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SKYED11 -シェザード編-  作者: 九綱 玖須人
信じるということ
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信じるということ5

 新聞配達の少年は夜も明けないうちから働き出す。


 皆の一日が始まる前に家々の戸口を(まわ)って行く。


 未だ多くの者が夢の中にいる時間だが辺りは既に昼間と同等の明るさになっていた。


 少年はそれこそが何よりも代えがたい幸福である事を知っていた。


 大国ロデスティニアの首都ベインファノスの上空には玉虫色の(もや)が広がり、その上には空の国(セレスティニア)の底が広がっていると言われている。


 つまり日が昇りきれば本来なら真下にある土地は日陰に入っているはずだった。


 それにも関わらず明るいのは靄が日光を反射させて届けてくれるからだ。


 多くの人々はその偽りの光を享受しており、少年は自分を含む僅かな者だけが水平方向から伸びる本当の陽の光を浴びていることに密かに優越感を感じていたのだった。


 今日の新聞は薄い。


 一昨日(いっさくじつ)はメドネアという都市で起きた大量殺人の話題で持ち切りだったが続報がなく、昨日は数日前に北区で起きた爆発事件と関連付ける識者の投稿などを載せることが出来たものの今日は何も進展がなかった。


 活版所(かっぱんじょ)に原稿を持ち込んできた記者もメドネアの記者に電話で話を聞いたそうだが向こうもお手上げ状態らしい。


 現地に乗り込もうにも逃亡犯が他の都市に逃げないように列車を止めているらしく、御上(おかみ)からは余計な不安を煽らないようにと厳命されているから今日は大した内容じゃないよと記者も忌々しそうにしていた。


 事件が起こってくれなければ予約してまで購入してくれる客がいなくなってしまう。


 そうなったら配達の仕事はなくなり、活字拾いしか飯の種がなくなってしまう。


 最後の予約者の家に新聞を配り終えた少年はこれが明日はどれだけ減るだろうかとため息をついた。


 そして、もっとでかい事件が起きてくれないかと切望し空を(あお)いだ。


 そこに奇妙なものがあった。


 朝日に紛れ見づらいが東の空に白い石粒のようなものが浮いている。


 鳥のように羽ばたくわけでもなく靄の一部にしてはくっきりと縁取られている。


 少年は初めて見るその不可思議な物体を暫く注視し――理解が及ばずに肩をすくめて活版所への道を戻っていった。


 それを誰かに告げていれば(ある)いは運命は変わっていたかもしれない。


 夜警の官憲も軍も普段の日常に慣れ過ぎて空を見上げたりなどしていなかったのだから。


 人々が異変に気付いたのは地上から多数の駆動四輪が近郊に接近していると通報があってからだった。


 何事かと表に出た人々は初めて見る空を飛ぶ船に唖然(あぜん)としてしまい、結果対地対空双方の対応が遅れてしまったのだった。




「おっほぉっ! こんなに近くに来てるのにまだ何の対応もないねえ! 首都の連中、飛行船に釘付けかい!」


 波打つ地面を全速力で駆ける駆動四輪の上、双眼鏡を取り付けた防護帽を被った女性がはしゃいだ。


 荷台は本来なら穀物などを積むための用途があったが今は機銃が取り付けられ武装した人々を乗せている。


 広範囲に散らばり土煙を上げながら進む様はまるで麦畑を見つけた(いなご)の大群の様だ。


 メドネアの星はあと一歩のところまで順調に首都への攻勢を展開していた。


 ベインファノスの外壁には外敵から市民を守るための人員が配置されているという話だったが肉眼で相対出来る距離になってもそれが現れる様子はなかった。


 もともと形骸化しているとはいえ全く反応がないのは既にそれどころではない事態に陥っているからだ。


 女性の言う通り首都は初めて見る飛行船への対応で手いっぱいとなっていた。


 だがその混乱は長くは続かないことも想定済みだった。


 玉虫色の靄は近づくものを引き寄せてしまう性質がある。


 だがどれくらいの高度が引力圏内かは解明されていないため飛行船は大事を取ってかなりの低空飛行をせざるを得なかった。


 しかしその高度は地上からの射程圏内であるため、もしも敵が水素で飛んでいることを知らずに銃撃してこようものなら大爆発してしまう恐れがあった。


 故に飛行船は敵の迎撃態勢が整う前に離脱しなくてはならず、陸上部隊は飛行船の撤退援護も兼ねて出来るだけ早く乗りこまなければならなかった。


「おらおらーっ! もっと速度出さんかい!」


「り、リッキーさん、危ない、座って!」


「あーん!」


「ちょっ、あべっ! だっ、リオンが舌噛っ、べげっ」


 荒波を行く小舟のように()ねる荷台の上で元気なのは女性だけだった。


 同じ班になった時は物静かな整備士だと思っていたのに予想だにしない豹変ぶりだ。


 ただしそんな事に驚いている暇などはなく、シェザード、シュリ、リオンは女性の足元で転がりながら振り落とされないようにしがみついているだけで精一杯だった。


 革命ごっことシェザードに見くびられていた彼女らメドネアの星は、個々で見ればそれぞれが専門職由来の強みを持ちシェザードなどよりもずっと頼もしい存在だった。


「合図だわ! 左に行くでえ!」


「うわああっ!」


「あーん!」


「ぎゃあーっ!」


 地上部隊は前衛と後衛に分かれ前衛は東門に直進する。


 一方でエルシカ率いる後衛は少し遠い南門へ回り込む手筈となっており、シェザードたちはエルシカを地下迷宮に案内するのが役目なので当然後衛にいた。


 先に東門で戦闘を起こし敵の目が東に向いたところを南から侵入するという連動した作戦なので多少の無茶には目を(つぶ)らなければならなかったものの乱暴すぎやしないだろうか。


 南門に進路を変えた後衛が暫く進んでいると遠く東門で爆発が起きたのが横目に見えた。


「おっしゃあ! いいぞ、やっちめえ! そのまま一気に蹂躙(じゅうりん)だあ!」


「だ、駄目だよリッキーさん! メドネアの星の目的は、あくまでも政変、でしょ!?」


「景気づけだぁらしょうがねえわいよ、誤差だ誤差!」


「復讐の心構えじゃ駄目だって、エルシカ君も、言ってたでしょ……! 今出て来てる相手は、みんなと同じ、無実の人だから! 敵は、メドネアに、中央官憲の暗躍を、差し向けて、この状況を作った、人だけ!」


「たはーっ! むつかしいこたぁよう知らんでえ!」


 戦いの熱に当てられたか女性はひどく好戦的だ。


 家族や知人が殺されたばかりで武器を取ったから仕方がないのかもしれないが、シュリが(いさ)めた通りそれを懸念したエルシカが事前に入念に言い聞かせていたばかりだったはずだ。


 今回の事件はエルシカ曰くメドネアは中央の政争の小道具に使われたに過ぎず、(ちゅう)すべきは一連の責任を当てつけた相手を失脚させて台頭しようとしている政界の誰かであり、それに(くみ)した中央官憲だ。


 だから無関係の者への賊害(ぞくがい)は憂さ晴らし以上の意味がなく、自分たちの大義名分を失わせてしまう絶対にやってはいけない行為だった。


「リッキーさん!」


「わーってる、わーってるて。でもしぃ、あっちが殺す気でん来たら手加減なんぞ出来んとよ?」


「大丈夫かよこいつら……」


 周囲の荷台の上で銃を手に騒いでいる者たちもまるで野盗にしか見えない。


 そんな彼らに流石のエルシカも頭に来たようで彼の乗る駆動四輪の進路が変わった。


 結局南門を突破した先にある商業地の水路からの地下迷宮入りは断念し途中の下水道からの侵入に切り替えたようだ。


 革袋を()いて汚物に()かり進まなければならない道のりは仇討ちを企んでいたリッキーたちの頭を冷やし反省させるに充分だったが、割を食ったシェザードたちが心の底から彼女たちを(うら)むにも充分な仕打ちであった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 臭いし染みてくる可能性も… シュリが嗅覚も優れてるなら大惨事ですね。
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