争乱の付け火4
来る日も来る日も訓練ばかり。
どんなに射撃の技術が優れていようが誇るなと軽んじられてきた。
自分の居場所はここではないと鬱屈した感情を抑えて演習に臨む毎日。
そんなクロフォードの前に現れたのがルアド・マーガスだった。
マーガスら中央官憲の捜査官は時折凶悪な犯罪者とも対峙する。
最悪の場合には発砲の許可も下りるというが捜査班の中には銃の扱いに長けている者がいなかったそうだ。
近年は犯罪者たちの動きが活発になってきており組織の再編を図ろうと思っていたところ適任を見つけたと説明された時のクロフォードの喜びは言うまでもない。
既に上には話をつけてあるという言葉を鵜呑みにした彼は簡単に見切りをつけてその日から捜査官となった。
転属してすぐに事件は起きた。
首都近郊の十七号遺跡で自律駆動が大量発生し学生が襲われたというのだ。
ただしその事件は後に事故ではなかったことが分かる。
怪しい男女の傭兵と襲われた学生を重要参考人と定めた捜査官は逃げる彼らにある確証を持っていた。
マーガスの推理では彼らは中央監獄に収監している革命家スタン・バルドーに与している可能性が高いという。
それを裏付けるかのように学生は全寮制であるにもかかわらず貧民街に居を構え、調べるとそこの大家は過去に政治犯として二度の逮捕歴がある人物だった。
指名手配した学生たちは北部行きの駅がある北区にて爆発事故を起こし混乱に乗じて列車に乗り込んだ。
マーガスは、奴らはデルヤークに着く前の減速時点で列車を降りて逃げるに違いないとクロフォードにだけ相談した。
君なら犯人たちを発見することが出来る、と単独任務を与えられたクロフォードはいよいよ自分の実力が評価される日が来たのだと奮起した。
しかしいくら望遠鏡を覗こうとも何もない荒野には人影すらなく、列車は群衆と張り込みの官憲が大挙するデルヤークへと到着してしまったのだった。
列車から降りてくる人々の中には乗り込んだはずの学生たちはいなかった。
初めての任務は失敗に終わった。
マーガスはクロフォードを責めなかった。
ただ一言、訓練と現実は違うということだな、と漏らした。
失望されたという屈辱が深く心に突き刺さる。
圧倒的大多数の目が合ったデルヤークと自分がたった一人で見張っていた郊外とでは自分が取り逃した可能性のほうが高いと思われても仕方がなかったが、マーガスが叱責しなかったことで釈明の余地すらなく期待されていることを鼻にかけて高飛車な態度を取っていたクロフォードはあっという間に捜査班の中で孤立してしまったのだった。
そんな彼がメドネア行きに志願したのは自然なことだった。
マーガスは彼の志願を快く受け止めた。
大多数の者たちには指名手配犯はビゼナル方面に逃げたはずだと話していたマーガスは、再び彼にだけ犯人はメドネアに逃げたはずだと囁く。
メドネアには以前から反政府組織の不穏な噂があり、あまり刺激したくないので少数精鋭が好ましいという判断だった。
囮として表に立たせるのは見るからに無能そうな地方官憲の二人組だった。
彼らは初動の失態があり独自捜査で動き回っているという設定だった。
その陰で暗躍する者として抜擢されたのがクロフォードと副隊長のミゲルだ。
その筈だったのにミゲルは行方不明になり、仕方なく捜索に繰り出した街中で全く想定していなかった事態に巻き込まれた。
暴徒の襲撃を受けたクロフォードはグレッグを置き去りにして一心不乱に逃げた。
観測手としても狙撃手としても優秀な彼は何者にも代えがたく、万が一危険に晒された時はたった一人でも逃げ延びなくてはならなかったからだ。
逃げ込んだ鐘撞き塔の階段を駆け上がり一息つく暇もなく震える手で分解された狙撃銃が入っている箱を開ける。
狙撃銃は流石に一般市民のいる前では法律上箱に入れて鍵をかけて管理しておかねばならない代物だった。
箱の中には愛用の銃と一緒に封書が入っていた。
それは緊急の際に発砲を許可する旨が記されたマーガスの銃使用許諾書だ。
発砲した場合には責任が所属長であるマーガスにも及ぶため切り札のようなものだ。
クロフォードは封書を服にねじ込むと手際よく銃を組み立て照準器で現場を覗いた。
「嘘だろ……嘘だろ……」
恐ろしい事が起きていた。
さっきまで一緒だった老官憲が燃やされていたのだ。
もはやここは地獄だ。
頼るべき駆動四輪も壊れ、生きてこの町から脱出する望みがないことに絶望したクロフォードはうずくまって声を殺しながら叫んだ。
自分はただ正当な評価を得たかっただけなのに。
悪を誅する正義の引き金を引く冷静沈着な英雄に自分はなれないままこの若さで死んでいくのか。
それも市民の手によってあんな残酷に。
無能な二人組と一緒に、作戦遂行も満足に出来ない無名の無能としてこの世から消えるというのか。
頭を抱える彼の視界の端に映ったのは銃弾の箱だった。
このままで終わりたくなかった。
縋るように箱を開けたクロフォードの手が止まる。
中に入っていた弾が自分のものではなかったからだ。
「軟頭弾……?」
それは軍隊では使用していない殺傷能力の高い銃弾だった。
着弾すると鉛で覆われていない弾頭が花開くように変形し被弾箇所を炸裂する効果を持つ。
官憲の装備項目には入っているものの元軍人の自分は手に馴染む貫通弾を敢えて準備していたはずだ。
もしかしたら間違えて持ってきてしまったのかもしれないが逆にこの状況ではありがたかった。
「やってやる……やってやるぞ。連中の要をやってやる……! どいつがここの首領だ……? くそ……分からねえ。そもそもこの場にいるのか? くそっくそっ……。駄目だ……落ち着けよ……!」
狙撃兵としての癖でとりあえず高い所に逃げたは良いがクロフォードにはエルシカの顔も分からなければメドネアの星の構成員も分からない。
事前に聞いていたのは逃げた四人組のうちの指名手配犯の三人の特徴だけだ。
そこへ駆動四輪がやってきた。
降りて来たのは金持ちそうな少年と件の指名手配犯たちだった。
クロフォードの中ですぐさま成すべきことが決まった。
この場で一人仕留め、混乱に乗じて危険地帯から移動するのだ。
それを繰り返し脱出の糸口を見つけるのが最適解だろう。
生きて帰り、反政府組織の存在を報告して英雄にならなくてはいけなかった。
「焦るなよクロフォード、好機はそう訪れない……。一発に込めろ。隊長の言葉を思い出すんだ。指名手配犯で生死を問わないのは一人だけ。あいつは重要参考人……あいつは北側の権益に利用できる……。殺ったら俺の伝説に傷がつく……だから殺るべきは……」
独り言を呟きながら背中を向けている人物に狙いをつける。
その露出した背中の向こう側にある心の臓を貫くために。
「こいつだ……」
轟音が鳴り響き空の薬莢が落ちた。
銃弾が正確に対象を撃ち抜いた事を確認した狙撃手は静かに次弾を込めると止めの引き金を引いたのだった。