信じるということ9
襲撃者たちが入って来ないようにしていた扉が少しだけ開かれ見知った顔が覗いていた。
シェザードは一瞬顔を隠すべきだったことを思い出したが時すでに遅く、観念して向き合った。
目と声の主は数多の学生の中でも一番自分に差別的で、徒党を組みよく嫌がらせをしてきた最低の同級生だった。
こういう時に一番仲の良い女生徒に見つけて貰えないあたり自分の不運さは筋金入りだなと自嘲する。
「シモンズか。もう大丈夫だ、メドネア反乱軍じゃねえ、メドネアの星が助けに来たぜ」
「お前……なんてことをしやがったんだ!」
「お前とまともな会話が出来るとは思ってねえけどさ、まずは状況を見ろよ」
「見ろ、だと!? お前、誰に向かって命令しているんだ!? 田舎者の、指名手配犯の、犯罪者が!」
シェザードに声をかけてきたのは同じ学級の男子生徒だった。
風紀委員という立場を利用して散々嫌がらせをしてきた者でシェザードが寮を出て行く事になった原因でもある。
怯え切った他の生徒たちの視線とは異なり強く怒りが滲んでいるのは危機があった際には武装風紀として立ち向かう資格を与えられた者のせめてもの気概だろうか。
あるいは惨めに逃げ隠れすることしか出来なかった自分に対する不甲斐なさかもしれなかった。
「お前……これが目的だったのか!? こうやって学園に復讐するために! 田舎者たちと結託して!」
「てめえの知ってる情報だけで組み立てりゃ、そんな陳腐な話に収まるんだろうけどさ」
「知り合いか、ぼうず?」
「まあね。親が議員だってことを鼻にかけて地方出の生徒を馬鹿にすることに人生費やしてる幸せな奴だよ」
「議員……そうだ! 俺の父はあのドナ・シモンズだぞ!? お前らは袋の鼠だ、すぐに官憲たちがお前らを包囲するからな!」
「残念だが官憲も軍も他のところで手一杯だ。至る所で暴動が起きてるみてえだからな。まあその大半は俺たち由来だけどよ。だけど学校襲撃は俺たちの仕業じゃねえ。だから俺たちは……」
「お前たちはもう終わりだ!」
やれやれと首を振るメドネアの星たち。
いくら議員の息子だからといって官憲たちが優先的に助けにくるはずがない。
そもそも生徒たちは外の状況を知らないから仕方がないのかもしれないが状況判断が甘すぎた。
仮に、彼が信じて疑わないようにシェザードたちが襲撃犯と同種なら脈絡なく仲間割れしたことを疑問に思うべきだろうし今この瞬間に銃で撃たれていることだろう。
「いいかよく聞け、生徒たち! 俺らが来た理由は一つだ! 一つは俺らを利用し、脅威に仕立て上げ、国民の不満と敵意を俺らに向けようと画策した奴がいる! その者を処断し、同胞の無念を晴らすため、俺たちはここに来たんだ! 無意味な殺生は望んでいない! 当然、学校を襲撃するなどという馬鹿げた真似を、するはずがない!」
「嘘だっ!」
「……駄目だな、こりゃ」
護衛会社の男が説明するも返って来たのは罵詈雑言の嵐だった。
男たちは顔を見合わせ、もういいかと言わんばかりにシェザードを見た。
被害状況を確認し誰が殺されてしまったのかも把握しておきたかったが時間がない。
シェザードも頷き返した。
「行こう。とりあえず事実は作った」
「あのよう、さっきの奴の親、議員だそうだが使えるんじゃねえか?」
「何言ってんだよ、またエルシカに怒られるぞ」
「いや、ほら。そのエルシカが言ってたじゃねえか。政治家が絡んでるんだろ?」
「なんとかシモンズとか言ってたけど聞いた事ねえし。大物なのか、ぼうず?」
「いや。中央官憲と結託して動けるような、そんな影響力のある議員じゃなかったと思う」
「待って!」
学校を後にしようとするシェザードたちに部屋の向こうから振り絞った声がかけられた。
一同が振り返ると姿は見えないが震える声で女生徒が続けた。
「ここだけじゃないの! 校舎のほうにもいるわ! お願い……アレックスを助けて!」
「……は?」
シェザードの全身に鳥肌が立った。
先ほどから姿が見えないと思って気になっていた者の名が聞こえた。
女生徒は、風紀委員の少女は教師に助けを求めるため果敢にも一人寮を出て行ったと涙ながらに語った。
その後を一部の襲撃者たちが追って行ったというのだ。
「それを……早く言えよ!!」
「あ! 待て、ぼうず!」
シェザードが駆け出し他の者も後に続いた。
校外学習を最後に久しく歩いていなかった校舎までの道を全力で走る。
階段を駆け上がり、不得意な運動で心臓が張り裂けそうになるが足を止める余裕もなくシモンズに呼び止められ嫌がらせを受けた校舎前を抜けた。
あの時ここで助けに入ってくれた彼女の顔が脳裏に浮かぶ。
中庭に至ると誰かが立っていた。
囚人服を着ている、明らかに襲撃者だ。
校舎と校舎の間に立ち隙間の方を見て笑っていた男は走り寄ってくるシェザードに気付いて何か喋った。
すると隙間からぞろぞろと数名の襲撃犯たちが出て来て一同と対峙した。
「なんだぁ? 銃持ってやがるが、官憲じゃねえな。自警団か?」
「調度いいや。おら、持ってるもん全部置いていきやがれ」
「おおっ!? 女が二人いるぜ! こいつぁいいや!」
一番後ろにいるリッキーとリオンを見つけてはしゃぐ無法者たち。
寮で倒した異常者同様、彼らはまさか一般人に銃を撃つ覚悟などあるわけがないと過信していた。
犯罪自慢たちは一般人と自分たちの違いを非情になれる点だと自惚れていた。
その余裕が命取りとなった。
「邪魔だ!」
シェザードが焦りに任せて叫ぶのと後ろの護衛者たちの銃口から火が噴くのは同時だった。
驚いたごろつきたちが大声で叫びながら逃げようとしたが至近距離でそれは叶わなかった。
倒れこむ最後の一人に止めが刺されるまでシェザードはその様を見ていたが、終わったことに気付いて彼らが隙間で何をしていたのか確認しようと足を動かした。
だがその挙動はリッキーの鋭い声に反応した護衛者によって阻まれた。
「シェザードん、来んでねえ!」
「……く……う……。……ちく……しょう……」
暗がりの向こうから微かに押し殺した声が聞こえてくる。
シェザードは急激に喉の渇きを感じた。
「アレックス?」
「……怪我人だあ。手当てすんど。ほれ、リオンも手伝いな。ここはあだすらに任せて、おめたっちゃ先行げ」
「アレックスだろ?」
「シェザードん!」
尚も近づこうとするシェザードの両肩を力強く抑えるリッキー。
シェザードは頭が真っ白になった。
「おめ、分かっとるだろ? これ以上恥かかしてやるなあ」
ここへ来た理由は友達の安否を確認するためといっても過言ではなかった。
それでも唯一の友達だけは大丈夫だと信じていた。
根拠はなく、そうであってくれと願っていた。
その結果がこれか。
リッキーの後を追い暗がりを覗き込んだリオンの顔が引きつる。
多少人死にに対して麻痺してきたリオンだったがそれでもアレックスは目を背けたくなる状態だということか。
呆然と見ているシェザードに気付き、リオンははっとしてぎこちなく微笑み頷いて見せた。
シェザードの反応から恐らく知人であったことを察したリオンのせめてもの配慮だったがシェザード自身にはその気配りは届いていなかった。
「……ぼうず、行くぞ。校舎の中にゃまだいるんだろ。ここまで優位に進めてこれたのはおめえが地図代わりになって地の利をくれたからだぜ。まだ呆けてる暇はねえ。頼りにしてるんだからよ」
「……あ? あ、……ああ」
肩を叩かれふらついたシェザードは促されるままに先へと進む。
友達の傍に駆け寄ろうとしなかったのはリッキーの言葉が響いたからでもメドネアの星の戦局を考えてのことでもなかった。
指名手配犯となった自分と仲良くしていたということで後ろ指を差されていたであろう彼女を守ることも出来ず、更にひどい目に会わせてしまった。
合わせる顔などあるわけがなく、会うのが恐ろしくなって、彼はただその場から逃げたのだった。




