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SKYED11 -シェザード編-  作者: 九綱 玖須人
信じるということ
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信じるということ

 土を固めただけの広い空間に百人余りの少年少女が集められていた。


 三方は漆喰塀(しっくいべい)が並び、正面には木造りの見事な屋敷が構えていた。


 そこは山中にある要人の別邸であり縁側に立つ白眉白髪の老人が主だった。


 訳も分からずに集められた子供たちはこれから何が始まるのだろうと周囲を囲む大人たちの持つ木の棒に不安を覚えながら身を寄せ合っていた。


 老人が目配せをすると大人たちが動き出した。


 歩み寄り、怯えた目を向ける少年の背中に木の棒が打ち下ろされる。


 あまりの急な出来事に子供たちは仰天して悲鳴を上げ、それが自分たちにも向けられようとしていると分かると蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。


 だが入場した際にくぐってきた門は閉ざされており隠れられる場所もなく、彼らは殴られ蹴られながら再び中央へと追い詰められていった。


「何故打たれたか分かるか。分からぬか。親元で出されるままに飯を食らい、眠くなれば眠り、(もよお)せば(くそ)()り尿を垂れ流し、なんの大志も抱かず、それを当たり前として今日(こんにち)まで生き永らえた。もう立派に働ける歳であろうに」


 老人は震える子供たちを叱った。


 そんなことを言われても子供たちは今まで親元で働いており決して無駄飯を食らっていたわけではない。


 彼らは社護(しゃご)様が奉公人を募っているからと村々で身請けされてここへ来たのだ。


 理不尽だったが異を唱えられる者などいなかった。


「荒療治である。(おの)が身を恥じ、悔いやれ。さにあらずば苦しむのはそなたらぞ」


 悔いよと言われたので子供たちは理解の追い付かないまま無意識に謝り出す。


 それが望まれていることだと本能が判断したからだ。


 老人は大きく頷くと横を見た。


 目を配られた中年が深々とお辞儀をし、子供たちの前に立った。


「喜べ。社護(しゃご)様はうぬらに使命をお与えになると仰せだ。さらばこれより浄化の儀に取り掛かろう。うぬらは今日で生まれ変わるのだ。一人、十も叩けばよろしいか。一つ打たれるごとに一つ、心から感謝するように」


 また殴られるというのか。


 大人たちが再び動き出したことで大混乱に陥った子供たちは身を寄せ合う同士の中心に逃げ込もうともがいた。


 その努力も虚しく一人一人塊から引きずり出されて叩かれる。


 抵抗して塊に逃げ込む子らを見て為政者は表情を曇らせた。


「これ、これ。逃げるな逃げるな。いくつ叩いたか分からなくなるであろう。いつまでも十が数えられぬぞ」


 少なくとも十回、多い者では動けなくなってから十回、思い切り殴られたあとは呻き声とすすり泣く声だけが中庭に響いた。


 社護と呼ばれた老人はその様子を暫く眺めていたがやがて自らも歩み降りて子供たちの元へと向かった。


 気づいた子供が小さく息を飲むとその前に座り込みそっと背中に触れる。


 びくりと体を震わせて少年が顔を上げるとそこには慈愛に満ちた笑顔があった。


「今日よりそなたらはこの儂が面倒を見る。そなたらは我らの希望ぞ」


 その日はそれで終わった。


 何を望まれているのか、何をしていいのかも分からずに時間だけが過ぎて行き夜になった。


 子供たちは下人(げにん)による環視(かんし)の中、夜風に震えながら身を寄せ合って眠った。


 次の日から地獄のような訓練が始まることなど知る由もなく。


 なんの為に覚えるのかも教えられないまま子供たちは多くの事を学んでいった。


 勉学、武術、心を強くする鍛錬と称し一人を囲んで徹底的に否定する訓練、話術を鍛えるとして大人に向かって美辞麗句を並べる訓練、房中術……。


 満足の得られる結果を残さなかった者に食事はなく寝床も中庭のままで、逆によく出来た者は屋敷の中での寝食を許された。


 そうやって子供たちは次第に数が減っていったがその分一人一人の能力は研ぎ澄まされていった。


 そして三年が経ち時は満ちた。


 先代が逝去(せいきょ)し社護が翁社護を継いだのだ。


 翁社護(やしゃご)とは国主を持たないその国においての実質的な指導者だ。


 全ての責任を負える立場となった老人はいよいよ計画を実行に移した。


 集められた少年少女十四名はかつて百名ほどいた子供たちの名残だ。


 友殺しや家族殺しなど、大切な者への未練を断ち切り主にのみ忠誠を誓う試練を乗り越えた彼らは心身ともに立派に成長していた。


 いよいよ最初で最後の勅命が下される。


 外の世界を知らない子供たちには想像も出来ないことだったがそれは世界を半周する大移動であった。


「ものどもに命ず。ロデスティニアに渡り、我らが王の末裔を連れ戻すのだ」


 国家の格付けは歴史の長さであるといっても過言ではない。


 その国もかつては脈々と受け継がれた血による統治が成されていたがいつしか他国に侵略され途絶えてしまっていた。


 誇るべき象徴を失った彼らは文字通り奴隷となって数多の憂き目を見た。


 しかしふとしたことから彼らは遠い海の果てで我らが王族の血が今なお息づいていることを知ったのだった。


 彼らは再び誇りを取り戻さんとしてその痕跡を辿り世界に実力ある者を送り出していった。


 そして遂に痕跡の終着点を見つけた。


 大国ロデスティニア。


 先の大戦で彼の地の空に浮かんだセレスティニアこそ彼らの求める末裔の成した事であった。


 だがそれ以上の進展が見られなくなった。


 送り出した同胞が各地で暗躍していたことが世界の不興を買い国を出る事が難しくなったからだ。


 その余波なのかロデスティニアに送り込んだ同胞からも続報が途絶えてしまう。


 社護はこの事態の打開を待ち望んだが何も変えることは出来なかった。


 どんなに変装させようが金をばら撒こうが、国を出ようとした同胞は必ず捕まり送り返されてしまう。


 非正規の方法で海を渡ろうとすればたちまち沈められてしまう。


 世界の人々はそれほどまでに彼らの出国を警戒していた。


 この事態に先代の翁社護は高齢を理由にして諦観(ていかん)しささやかな老後の安寧を選んで隠居したのだった。


 社護は必ず自分が民族の悲願を果たさねばならないと焦った。


 何故なら彼もまた高齢でありいつ志半ばに倒れるか分からなかったからだ。


 故に彼には常に時間がなく、もしも自分が翁社護の後を継いだらすぐに動ける手駒を用意しておかねばならなかった。


 その集大成が、気運が、まさに揃った。

 

「先代翁社護(やしゃご)の残した罪よ。(なが)らく行方知れずとなっていた雨燕(あまつばめ)の精隷石を取り戻し、十数年前に彼の地へと送り込んだ(イカル)の報せを得たまでは良かった。だがどうだ。人の出入りを厳しく監視される我らがどうやって主をこの地に迎えられるだろう。鵤からの報せは途絶え、精隷石に宿る縮地法の力も移動先の魔導の流れを知らねば使えぬ」


「……では、いかに?」


「そこでそなたらよ。彼の地に渡り気脈を揺るがすほどの魔法を唱えるのだ。さすれば我がそれを感知し、辿る」


「恐れながら翁社護様。我らにそれほどの力は……」


「これを使え。義眼に見ゆるがこれもまた精隷石なり。持てば術者の魔力を大きく増やす。そなたらの魔力とて、我に届くものとなろうぞ」


「我らが主はこの地の記憶がありません。どうやって連れ戻すというのです? そもそも……どうやって我らはこの地を出れば宜しいのでしょうか……?」


「うむ、そなたらの疑問は(もっと)もじゃ。まずどうやってお連れするかだが、儂の代で成さねばならぬ理由がそこにある。我が魔法は幻惑。つまり我らが君にこの地の記憶を刷り込むことが出来る。この力を持つ者は稀じゃ。だから儂の命あるうちにやらねばならぬのだ」


「そんな……翁社護様はこれからも我らを導いてくださいます!」


「己が身は己がよく知るものぞ。次にどうやってロデスティニアに行くのかだが……これを見よ」


「地図……ですか?」


「うむ。大国ロデスティニアは世界で最も遠い場所にある国じゃ。間には大海原が広がっておる。だが上を見てみよ」


「ベステス大陸があります。東西に長く伸びた世界で一番大きな大陸ですが一年の殆どを雪と氷に閉ざされていると聞きます。……翁社護様?」


「……冬になると北の海には流氷が訪れ、やがてそれは地続きの氷原となる。そなたらはこれを渡り、西を目指すのだ」


 子供たちは絶句した。


 この国とて端から端まで歩けばかなりの日数を要する。


 そんな国が世界地図の上では(あやま)って垂らしてしまった水滴のような小ささだ。


 あまりに無謀な計画に皆が気まずさを感じて黙っていると一人の少年が不意に左目に指を突き入れて吠えた。


「な、なにをしておるか!?」


 これには流石の翁社護も驚いた。


 止める間もなく机の上に溢れた血が世界地図を濡らしていく。


 ようやく我に返った周囲の子供たちが支えてやると少年は痛みに震え真っ青になりながらも不敵に笑った。


 視神経の繋がった赤い物体を置き、声を振り絞って高らかに宣言する。


「……え、得難き大役、有難き幸せ! この使命、命に代えても成功させましょう。精隷石が義眼は俺が頂戴いたします。なくしては困る故、肌身離さず持つための()()を作り申した。御無礼、御免なれ!」


「……なんと、なんという忠義!」


「し、(しか)らば我も!」


「私も!」


「ははは……これこれ、やめぬか。同じ欠落を持つ者が何人もおっては怪しかろうて。ただでさえ我らは同じ刺青を施されておるというに。だが皆の意志、儂はしっかと受け取ったぞ! 決行は今年の冬とする。大詰めとなる故、(いとま)はないぞ!」


 元気よく応える子供たち。


 翁社護の目には嬉し涙が光っていた。


 想像よりも遥かに立派に育ってくれたものだ。


 彼らならば必ずややり遂げてくれることだろう。


 寒くなり、北の海が凍ると子供たちは犬ぞりと共に十余年を過ごした島国を発った。


 前人未踏の大地は過酷などという言葉では言い表せられないほどの猛威を振るってきた。


 はぐれないようにお互いを縄で繋ぎ合わせ、晴れ間を()ってただひたすら前に進んでいく一行。


 例えどのような風が吹こうとも、お役に立たんと奮起する彼らの内に灯る炎を消すことは出来なかった。

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[一言] 洗脳じゃないですかやだー
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