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SKYED11 -シェザード編-  作者: 九綱 玖須人
争乱の付け火
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争乱の付け火3

 時は少し戻る。


 帰って来ない副隊長のミゲルを探しにメドネアの町へと駆動四輪を進ませたオブゲンたちは早朝にも関わらず町が騒がしいことに気づいた。


 朝市などの喧噪(けんそう)ではなく人々の表情はどこか険しい。


 軍から引き抜かれたばかりのクロフォードは面倒事は避けるべきだと反対したが、巡査歴の長いオブゲンはいつものように困っている者を助ける立場として当然の行動をしてしまった。


「どうかしましたか?」


 駆動四輪を端に止め、任せておきなさいと柔和な笑みを浮かべて降りていくオブゲン。


 管轄外かつ反政府組織が牛耳っているかもしれない町の揉め事に首を突っ込むのは得策ではなかったが、長年大した事件を処理したこともない巡査部長と新人、そして軍から引き抜かれたばかりの青年ではそれを判断出来るはずもなかった。


 怪訝な顔で出迎える町人たちが答える。


 最悪の状況が刻一刻と迫っていた。


「誰だあんた……!? 観光客には関係ない事だ!」


「殺しだ! ちっくしょう……」


「殺し? ええと実は私、南ベイン所轄のベンジャミン・オブゲンと申します。巡査部長です。ここの所轄の方はどなたか来ていますか? 何か協力出来るかもしれません」


「なんだって!? ……官憲? 南……ベイン?」


 ざわつく一同。


 南ベインとは文字通り首都ベインファノスの南の地域のことだ。


 首都そのものの管轄ではないので(くく)りとしては地方官憲であり当然ながら中央官憲との接点はない。


 しかし地方民にはその区別など出来なかった。


 中央で政治犯の少年が仲間と共に逃亡し指名手配を受けた話は誰もが知るところとなっている。


 そんな折に現れた官憲が中央の名を名乗れば区別のつかない地方民は安易に知っている情報を繋ぎ合わせてしまう。


 殺された同胞の家族、犯人の見えない共謀者の姿、そしてメドネアの星の敵である中央から来た犬。


 もしも事件に関わっているのならそんな者が堂々と現れるはずもないだろうに、人々は手掛かりを見つけたとばかりに目の色を変える。


「どうしたんだ……? なんか変だぞ?」


「……まずい……逃げろ!」


 車内から様子を(うかが)っていたクロフォードが叫んだ。


 町人たちの目が明らかにオブゲンを敵視するそれだったからだ。


 だがもっと上手くやれば穏便に済んだかもしれない。


 危険を知らせる声が結果的に彼らの心の(かせ)を外してしまったのは皮肉だった。


 仲間の方を向いた老官憲に飛び掛かり地面に倒して拘束する市民。


 度肝を抜かれたオブゲンの頭上で人々が口々に叫んだ。


 こいつらが犯人だ、エルシカに報せろ。


 街は瞬く間に狂気に包まれていった。


「オブゲンさん!?」


「不味い……奴らこっちにも来るぞ!」


「何してるんだ、よせ! オブゲンさんを置いていく気か!?」


「言ってる場合か!?」


 大勢にのしかかられ苦しそうに顔を紅潮させるオブゲンを見捨てて逃げるわけにはいかない。


 駆動四輪を起動させようとしたクロフォードの手を必死に止めるグレッグ。


 しかし逃すまいと襲い掛かる町民たちが言い合いをする二人目掛けて一斉に走り出すとクロフォードはグレッグを殴りその隙に動力を起動させた。


 車体は勢いよく加速したがそれによって制動を失い、鉄の塊は立ち塞がる人々を跳ね飛ばして壁に激突した。


 辺りはあっという間に地獄と化した。


 地面に転がってゆっくりとのたうつ仲間に(すが)り泣き叫ぶ者、駆動四輪と壁に挟まれて苦悶の声を上げる者を何とかして救い出そうとする者、そして凶行に及んだ犯罪者を引きずり出そうとする者たちの怒声が渦を巻く。


 グレッグ達も半狂乱となって必死で椅子に掴まり耐えるが棒で突かれ血だらけになっていった。


 加速板を踏んだままだったせいか獣の(うな)り声のような異音を立てていた動力部が出火して煙を吹くと一瞬だけ暴徒が驚いて後ずさった。


 クロフォードはその隙を見逃さなかった。


 短銃を抜き放ち大声で叫ぶと自身の愛用の長身銃の入った箱を担いで逃走を図る。


 追ってくる者たちを自慢の腕前で撃ち抜き振り返えりもせず小路へと消える。


 後に残されたグレッグが殴られた衝撃から目を覚ますといつの間に引きずり出されたのか地面に転がる自分を悪魔の形相で見下ろす人々が取り囲んでいた。


「犯人を捕まえたぞ!」


「まだだ、一人逃げた!」


「いや、一人どころじゃないぞきっと……。おいお前、共謀者の名前を言え。この町の誰と繋がってる? 答えないと容赦はしないぞ」


「……何のことだか分かりません」


「こいつ……!」


 無理やり起こされたグレッグは殴られて再び砂を噛んだ。


 棒で突かれた全身が鈍く痛んで立つこともままならない。


 怒りのままに蹴られるグレッグを見てオブゲンが懇願した。


 人々の注目を一身に集め、這いつくばったままの老人は自分の知っていることを精一杯に話した。


「わ、私は南ベイン所轄のベンジャミン・オブゲンです……。その子はグレッグ・ハンマヘッド、新人です。私たちはあなた方のいう殺人には関与していません。誰とも共謀していません……」


 背中を勢いよく踏まれ、うーっと息を(こぼ)すオブゲン。


 そんなことを聞きたかったわけではない人々は怒り心頭だ。


 目の前で仲間を傷つけられた彼らの感情からは容赦の言葉は消え失せている。


 何かを指示された町民が去っていき、今度はグレッグに矛先が向いた。


「おい、新人官憲。お前の上司はしらを切り通すつもりらしい。だがお前ならちゃんと答えるよな?」


 先ほどの町人が戻ってきて携行缶に入れられた液体をオブゲンにかけた。


 すでに抵抗する力も残っていない当人より、その匂いを嗅いだグレッグが金切り声をあげた。


 それは駆動四輪などの動力に使われる発火性の高い軽留油(けいりゅうゆ)だった。


 脅しにしても洒落にならない行為にグレッグは力の限り叫んだ。


「やめてくれっ! 言うから! さっき逃げた奴は中央官憲だ! クロフォード! あともう一人いる、ミゲルっていう男だ! 昨日から帰って来てない! あいつだ、殺しはきっとあいつの仕業なんだ!」


「そいつは今どこにいる?」


「え……?」


「とぼけるなよ。聞いてるんだ」


「し……知らないよ……」


「……そうか」


 しゃがみ込み顔を覗き込まれたところで知る由もない。


 聞きたいのはグレッグも同じだった。


 本当に心の底から正直に言っているのにどうして信じて貰えないのだろう。


 (さげす)み立ち上がる男がこれから何をしようとしているのか察した時グレッグの全身に鳥肌が立った。


「やめろやめてくれ本当なんだ頼む。だから俺たちも来たんだ、探しにミゲル、本当だ。知らないんだよ嘘じゃないんだ」


「甘く見られたもんだな」


 ()られた煙草用の小さな火種がオブゲンの上に落ちると一瞬で炎が巻き起こった。


 二人の絶叫と同胞の復讐を果たした人々の鬨の声が重なり興奮が最高潮に達した。


 教会の鐘突き塔の上に逃げ込んでいたクロフォードは組み立てた愛用の狙撃銃でその様子を眺めながら観念する。


 きっとこの町からはもう生きて出ることは出来ず、自分は何の名声を得る事がないままみすぼらしく(なぶ)り殺されるのだと。

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― 新着の感想 ―
[一言] やってしまいましたね。集団心理って怖い……
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