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SKYED11 -シェザード編-  作者: 九綱 玖須人
争乱の付け火
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争乱の付け火8

 エルシカに呼ばれ大広間に入るとシェザードたちは寝不足の幹部たちの前に立たされた。


 疲れが色濃く見えた顔だったが瞳には白熱した議論がまとまった後の穏やかさが宿っていた。


 それを見てシェザードは彼らが予定よりも早く首都に攻勢を仕掛けようとしているのだと確信した。


 そもそも時間が経てば経つほどに窮地に立たされる彼らにはそれしか道が残されていなかった。


「シェザード、飛行船は北には飛ばさない」


「……なんだって?」


 だがエルシカの決断はもっと辛辣(しんらつ)だった。


 シュリとリオンと三人で決定した方針が早速(くつがえ)されたシェザードは瞬時に難色を示した。


 しかしその反応は想定済みだと言わんばかりに深々と頭を下げるエルシカ。


 裏切られたような気分だがそれは当たり前と言えば当たり前の流れなのかもしれなかった。


 飛行船は世界でもまだ十隻もなくロデスティニアでは法律により存在する筈のない乗り物だ。


 それを飛ばす目的は敵である中央政府の目を引き付ける事でありそれには飛行船の目的が分からないことが前提だった。


 しかし直近であのような事件が起きた後に船を運用すれば人々は必ず関連付けて考えるだろう。


 中央官憲の捜査官が事件に絡んでいることからも政府には報復行動であると捉えられるのは必須だった。


「悪く思わないでくれ。首都攻略に飛行船の直接の働きが不可欠になったんだ。鉄道は使わずに主軸を四輪駆動に置くことが決まってね。列車はもう使わない。二日もかかってしまう上に歩兵しか送り込むことが出来ないからね。元は強襲する手筈だったからむしろその方が目立たなくて良かったが……。でもシェザード、首都へ向けて大挙する四輪駆動など異常以外のなにものでもないだろう? 闇夜に紛れて近づいたとしても音が警備に引っかかってしまう。そこで……」


「飛行船で空から援護するってか。そりゃあいい考えだな。(もや)を回避しようとしていたのが不思議な名案だと思うぜ」


「……高く飛び過ぎればあの(もや)の引力に飲まれてしまうかもしれない。かと言って低く飛べば地上からの攻撃を受ける危険性がある。首都にはまともな対空兵器なんかないだろうが万が一にでも水素に引火したら大惨事だ。気球を飛ばした事例すら殆ど無いのにましてや新兵器で靄の下を飛ぶのは不確定要素が多すぎるんだよ。でもそうも言っていられなくなった。我々には時間がない。……友よ、理解して欲しい」


「新発明、な。してるさ。言ってるじゃん、いい考えだって。俺らとの約束を(ないがし)ろにしてるって点を除けばな!」


「誰のせいだと思ってるんだ」


「あ?」


 誰かが口入(くにゅう)してきたので鋭い視線で見回すシェザード。


 声の主は分からなかったが皆が冷たい目で三人を見ていた。


 エルシカを矢面に立たせて自分たちは有象無象(うぞうむぞう)であり続けようとする卑怯な大人たちに対して軽蔑を隠せないシェザードだったが指摘は(もっと)もだった。


 自分たちさえ来なければ準備期間をしっかりと取ったメドネアの星は当初の計画通りビゼナル近郊の遺跡に向けて飛行船を飛ばし、中央の目がそちらに向いている隙に首都に入り込んで革命の旗を掲げたことだろう。


 その計画を台無しにしてしまったのはシェザードたちだ。


 元より立場は不平等で、エルシカはシェザードたちを(かくま)う事と飛行船の進路を変えてユグナの里へ連れて行ってくれる事を約束したのに対しシェザードは首都の地下迷宮の地図の一部しか提供出来ていなかった。


 同志たちの士気を高める為にかエルシカが大仰に歓迎してくれたことで有耶無耶(うやむや)になっていたが約束を一つ反故(ほご)にされた程度で抗議出来るような身ではない。


 (かえ)って多くのメドネア市民を犠牲にしてしまったので私刑に処されても文句は言えないだろうに、今こうしていられるのはエルシカが友と呼んでいるからという、それだけの理由だとシェザードも解っていた。


 しかしやるせなさが募る。


 勝手知ったる故郷のビゼナル方面ではなくメドネアに逃げたのは先回りしているであろう捜査官たちの裏をかくためであって、こんなことになるならばネイの誘惑魔法を頼りに正面突破を図った方がまだましだっただろう。


 後手に回った今からでは再びデルヤークに戻ることなど叶うはずもなく、メドネアから北へは高低差の激しい荒れ地が広がっているので線路が敷かれているどころか四輪駆動が走破できる道すらない。


 八方塞がりとなったシェザードは苛立ちを隠せずにいた。


 苛立ちの中には自責の念も含まれていた。


 メドネアへ行こうと言ったのはシェザードであり、自分が提案しなければネイは死なずに済んだのではないかとずっと考えていた。


 その問いが誰かの口から発せらせることが怖くて皮肉交じりにエルシカの不義を責めた。


 責めれば責めるほど一番の卑怯者は自分ではないかと自分に責められながら。


「よさないか。誰のせいでもない。仲違いこそ敵の思う壺だろう。シェザード、償いは最大限にするつもりだ。舗装こそされていないがトコーへはティグラル街道を行く手がある。馬と食料を提供しよう」


「馬なんか乗ったことねえよ。それに俺が中央官憲なら真っ先にトコーは抑える。北の大陸に渡れる唯一の港町だからな。だからどんな手段で行こうがもう俺たちは奴らが悠々と待ち構えているところに阿呆面(あほづら)引っ()げて行くしかねえってわけだ。最高だよな」


「…………」


「……シュリ、リオン」


「ん?」


「…………」


「悪い。やっぱ頼るしかねえかもな」


「ああ……うん。もうそれしかないだろうしね。僕は君に任せるよ」


「わたしも。シェザードにまかせる」


「頼る、とは?」


「……知り合いにな。だから橋渡ししてやるよ。お前らと昔の革命家たちをな」


 イカルのことはエルシカには言えなかった。


 だからシェザードは自分の借家の大家である老人たちとエルシカを合わせる仲介をすると提案したのだ。


 どの道メドネアの星は彼らの存在を必要としている。


 彼らが巻き込まれることが必定なら少しでも円滑に事が進むよう計らったほうが良いだろう。


 イカルに頼ることを反対していたシェザードが意見を変えたことにシュリとリオンは抵抗しなかった。


 シュリはもともとその意見だったし、メドネアの星の援けが得られないならもうそうするしかないからだ。


 火事場に戻る放火魔のようで非常に危険な賭けではあるが、自分たちを追っている中央官憲が首都にいないことは不幸中の幸いだ。


 シェザードの提案にエルシカは黙って席を立ってシェザードの手を取り、大人たちは当然の償いだと冷ややかにその光景を見守っていた。


 かくして中央への反乱は慌ただしく始まった。


 寝耳に水の蜂起(ほうき)に一般のメドネア市民たちは騒然となったが別動隊が電話交換局と駅を占領したことで騒動が外部へと漏れることはなかった。


 一部の敵や中立の官憲たちも星に味方する官憲たちが制圧したので背後の心配はない。


 ロード邸の広い敷地には次々に構成員たちが集結し、この日の為にこっそりと買い集められていた武器弾薬の蔵が解放されていった。


「空を飛んだという罪で私の両親が殺された時、この国の自由は死んだ! 中央に得がないという理由で我々の生活が蔑ろにされた時、この国の民主主義は死んだ! 中央と、それに媚びる恥知らずだけが利権を貪るこの腐った政治! この政治に今こそ革新をもたらす時が来た! まずはバルドー公を解放する。正しい我らの行いは世の人々に多くの勇気を与えることだろう! だからメドネアの星たちよ、恐れるな! 誇れ! 特権という(もや)を切り拓き、この国の人々に青空を見せる事が出来るのは、我らなのだ!」


 結集した構成員たちの前で決起の檄を飛ばすエルシカが拳を突きあげると鬨の声が空気を震わせた。


 集められた四輪駆動が一斉に動き出し、その後ろで巨大な白い楕円が浮上する。


 昼頃にメドネアを発ったエルシカたちが首都ベインファノスに到達するのは休憩も挟んで三日後の日も暮れた後になるだろう。


 つまり首都の人々は約百年ぶりに夜に星を見る事になるのだ。


 地上部隊は先発隊と後発隊に分かれ、シェザードたちはエルシカの部隊に加わり案内役として混乱に乗じ地下迷宮に潜り込む算段だった。


 ある意味でこれで良かったのかもしれなかった。


 (ほろ)付きの荷台で揺られながらまさかの出戻りとなったシェザードは運命を肯定していた。


 自分たちが上手くいっていればもしかしたら知人たちは何も知らずに革命に巻き込まれていたかもしれないのだから、と。

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― 新着の感想 ―
[一言] 飛空船で行けてしまうと楽すぎるので落ちたりして陸路を行くとは思っていましたがまさか出戻ることになるとは…
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