争乱の付け火10
メドネアの星たちは休憩を取っていた。
首都へは休憩なしで駆動四輪を走らせれば二日で着ける距離だが強行軍では疲弊した状態で開戦となるため充分な休息を取る必要があった。
二回目の休憩は到着時刻を逆算し日没後から深夜にかけて充分な時間が確保された。
侵攻は敵の行動力が最も鈍る朝が最適であると判断した為だ。
焚き火を前にしてシェザードとシュリは無言のままでいた。
二人は他の幾人かの構成員たちと共に定刻になったら起こすための一応の見張りを買って出たのだ。
うつらうつらとしていたリオンを寝かせ毛布でくるんでやるシュリ。
時折砂塵が吹きすさび、体を覆う砂除けの布にさざ波のような音を立てていった。
「どうなっちゃうんだろうね、これから」
最初に口を開いたのはリオンを見つめていたシュリだった。
そんなことを聞かれてもシェザードに分かるわけもなく返事が出来ない。
せっかく逃げだせた場所に戻るという愚行。
地理的にも大陸のほぼ中央にある首都において自分たちは文字通り袋の鼠だった。
自分たちは追われている。
安全といえる場所は唯一シュリの故郷であるユグナの里しかなく、そこへ行くには海峡を越えて隣の大陸に行かなければならない。
しかし船が出ている港町は既に中央官憲が先回りしているだろう。
ネイの誘惑魔法もなく殺人事件のせいでエルシカから人員を借りることも出来なくなったシェザードたち三人では乗り込むのは無謀だった。
どこかから密航船を出してもらうという点もあったが信用できない者と一緒に逃げ場のない船に乗るのは危険過ぎた。
だから頼れるのはもうネイと同じアシュバル人で古くからロデスティニア政府内に潜伏しているというイカルなる人物しかいなかった。
ただしイカルが助けてくれるという保証はどこにもない。
彼らが求めているのはアシュバル王家の末裔とされるリオンだけであり、指名手配犯として顔が割れているシェザードやシュリは邪魔者以外の何者でもない筈だからだ。
最悪シュリは重宝される可能性もある。
シュリの口ぶりではユグナの里は犯罪者となった彼でも温かく迎えてくれる信用があるようだし、イカルもアシュバルへリオンを連れて行くには一端落ち着ける場所が欲しいだろう。
だがシェザードには本当に何もなかった。
それが分かっていたからこそ口数も少なくなるというものだった。
「そういえばシェザってさ、ご両親とか、どうなの?」
「どうって……何がだよ」
「いや……ごめん。気分を害する話だよね。答えたくないならいいんだけど。こんなことになってさ、僕の里に逃げて、その後はアシュバルに行くつもりだったでしょ? そうなったら今後この国に入国するのは難しいだろうし、お別れの挨拶とかはいいのかなって。そもそもその……迷惑をかけてるかもしれないしさ」
「…………」
「もしかしてもう亡くなられてる? ごめん……」
「いや、生きてるよ。でも勘当されてっから、俺」
「勘当!?」
「ああ。田舎だからさ、勉強なんか鼻で笑われるわけよ。ビゼナルにはそういう古い考えの人間が多くてさ、俺の親もその中の一人だったってわけ。まあでも読み書き算数くらいなら金稼ぎにも使えるだろうって、そういうのを教えてくれる私塾の先生のところに通うのだけは許してくれたんだ。無償だったからな。先生は役人でさ、この国の識字率を上げるためにって各都市に遣わされた一人だったんだけど、俺のことをめっちゃ推してくれてさ、俺は首都に進学させるべきだって親を説得してくれたんだよ。もちろん親は大反対でめっちゃ怒って俺を私塾にすら通わせてくれなくなったけど。俺はこっそり勉強して、畑で採れたもんを売る時に覚えた算数で親の目をちょろまかして金貯めて、先生が推薦文書いてくれてそれでベインファノスに進学することが出来たんだ」
「それで……勘当?」
「ああ。育ててやった恩を忘れた親不孝者は二度と帰ってくるなってな。研究者って首都じゃ薄給扱いだけど地方農家の収入と比較すりゃずーっと裕福なのにな。そういう計算も出来ねえ奴らだったから俺も縁切って貰えて清々してるよ。だから迷惑かかってるかもとか、そんなん考えたこともねえや。だからそんな顔すんなよ」
「……ごめん」
「まあ、でも先生にお礼はしたかったな。つーか、研究者になって先生のところに報告に行くのは夢の一つだった。最難関って言われてるバイレルベインに入学出来たのは先生のおかげだしな。視野を広げるために文字の勉強を兼ねて文通をしてみよう、とか言ってエルシカと繋がるきっかけをくれたのも先生だしな」
「なんで二人に親交があるんだろうって思ってたけど、そういうことだったんだ」
「あ、話変わるけど俺アシュバルには行かねえぞ。あの国も入ったら出るの大変らしいじゃん」
「えっ、でも……」
「道中はどっか別の国に寄るだろ。そこでまた人生やり直すんだ。セレスティニアとか靄とか自律駆動とか、そういうのの謎を解き明かすのが夢だったけどさ、あれはセエレ鉱石の力です、なんて言われちゃあな。手に入るようなもんじゃねえし、もういいよ」
「それ本心?」
「しょうがねえだろ」
「リオンはどうするのさ」
「どうするって……何が」
「リオンは故郷に帰るわけじゃないんだ。いくらお姫様とはいえ知らない土地だよ。一人ぼっちは可愛そうじゃないか。一緒に行こうよ」
「一緒にって……お前リオンに付いて行ってアシュバルに行くつもりかよ? なんで? 里はどうするんだよ?」
「僕は最後まで責任を持ちたいんだ。ネイがやろうとしたことに最後まで」
「……一つ聞いていいか? 今更だけどお前ってなんであいつと一緒にいたんだ? アシュバル人とユグナ族の接点が見えねえんだが」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「聞いた気もするけど詳しくは聞いてないよ」
確かシュリが物々交換をするためにコランドロンの町を訪れて出会って意気投合し、一緒に本国で金を稼ぎたかったから海を渡って来たと聞いた気がするがそれはネイがアシュバル人であることを隠すための嘘だった筈だ。
普通に考えれば出会ったのは北の大陸で唯一諸国との交易船が出入りしている不凍港のランペールだろうが本人の口から聞いたわけではないのでそれは憶測でしかなかった。
憶測でしかないが出会った場所自体は正直に言ってどうでもよく、シェザードが聞きたいのはシュリが何故ネイと行動を共にするようになったかの真実だ。
シュリのような少数民族は自己の利益よりも一族の誇りを大切にするものだ。
しかしアシュバル人と結託して指名手配犯となったにも関わらず彼が民族の名を穢した事を悔いている様子はなかった。
ネイがアシュバル人であることをシュリ以外のユグナ族には明かさなかった可能性や、シュリがネイと行動を共にすることを里の誰にも言わずに出てきてしまった可能性なども考えられるがそうだとしたら里を頼ることは躊躇する筈だろう。
一切の葛藤がなく遺志を継ごうとさえしているシュリの姿勢からシェザードはネイがユグナ族が一丸となるような利益を提示する取引をしたのだと考えていた。
「聞きたいならいくらでも話すよ。他にやることもないしね」
焚き火に薪をくべながらネイとの出会いを語り出すシュリ。
それは半年前の冬の日の事だった。
父親と共に狩りに出ていた彼は雪の中で死にかけていた少女を見つける。
その少女は信じられない程の狂気に満ちたとある民族の業そのものであった。