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SKYED11 -シェザード編-  作者: 九綱 玖須人
信じるということ
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信じるということ3

 北の大陸に住むユグナ族と呼ばれる少数民族は一年の殆どを地下に掘られた穴の中で過ごす。


 穴の底は地熱による高温で蒸し暑く、極寒の地上とはまるで異なる世界だった。


 冬の地上へ出るときは厚手の防寒具を着、未成人でも酒を飲んで体を温めないと生きてはいけない彼らだったが地下にいる時は薄着だ。


 ただし彼らが快適に過ごせる空間は普通の人間にとっては蒸し風呂の中にいるに等しかった。


 成人の儀式に(のぞ)んだ親子が地上の村で行き倒れていたところを運び込んでから一週間、酷い凍傷と衰弱により生死の境を彷徨っていた少女は地上と彼らの住居の間に掘られた仮の空間で治療を受けていた。


 そこは外部の者とは多少の交流があっても穴の中までは招き入れたことがなかった彼らが環境に適応できない少女の容態を見て慌てて作った空間だった。


 そもそも交流は僅かな夏季にのみ地上の村で行われ、冬季は厳しい寒さと雪で孤立するのがユグナ族の里だ。


 人間を()た事などない彼らにも少女の世話は予断を許さない余程の一大事であった。


 ユグナ族の献身的な介抱により少女は快方に向かっていった。


 十日もすると意識の混濁はあるものの呼びかけに反応するようになった。


 ようやく胸を撫でおろしたユグナ族たちだったがこれからどうしたものかという心配は膨らんでいく。


 一部の大人たちにしか伝えられていないが発見当時の状況がどう考えても異常だったからだ。


 二週間後、少女の病床(びょうしょう)に族長と発見者の父親を含む数名の大人たちが集まった。


 会話が出来るほどに回復した少女が自らの意志で自分の正体を明かしたいと申し出て来たからだ。


 何らかの理由があって真実の追及を(かたく)なに拒むと思っていた大人たちは殊勝(しゅしょう)な少女の態度に若干の怪しさを覚えつつも一堂に会する。


 集まった彼らを一つになった目で見た少女は心の中で狼狽(ろうばい)した。


 自分を看病していた女性や時折やって来る少女は絶世の美女だったがまさかやって来た全員が美女揃いだとは。


 驚き固まる反応を見慣れていた族長は自分たちは全員が少女の様に見える一族なのだと説明した。


 かく言う族長も御年百二十を超える長寿の男性であったがどう見ても妙齢の乙女にしか見えなかった。


 美しさを(たた)えられそれが自身の武器でもあった少女の思惑は一瞬にして瓦解したがそれでも万が一の可能性を信じて計画を行動に移した。


 上体を起こす少女は何も(まと)っておらず、掛布がはだけると乳房が露わになった。


 外見はどうであれ中身はしっかりと男である彼らの視線は一点に釘付けになった。


 しめたとばかりに妖艶な声を出した少女と男たちの視線が交わる。


 それが少女の狙いだった。


 少女は魔法と呼ばれる不思議な力を持っていた。


 彼女の国は人ならざる力を持つ者を多く輩出するが、その中でも少女は特殊で往々にして一人一系統しか使えないはずの魔法を二種扱うことが出来た。


 その一つが誘惑の魔法であり自分に性的な感情を覚えた者を操ることが出来るという魔性の力だ。


 だが男たちは赤面したり慌てて前を隠すように促してくるばかりだった。


 片目になったことで魔法が使えなくなったのか、それとも魔法を使えるまでに体力が回復していないのか。


 魔法を使った時の感覚はあったというのに操れている感覚は一向にない。


 まさか一族に精神魔法の耐性があるとはお互いに知る由もなく。


 少女はこの状況をどうやって切り抜けようかと項垂れ、ユグナ族たちは少女が裸を見られた羞恥心に震えているのかと気まずくなった。


 魔力を増幅することさえ出来れば。


 少女はふと犬ぞりがなかったかを尋ねた。


 魔法の力を増幅することの出来る装飾品は犬ぞりの中にあった。


 だがそれには見られてはいけないものも乗っていた。


 それなんだが……と男の一人が言い淀む。


 その様子で少女は言い逃れが出来ないことを悟った。


 嘘をついても見破られるのは必須だろう。


 動揺が伝わらないように抑えつつ、あのようなものを()いていた自分を捨て置かなかったユグナ族の甘さに一縷(いちる)の望みを感じた少女は真実を話してみることにした。



 少女(いわ)く。


 語られたのは狂気の旅路だった。



 ──私はアシュバルから来ました、(ネイ)・アリューシャンと言います。


 私たちの目的はロデスティニアにいると言われるアシュバル王家の末裔を連れ戻すことです。


 船は使えませんでした、世界中の人たちが私たちの船出を恐れていますから。


 だから、歩いてきました。


 今はいつでしょうか?


 だとすると、ここまで来るのに四か月かかったことになります。


 本当はもっと早く辿り着ける計算だったみたいです。


 でもその計算には色々加味されていなかったみたいですね。


 道なき道も、


 雪の裂け目も、


 吹雪で視界がなくなることも、


 私たちには休憩や睡眠が必要だという事も。


 起きている間は殆ど歩いていました。


 雪も風もなく良好な視界を保てるのは得難(えがた)い事ですから、その時は体力の限界を迎えてもひたすらに歩き続けました。


 唯一の救いは私たちの中に治癒魔法が使える子が何人かいたことでしょうか。


 はい、魔法です、私たちは魔法が使えます、嘘じゃないですよ、後でお見せしましょう。


 そんなわけで私たちは凍傷になっても、足の裏が水膨れや化膿でどろどろになっても治療してもらえたので歩き続けることが出来ました。


 見ための傷は癒えても何故か痛みは消えませんでしたが、あれはたぶんいつ終わるともしれない旅路に体が拒否反応を起こしていたからかもしれません。


 それでも歩き続けるしかありませんでした。


 それしか出来る事がありませんでしたから。


 私たちは当初十四人いました。


 十四人と犬が八頭です。


 私たちの上の者の試算で犬ぞりに積み込まれた食料は十四人の三か月分の食料でした。


 旅立つ前はその積荷を見てそんなにも歩き続けなければならないのかと思いましたが実際はそんなものじゃありませんでした。


 厳しい寒さで体力は簡単に奪われていきました。


 身体に熱を生み出すためには平時の倍の食事を摂らなければなりませんでした。


 そうすると歩き続けて二か月もしないうちに食料が殆ど尽きてしまったんです。


 地平線はまだまだ続いていました。


 その頃になると私や治癒魔法を使える子はそりに乗せて貰っていました。


 魔法を使うと体力を消耗するからです。


 私は火の魔法を使えますので暖を取ることが出来ます。


 あと、代表の男の子もそりに乗っていました。


 私たちは命の順番を決めていました。


 一番大事なのは代表の子です。


 彼は一番最初にこの計画を理解したことを上の者に示した子で、私たちとは覚悟が違っていました。


 彼を生かし続ける事が私たちの使命でした。


 男の子には残り僅かな食事を摂らせて、歩く子たちは殆ど飲まず食わずで歩き続けました。


 でもそんなことではすぐに限界が来ました。


 私たちは犬を食べることにしました。


 本当は一頭ずつにしたかったんですが一頭殺したら全部殺さなければなりませんでした。


 犬も自分たちが殺されることを理解して私たちを拒絶するようになったから仕方なかったんです。


 犬はそりに積んで、そりは歩く子たちが曳くことになりました。


 その頃からです、食料を確保できても一層体力を消耗するようになった私たちの中からは脱落者が出るようになりました。


 そりを曳く子たちは全員が迷子にならないように縄で繋がっていたんですが、しゃがみ込んでしまった子はどんなに励ましてもそれ以上絶対に立ち上がろうとしないので縄から外していきました。


 治癒魔法を使う子も魔法を使い過ぎていつの間にかそりの上で死んでいました。


 気が狂ってしまった子もいます。


 私たちはお互いが狂っていないかの確認のために時折話しかけ、何日経ったかを共有するようになりました。


 死んだ子や狂ってしまった子は衣服を貰って置いていきました。

 そうです。


 私が着ていたのはみんなの服です。


 衣服は貴重な生命線でした。


 三か月と少し経った頃です、犬の備蓄がなくなりました。


 その頃には私たちは三人になっていましたがそれでも食料は足りませんでした。


 そりを曳くのは私と代表の男の子となり、そりには最後の治癒魔法使いの子が乗っていました。


 今までは動けなくなったら置いて行っていたのに、私たちは弱りきって魔法も使えなくなっていたその子を置いていくことはありませんでした。


 私たちはしてはいけない期待をしていました。


 その子がとうとう呼びかけに応えなくなった時、私と男の子はお互いの顔を見合わせました。


 男の子は雪に空いた底なしの穴のように酷く恐ろしい目をしていましたが、きっと私も同じ目をしていたと思います。


 ともあれ私たちは……()()で暫く命を繋ぐ事が出来ました。


 次は私の番でした。


 でも恐怖はありませんでした。


 私たちは全員生きてロデスティニアに辿り着いたとしても結局は一人になっている予定でしたから、死ぬ覚悟はあったんです。


 はい、辿り着いたら代表の子を残して皆死ぬ予定でしたから。


 理由があります。


 私の顔に掘られているこの刺青ですが、アシュバル人は皆この刺青をしています。


 これは罪深いアシュバル人が世界の人々に一目で認識して貰えるようにと自治政府が自主的に国民に科している烙印(らくいん)です。


 この烙印がないと戸籍に登録して貰えないので皆この刺青があるわけです。


 こんな見た目の集団が現れたらおかしいでしょう。


 少しいじって別の形に変えているとはいえ、もしもロデスティニアにアシュバル人に詳しい人が見たらすぐに気付かれてしまいます。


 別々に行動するにしても目撃情報などからいずれ何らかの集団だと結論づけられてしまう恐れがあります。


 だから私たちは命の保証がないあの雪原を無事に抜けたら後のことは代表の子に託そうとみんなで決めていたんです。


 でも抜ける前に皆死んでしまいました。


 代表の子も私より先に死んでしまいました。


 私は炎の魔法使いですから、常に体が少し温かかったせいでそれが彼と私の命運を分けたんだと思います。


 私は彼のように左目をくりぬき、彼もそりに積みました。


 この目にも理由があります。


 精隷石を御存知でしょうか。


 私たち魔法使いが扱うとその石に眠る魔法の力を引き出すことが出来る不思議な石です。


 アシュバルを出る前、私たちは魔力を増幅することが出来るという義眼の形をした精隷石を持たされました。


 義眼を持っているのに両目があるなんておかしいですよね。


 だから代表の子は義眼を嵌められるようにして、私も彼の役目を引き継いだのでそうしたんです。


 ……以上が私がここにいる理由です。


 私の事を、あのそりのことを、あの子と私が同じ刺青をして、同じ目がないことを、これで理解していただけましたでしょうか──。



 アシュバル人の少女、寧・アリューシャンが語り終えて問うてきた。


 理解はしたが、理解が出来ず、ユグナ族たちは誰も返事をすることが出来なかった。

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[一言] 治癒術師の子はネイの中で生きてそうですね()
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