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SKYED11 -シェザード編-  作者: 九綱 玖須人
信じるということ
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信じるということ2

 ベステスは世界第一位の面積を誇ると言われている大陸だ。


 曖昧な表現なのはその殆どが前人未踏だからだ。


 一年の大半が雪と氷に閉ざされ、僅かな夏季には雪解けによって底なしの泥湿地が広がる劣悪な魔境となる。


 よって人間の生息には向かず有史以来不毛の地として扱われてきた。


 しかしロデスティニアと海峡を挟んだ位置にある一部の平野だけは、デオテネヴ連峰(れんぽう)と呼ばれる峻険(しゅんけん)な山々によって強烈な北風が防がれ過酷ではあるもののある程度の入植が可能だった。


 その居住可能地域を人々はファンタナーレと呼んでいた。


 ファンタナーレには唯一の不凍港であるランペールや牧畜で生計を立てているコランドロンなど小さな集落が存在する。


 それらはロデスティニアに帰属しているのでベステスは事実上のロデスティニア領だった。


 ただし入植以前は全てが前人未踏だったかと言えば語弊がある。


 開拓者はその昔、新天地で原住民と出会った。


 その原住民はグマラ族とユグナ族といった。


 彼らがいつからそこにいたかは謎に包まれているものの、ファンタナーレのぎりぎりの境界で生活する彼らは通常の人間とは異なる特徴を持っていた。


 ユグナ族は世界で最も美しいと名高い少数民族だ。


 肌は雪のように白く、一族全員が男も老人も例外なく可憐な少女のような外見をしていた。


 だがその外見には想像もつかないほどの怪力で、地面に穴を掘り全てを凍らせる冬を乗り切る半地下の生活を営んでいる。


 僅か三か月ほどの夏季には地上に設けた村で暮らしているが、それ以外は排泄とたまの入浴以外に地上に出てくることは稀だった。


 稀、というのはそれ以外の理由で冬の地上に出てくる者もいるからだ。


 ユグナ族には成人を迎えるための儀式があり、それは冬の雪原で得物を仕留めるというものだった。


 その年は一人の若者が父親の同伴のもと儀式に挑んでいた。


 狩りは通常複数人で(のぞ)むものだが父親はあくまでも見届け人であった。


 外気と殆ど変わらない空気によって凍り付いた地上の家の中で何重にも重ね合わせた毛皮の防寒具を被り、ただひたすら眠らないように夜明けを待つ。


 若者も父親も一見すれば同い年の(うるわ)しい姉妹に見えるほどの美貌であった。


 しかし通常ならば吸い寄せられそうになる程の瑞々(みずみず)しい桃色の唇も今は血色を失っている。


 細々と吐き出す息も身体の芯から冷え切っているせいか白くなることはなかった。


 一点を見つめていた父親が室内の明度の変化を感じ取って顔を上げた。


 まだ日の出はずっと先だが少しずつ輪郭が見えて来たからだ。


 少し身じろきをすると張りつめた空気に衣擦れの音が冴え渡る。


 昨晩とは打って変わり今朝は耳が痛くなるほどの静けさだった。


「明け方は一日で一番冷える。……身体は動くか?」


「勿論だよ父さん」


「よし。良い朝だな。これだけ冷えれば立ったまま凍りついた鹿の群れも期待できそうだ」


「またそんなこと言って。そんなのを持って帰ったところで真の男とは認められないでしょ。僕は必ず自分の手で仕留めてみせるよ」


「言うじゃないか。……よし、じゃあ朝日(アグノギナ)が顔を出す前に行ってみよう。昨夜は猛吹雪だったからな。腹を空かせた奴が必ず来る」


 親子は日没前に付近で撒き餌をしていた。


 獣が活動を始めるよりも先にそこへ行き待ち伏せするつもりだった。


 だが彼らは立ち上がろうとした時に耳に聞きなれない音を聞いた。


 それはこの時期にこの場所で聞こえる筈のない音だった。


「父さん」


「ああ……何かいるな」


「ついてるね。向こうから来てくれるなんて」


「待て、白熊かもしれん」


「最高の獲物じゃないか」


 少年は身体を動かすと隣に置いていた武器を取り今一度確認を始めた。


 弓の弦を二回ほど強く引き問題がないことを確かめると次いで矢と()()し用の槍も点検する。


 これほどに乾燥した寒さだと木製の武器は土壇場で裂けて使い物にならなくなることがあるからだ。


 着々と身支度する少年だったが父親は虚勢を張ってないか心配になり念を押した。


「あまり気負うなよ。たかが儀式なんだから。昔と違って形だけでいいんだ」


「嫌だよ。父さんは箆鹿(へらじか)を仕留めたって聞いちゃったら、僕だってやるよ。父さんの子だもの」


「母さんの子でもある。いいか、白熊だったらやり過ごすと約束してくれ。お前が怪我したら俺は母さんに殺される。見たいか? 俺が殺されるところ」


「やだ」


「だろ?」


「違うよ。白熊でもやり過ごさないって言ってるの」


「お前なあ。見届けないぞ」


「ああ分かった、父さんさあ、僕に武勇伝を上書きされたくないんだろ」


「このやろう。食い殺されたら白熊のほうを連れて帰ってお前だって言い張ってやるからな」


 少年はゆっくりと扉を開けた。


 風雪によって凍り付いた扉は通常の人間なら開けることすら出来ないが彼らの怪力ならば容易く開けることが出来る。


 だが問題は音だった。


 氷が割れる音で外の獣に気付かれるかもしれず慎重に、慎重にこじ開けていく。


 覗けるくらいの隙間が開いたので少年は外を(うかが)った。


 すると父親が訪ねるよりも早く突如扉を開け放って駆け出していってしまった。


 後ろで補助しようとしていた父親は息子の大胆過ぎる行動に度肝を抜かれた。


 相手が肉食動物だろうが草食動物だろうが先手を取れる折角の好機を逃す行為だったからだ。


「なにやってんだ馬鹿!」


「父さん、人だ! 人が倒れてる!」


「なんだって!?」


 信じ難い事だが表へ出ると確かに里の入口にある家の前に何者かが倒れていた。


 走り寄った親子は周囲を見渡して状況を(あき)らめた。


 来訪者は一台の犬ぞりを荒縄で腰に繋ぎ、まるで遠くから旅をしてきたかのような出で立ちをしていた。


 分厚い毛靴を履き着ぶくれするほどに重ね着した防寒具からは身支度の入念さが伺えたがそれにしてもこの時期にこの場所をうろつくなど自殺願望があるとしか思えない愚行であった。


 少年が身体をゆすっても反応しないので顔を覆っていた布を()ぐと親子は更に驚いた。


 その者が少年と同じ年頃の少女だったからだ。


 少女は顔の左半分に大きな刺青があり、刺青側の目は凝固した血にまみれ眼球を失うほどの重傷を負っていた。


 息子が少女に呼びかけ続けている間、父親は犬ぞりに異様な気配を感じたので荷縄を切り()けてある(むしろ)をめくってみた。


「うっ。こ、これは……!?」


 そこには裸の少年の亡骸が乗せられていた。


 顔には少女と同じく刺青があり、眼窩がぽっかりと見えていたがそれはどうやら古い怪我の様だった。


 だが目を背けたくなることに亡骸の腿や腕には削ぎ取った跡があった。


 息子が見ないようにと再び筵を掛けなおした父親は少女の想像を絶するような体験を想像して身を震わせた。


 だがいったい何処から来たというのか。


 コランドロンやランペールから来たのだとすれば方向が違う。


 少女の軌跡は日の昇る地平線に続いている。


 この大陸にはユグナの里よりも東に人の住める場所などないというのに。


「まさか……()果ての大地を越えて来たっていうのか? あり得ない……」


「父さん! この子脈がある! 連れて帰ろう!」


「そ、そうか。ううむ……しかしこれは」


「なんだよ? もういいよ儀式なんて別の日でさあ! 早くしないとこの子、本当に死んじゃうよ!?」


「死……。あ、ああ、そうか。そうだな」


 聞きたいことが山ほどあった。


 何か事件に巻き込まれてしまうのではないかという懸念はあったが人命には代えがたいことだ。


 獣に荒らされないようにと犬ぞりを自宅に入れた二人は里の中心に掘られた洞穴を降りる。


 地下では成人の儀式を見事に果たし大きな獲物を抱えてくると信じて待っていたユグナ族の人々が二人の早い帰還に沸いたが少年が別のものを抱えて来たことを知りただただ驚き慌てるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 腕などを削いだのは刺青を隠してアシュバル人だとバレないようにしている感じでしょうか… 顔の刺青は隠しようがないですが
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