争乱の付け火2
大人たちの不穏な眼差しに警戒し眠れぬ夜を過ごしたはずのシェザードたちはいつの間にか眠ってしまっていた。
長椅子から飛び起きたシェザードは周囲を見渡すと両手で顔を拭いて不覚を恥じた。
とりあえず何事もなく朝が来たようで日の光が爽やかに窓から差し込んできている。
きっと、今日も良い天気になることだろう。
本来は男女に分かれて部屋をあてがわれていたが念のため一室に固まっており見渡す範囲に3人がいるのが見える。
シュリは落書きされた顔がそのままに、シェザードが寝落ちする前と殆ど変わらない姿勢で行儀よく寝息をたてていた。
一方、二人で一緒に寝ていたネイとリオンはお互いに寝相が良くないらしくネイは足だけ寝台にあって背中が床に落ちているしリオンは枕を包み込む形で丸まって寝ていた。
三者三様の緊張感のない寝姿に少年は大きく溜め息をつくのだった。
シュリとネイは性格をそのまま体現したかのような寝相だがリオンのそれは意外だった。
最初に出会った時に棺の中でまっすぐに寝ていた姿が強烈に脳に焼き付いているからだ。
だがそれを思い起こすと同時に彼女の幼い裸体まで思い出されてしまい少年は一人で赤面した。
誰が見ているわけでもないのに取り繕う様は見られていたら逆に最も恥ずかしいに違いない。
「おい、お前ら起きろよ。おーい……」
返ってくる言葉はない。
シェザードは何となくネイを見下ろす場所に歩を進めた。
案の定彼女は服の裾がまくれていて乳房の下半分が見えてしまっていた。
彼もまた男子であり、少しばかり捻くれてはいるがそれを期待するくらいには健全だということだろう。
「苦しくねえのかよ、その寝かた」
「ううーん……」
「……ち、ちち見えてんぞ」
「触りたい?」
「!?」
話しかけると身もだえするネイに自身の中で精一杯の過激な言葉を投げかけてみたシェザードはネイから鮮明な返答があったことに飛び上がるほど驚いた。
いつの間にか薄目を空けていたネイは悪戯を思いついた時のような顔で狼狽する少年を見上げていた。
「お、起きてんなら起きてるって言えよ!?」
「いやあどうしてくるのかなーって思って。でもごめんねえ。シュリに先に触らせてあげる約束してるから」
「し、してないよ!」
「あっ、お前も起きてたのかよ!」
「シェザが動いた気配で起きたんだよ! おはよう!」
「お、おお!?」
慌てて飛び起きたシュリとシェザードの青臭いやり取りを見てからからと笑うネイ。
その後なんとかリオンも起こし、寝起きのリオンがシュリを見て笑ったことで落書きがばれるのだった。
朝飯までまだ時間があるということで4人は今後について話し合った。
昨日の緊急会議の内容は朝餉を囲む席でエルシカに聞くとして、期日まであと5日という猶予は短いようで長かった。
それまでに中央官憲がメドネアに調査に来ないとも限らないが対処は既にエルシカたちに委ねている。
つまりやる事がないのだ。
「外を出歩いたらそれこそ迷惑がかかるかもしれないし、この屋敷の中にいるのが賢明だよね」
「私としてはせっかくだから眼を回収しておきたいところなんだけどなあ。どうしようかしら」
「せっかくだからって……そういえばお前、あれセエレ鉱石なんだろ? なんでそんなに扱いが雑なんだよ?」
「別に雑に扱ってるわけじゃないわよ。ただもうあれにこだわる必要がないだけ」
「どういうことだよ?」
「あの眼の役割よ。話したかどうか忘れたけど、実はセエレ鉱石って魔法使いが使うとその中に秘められた魔法の力を発揮できるの。私たちがあれを託されたのは道をつくるため。で、それはもう終わったってわけ」
「魔法? 道? もうちょっと分かりやすく話してくれよ」
「これ以上どうするってのよ? あの眼に込められている魔法は増幅の力って言ってね、所有者の魔力を高めることが出来るの。あんたたちも見たでしょ? 地下迷宮の入口で官憲たちを足止めしたすごい炎をさ。本来なら私はあれだけの火を出すことは出来ない。でもあの眼があったから出来た。そしてあれが使用目的の一つだったってわけ」
「なるほどな。意味分かんねえ」
「大きな魔法を使うと高位の魔法使いはそれに反応することが出来るのよ。それが世界のどんなに遠い場所だろうとね。うちの頭領もそれが出来る。で、その土地の情景を思い浮かべる事が出来れば瞬間的に移動することが出来るんだって」
「瞬間移動!?」
「そう。それが頭領の魔法らしいわ。頭領は高齢だから長旅には耐えられない。でも魔法の力で一瞬で移動できるんなら楽よね」
「どういう原理なんだよ……。よく分からないけど、じゃあその頭領をここに呼ぶのがお前らの目的だったってことか? 何のために?」
「そりゃあ勿論王家の末裔を見てもらうためよ。目を合わせれば分かるらしいから」
「えっ……?」
「王家の末裔がロデスティニアにいるっぽいってところまではイカルって人が突き止めたから、あとは頭領が来て候補を見ていこうってことだよ」
「そういうこと! せっかく苦労して連れて行ったのに人違いでした、なんてなったら次はいつ世界の目を盗んで行動出来るか分からないからね。それだけアシュバルへの出入国って難しいから」
「でも僕たちは更に踏み込んだところまで達成することが出来たんだ」
「ん?」
「遺跡調査に同行したのは空の国に関係する人物が私たちの王家の末裔に違いないって思ったからよ。で、実際に起動してみた自律駆動は見事私たちを本来の主の元へ案内してくれた。それがリオンの元ってわけよね!」
「嘘だろ? お前らずっと俺を尾行してたのかよ!?」
「まさか! あんたが遺跡から帰った後はあの蜘蛛みたいな自律駆動もいなくなってるしで完全に見失っていたわ。でも町に帰った時に官憲が慌ただしく動いてたから、もしやと思ってそっちを尾行してみたの。そしたら大当たりよ」
「ああ……それであの場に都合よくいたわけだな」
「最高の巡り会わせだったでしょ?」
「まあ、助かったことは事実だからなあ」
「…………」
「話を戻すけどあのとき力を増幅させた炎の魔法を使ったから恐らく頭領はあの場所を見ることが出来たはずよ。その前にもユグナの里でも同じようにでっかい魔法を使ったから、それであの眼の役目はもうなかったわけ。首都を瞬間移動できる場所にしてあげたのはイカルと頭領の連携を取りやすくするためよ。ここまで万全の体制を整えられる私って凄くない?」
「知らねえ……あっ。凄いな、凄いと思うぜ」
「あらまあ、すっごく分かりやすいよいしょだわ」
「シェザも指名手配犯だもんね。この国を脱出するには僕らとの協力は不可欠だ」
「まあ、あんたの技術力とこれまでに得たセレスティニアの情報があれば世界中の国からそこそこの待遇で迎えられるとは思うけど、あんたも薄情よね。生まれ育った国に未練はないわけ?」
「別に。俺は正当な評価が受けられればどこでもいいな」
「御両親とかは大丈夫なのかい?」
「知らね。そもそもあいつらは俺が進学するの反対だったし、学費を工面してくれたわけでもねえからもう関係ないよ」
「ふうん……あら、リオンどうしたの? おしっこ?」
「な、なんでもない」
「ネイ、その聞き方は駄目だよ……」
ネイに言われて気づいたがもじもじと目を泳がせていたリオン。
便意でないのであれば腹でもすいたのだろうか。
もうちょっとで小間使いさんが呼びに来るわよとネイがリオンを宥めている時だった。
大勢の者が屋敷に入ってくる音がして、聞こえてくる声色は恐ろしく殺気立っていたのだった。
未明にメドネアの星構成員の家族だけが狙われた殺人事件が起きた。
その犯人として浮上したのは星に加わっていない官憲で、その被害規模から協力者がいることは明白だった。
そしてその協力者も簡単に見つかったというのだ。
中央官憲の駆動四輪がいつの間にか町に入って来ており、怒りに燃える人々がその者たちを逃がすまいと集団で追い詰めているらしかった。




