これは義眼ではなくセエレ鉱石です。固定していなくても動力に作用した? ああ、そういうことか……』


「セエレ鉱石!? なんで用心棒がそんな貴重なもん持ってんだよ!?」


 シェザードは本気で驚いた。


 それもそのはず、セエレ鉱石は世界最高峰の価値を持つ鉱石だからである。


 それは伝説上の代物であるかのように流通が少なく大変貴重なものだ。


 石炭や木炭なんかと比べものにならないほどの熱量を半永久的に生み出すことが出来ると言われ、かつてはそれを取り合って戦争が起きたとまで言われている。


 そんなものを個人が、それも用心棒などというその日暮らしの人間が所有している筈がない。


 一体あの女は何者なのだろうか。


 何者かと言えば目の前の大男も見ただけで判別できるとはどういうことだろう。


 セエレ鉱石は見ただけでは絶対にそれだと気づくことが出来ないと言われているというのに。


『シェザード、その者もここに連れてきてくれませんか』


「知らないよ。俺もそいつには今日会ったばかりなんだ。っていうかそこの自律駆動さ、俺じゃなくてそいつを連れてくれば良かっただろ」


『彼を責めないでやってください。機械技師である君を最優先にした気持ちはよく分かります。彼は見ての通りだいぶ損傷している。それ故に、目的を果たす前に稼働停止してしまうことを何よりも恐れたんでしょう』


「目的? 他の機械と結託(けったく)して俺をこんな所に連れてくることが、目的だって?」


『結託ではありません。彼は信号を送って同型の機体を遠隔操作できるんです。でもその力も君一人を担いでくるのに使うだけでぎりぎりだった。ほら』


 照明によりシェザードの後ろが照らされた。


 そこにはシェザードの想像通り、自分を連れて来た蜘蛛のような機械たちが点々と転がり元の物言わぬ鉄屑となっていた。


 あの女の用心棒の隣には大きな斧を持ったユグナ族がいたから(さら)ってくるのは容易ではなかっただろう。


 オルフェンスと呼ばれた機械はそれを瞬時に判断したということか。


「……その機械、小さいのに意外と凄いんだな」


 シェザードの呟きにオルフェンスが胸を反らす。


 まるで言葉を理解して得意げになっているようだ。


 無機質な獣だと教わったがその認識を改めなければならないような立ち振る舞いである。


 先ほどまで感じていた不安はいつの間にか消え去り逆に興味が湧いているシェザードであった。


『彼を直せますか? 設備なら向こうに整った場所があります』


「悪いけどフリーダン、俺は機械技師じゃなくてただのそう言う事に興味がある学生なんだよ。そいつを直したのも、敵味方とかそういうのじゃなく動いている様子が見たかっただけなんだ」


『学生……?』


「というかそもそもなんだよ、敵とか味方って」


『……シェザード、戦争はどうなったんですか?』


「戦争って?」


 噛み合わない会話。


 ぼろぼろのフリーダンの服装が荒唐無稽な憶測をシェザードに持たせる。


 ここは遺跡。


 百年前に地上と決別した空の大地から落ちてくる瓦礫によって埋もれていたということは、つまり……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 出た! セエレ鉱石
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ