争乱の付け火7
しかしイカルの性別すらも分からないというのにシュリはどうやって会うつもりなのだろうか。
それ以前に近いうちに飛行船に乗せてもらいユグナの里へ一直線に飛んでいくのだから寄り道することなど出来るわけがない。
イカル自身も政の中枢にいるような立場なのだからそうそう身動きが取れないだろう。
会う事も、会いに来ることを望むことも難しい同士ではないか。
まさかエルシカたちと共に首都に舞い戻ろうという考えならシェザードは断固反対する意向だった。
今回の件でも痛感したがどこで何が起きるか分からない以上一刻も早く為政者たちの手の及ばない里に逃げるという方針は曲げてはいけない。
ならばイカルが里へやって来ることを期待するしかないがそれは相手任せすぎやしないだろうか。
合流に懐疑的なシェザードにシュリは持論を述べてみせた。
「考えてみたんだけど、目が送られて来たのは警告のつもりなんかじゃないと思うんだ。きっとイカルも魔法の力を感じ取れる魔法使いなんだよ。その証拠にイカルは僕らの居場所を簡単に特定したでしょ?」
「アシュバルのお偉いさんと同じことがイカルにも出来るってことか?」
「うん。きっとそうなんだよ。優秀な人材じゃなきゃそもそも他国に潜り込む人員として選ばれないだろうし」
確かにネイはベインファノスからメドネアに至るまで何度か誘惑の魔法を使っていた。
それが偶然にも点々とイカルに居場所を教えることになっていたのだとしたら辻褄も合う。
しかしロード邸にネイの義眼をもたらしたのはいなくなった副隊長とやらであることは明らかだ。
イカルがその者に託したというのであればその行動は極めて不審であり仲間の官憲を置き去りにした罪とも相まって尋問は必須だろう。
そもそもその副隊長には大量殺人の疑惑もある。
ネイの同胞であるイカルの関係者であればその行動は全くもって不可解であるし看過できないことだ。
誰にも気取られずに人を殺すことが出来るのなら誰にも気取られずに自分たちに接触してくることのほうが容易いだろう。
イカルは存在が不透明ながらもネイと同じ目的と持つ者として理解出来るが、その橋渡しをした男は中央官憲という明確な存在であるのに行動が理解できずそのせいでシェザードはイカルを頼ろうとすることそのものに抵抗を感じていた。
「でもきっとアシュバルの偉い人に比べるとイカルはあまり遠くの魔力を感じる事が出来ないんだと思う。だから魔法を使わずに一気に離れるのはよくないかも」
「どういうことだ?」
「ネイは僕の里であの目を使って凄い火を出してみせたことがあるんだ。辿り着いた合図だって言って、魔法の感知の話を聞いたのもその時なんだ。でもアシュバルよりずっと近い場所にいたはずのイカルからは何の反応もなかったからイカルにはその力がないと思ってた。僕らが傭兵商会を使ってこの大陸に渡って来た時だって、国の中枢に潜り込んでいるなら網を張っておくことだって出来ただろうに」
「それが事実ならやっぱり魔法を感知できてねえんじゃん。普通に考えりゃ気づいたのは指名手配書の顔を見てって流れだろ」
「それだけなら何でこの家にいるって特定して目を送って来られたのかの説明がつかないでしょ? 送った先が間違ってたら捨てられちゃうかもしれないのに」
「それは……エルシカの親父さんたちがやらかした時から官憲に目を付けられてたって考えれば不思議じゃないと思う。指名手配犯が逃げ込むならここだって目星を付けられててさ。いくら田舎の事だからって言っても中央が不穏分子の存在に気付いてすらいないなんてことは考えにくいし。今までは大した組織じゃないと思われて放置されてただけだったんだよ」
「君は否定ばかりだね。いいよ、本人に聞いてみれば分かることだもの」
「聞くってどうやって」
「決まってるでしょ、エルシカたちが……」
「駄目だろ。エルシカたちと一緒に首都に戻るって? 抜け出すのにあれだけ苦労したのをもう忘れたのかよ?」
「戦ったのは僕だし逃げられたのはネイの魔法のおかげじゃないか。別に苦労ってほどでもなかったよ」
「その魔法がもうねえだろうが。いいか? 俺らにはもうイカルとの接点はねえんだよ。あんたも俺も、イカルにとっちゃ関係ない存在だ。用があるのはもうリオンだけなのに、わざわざ指名手配犯の俺たちと行動してくれると思ってんのか?」
「だからセエレの義眼で交渉するんじゃないか」
「……交渉?」
「そうだよ。あれはネイたちがアシュバルを出る時からずっと大事にしてきた目なんだ。それこそ命よりも大切に、大切にね。シェザはネイが二つも義眼を持っていて疑問に思わなかったかい? あれは別に予備とかじゃなくて、文字通り王家の末裔を発見する鍵になるからって託された大切なものなんだ。もしかしたらイカルもアシュバルに届くくらいの魔法を使おうとしたら必要になるかもしれないし、持っていて損はないはずだ」
「……ああ、それでさっきすり替える絶好の機会だとか言ってたわけか」
神妙な顔で頷くシュリにシェザードはほんの少しだけ嫌悪感を感じていた。
敷布をかけられたネイの血まみれの頭部をまさぐり義眼を手に入れた時は無意識に死した友人の形見を求めたのだろうと思っていたがまさかこの事を考えての行為だったとは思ってもみなかったからだ。
親友と呼べるほどに仲良しだと思っていたシェザードはネイが不憫に思えた。
そして温厚で受け身姿勢のこの優男に対する認識を変えなくてはならないと思った。
「……そんな大切なもんなのによくあの時放置して逃げたよな」
「あの時? ああ、そんな言い方しないでよ。あの時は自律駆動が動いてて回収出来なかったんじゃないか。君なら出来たとでもいうのかい?」
「いや、そうだな。わりい。あの後気にする素振りとかが見えなかったから、つい、な。あー……目をすり替えるのは簡単だと思う。たぶんエルシカの部屋にあるしな。でもすり替える件に文句はねえけどベインファノスに戻るのは反対だぜ。そんな事しなくてもお前はユグナ族なんだからイカルだってユグナの里に逃げようとしているって見当つけてなんとかするさ。なあシュリ、今の俺たちに本当に必要なのは本物の安全地帯だぜ。じゃなきゃ……ネイの今までの頑張りが無駄になるだろうが」
「…………」
「わ、わた、私もそれがいいと、思う」
「ほら、魔法使いの御姫様もこう言ってるぜ」
「えっ……うう……」
「ふふっ、なんだいその言い方。……分かったよ目的地の変更はなしだ」
「どうも。つーか自分で言っといてあれだけどこいつがお姫様って無理あるよな。食い意地汚ねえし痩せっぽちだし。あ、痩せっぽちだから食い意地張ってんのか」
「う……うう」
「女の子にそういうこというのは駄目だよ、シェザ」
方向性を固めあった二人が使用人の目を盗んでエルシカの部屋に潜り込むと案の定彼の机の上には無造作に置かれる小箱があった。
中のセエレ鉱石と義眼をすり替えた二人は何食わぬ顔で部屋に戻りエルシカの帰りを待った。
暫くして戻って来たエルシカは、集団火葬だったため判別が出来ずネイの遺骨を持ってくることは出来なかったと頭を下げた。
無念そうなエルシカにシュリは形見ならもうあるからと言い逆に気遣いに感謝した。
その夜、シェザードたちは気を使われてかお呼びがかからなかったがエルシカは大人たちと夜通し会議をしていたようだ。
何故それが分かったかというとシェザードも夜通し起きていたからで、リオンの寝台からは声を殺してすすり泣く気配が続いていた。
明け方近くになると泣きつかれたのかリオンは眠ったようだがシェザードがいつの間にか寝てしまうことはなかった。
昨日と同じ部屋だというのにまるで別の場所に来てしまったかのようで、変わってしまった世界の物足りなさが酷く胸をざわつかせ居心地が悪くてならなかった。