争乱の付け火
シェザードたちがエルシカの立食会に参加していた頃、人気のない夜の街角で二人の男が密談していた。
一人は優男風の中年で彼は駅でシェザードたちがただの観光客ではないと見抜いた官憲だった。
もう一人は彫りの深い顔に骨ばった四角い顎、焦げ茶色のひっつめ髪をした中年だ。
男は官憲から受け取った地図を眠そうな半開きの目で眺めていた。
「……で、そのメドネアの星と呼ばれる活動家たちの居住地がそれぞれの印の場所になっています。ですが奴らは今ロード家に集まっています」
「メドネアの星ねえ……そのロード家ってのが?」
「ここです。この町で最も影響力のある富豪です。そのせいか上の連中は見て見ぬふりしています。きっと汚い金でも握らされているんでしょう。私が報告したというのに未だに動こうとしてくれません。指名手配の若者は絶対にロード家に匿われているっているのに!」
せっかくの報せをまともに受け取らなかった上層部に憤りながらも日課である駅での監視に戻っていた官憲の前に男が現れたのはつい先ほどのことだった。
いつものように話しかけてみたところ男は明らかに不審だったので官憲は自分の身分を明かして探りを入れてみた。
すると男も自分は中央官憲の捜査官だと名乗った。
男は列車の時刻表を見に来たと言ったが官憲は列車から降りてくる人物の中にその男を見た記憶がなかった。
「俺も指名手配犯は絶対こっちに逃げて来てると踏んでたけど、いきなり核心に近づけるとは思ってなかったよ。よっぽど日頃の行いがいいんだな、俺」
「私もです。まさか中央官憲の方が既にいらっしゃっているとは思いませんでした。でも一体どうやっていらっしゃったんですか? 私は非番の日も含めて列車の発着時刻には必ずあそこに立って怪しい人物がいないか監視していたのにあなたを拝見したのは初めてだと思います」
「お仕事熱心だねえ。そりゃあんた、来た時は気配を消してたのよ。さっきは時刻表を確認しにいってたまたま無防備だったの。まさかこんな時間にまで駅で官憲の人が張ってると思わないじゃない」
「気配を……流石、玄人の捜査官ですね」
いや違う。
男は列車でこの町に来たわけではなかった。
男は仲間と共に駆動四輪でこの町の近くまできたのだ。
そして今、密命を果たすために単独で動いていた。
「ところで……お一人ですか? 他の捜査官の方は本当に置いてこられたんですね」
「うん? もしかして話聞いてる?」
「はい。なんでも他の方はデルヤークで犯人を取り逃した人と、首都で犯人逃亡の原因を作った巡査部長とその配下の新人らしいじゃないですか。万が一この町に犯人たちが逃げていたのなら勇み足で行動させないようにとそちらの隊長殿から話があったようです。上の連中はそんな奴を送ってこないで欲しいと困ってましたよ」
「あー、ははは。さすが隊長、そういうことか。いい感じだね」
「そちらの隊長殿は犯人がビゼナル方面へ逃げたと予想して本隊をあっちに差し向けたようですね。でも副隊長殿、あなたは一人で来た。それは部下が私怨を拗らせないようにという判断なのでしょうが、それはつまりあなたはこちらに犯人たちが逃亡してきたと確信しているからですよね」
「ん? ああ。あー……、まあね」
「私もです。お互いに上が愚かだと苦労しますね。たった二人ではなかなか難しいかもしれませんが、必ずや私たちで事件を解決させてみせましょう!」
「了解! その前にじゃあ……いったん近くの構成員の家に行こうか」
「メドネアの星の構成員の家に? 今はその家族しかいないですが……」
「まあまあ、俺にとっておきの作戦があるのよ。それにはこの家に行く事とあんたの協力が不可欠なんだ」
「……行きましょう!」
頑張りも実らず冷遇されていることを肌で感じていた官憲は男の一声で奮った。
ようやく努力が実ったと思ったのだ。
しかし近くのメドネアの星の構成員の家に着いた時、実ったものは努力ではなかったと知る。
いや、知る前に官憲は事切れてしまっていたかもしれない。
一見普通の民家の中、中央官憲の捜査官は血まみれの一家を見下ろしていた。
傍には今しがた行動を共にしていた官憲が同じく血まみれで倒れている。
男は手にしていた刃物を一度官憲の手に握らせると思案してから再び拾い官憲と老人の手や腹を差し出した。
新しい傷からは鮮血が力なくあふれ出し床を濡らした。
「抵抗傷はまあ……あったほうがいいよなあ。ええと、訪問早々玄関で奥さんを一刺し。その異音を聞いて怪訝に思った両親が食事の手を止めた所に雪崩れ込むこいつ。子供と婆さんは殺れるが爺さんに抵抗されて無念相打ちに。……とまあこんなところだな。これが最後の家として、出来るだけやっておきたいねえ。最終列車まで時間がねえぞっと。急がないと……」
男は記憶に残る活動家の家を時間の許す限り片っ端から訪れその家族を刺殺していった。
官憲から見せてもらった地図は官憲の死体の懐に入れて来てしまっていたがそれは後の状況証拠の為に必要だったのであくまでも記憶を頼りに行動するしかなかった。
だが男の記憶力は残酷にも抜群に優れており、まったく躊躇しない鮮やかな殺戮は帳の降りた街の中で静かに繰り広げられていった。
そして最終列車の発車時刻、素知らぬ顔で駅に現れた男は誰からも怪しまれることなく町を去っていくのだった。
メドネアの星の構成員たちが義眼の贈り物に不気味さを感じつつも結局対策らしい対策も講じられずに家路についたのは空が明るくなってからだった。
エルシカには自然に振舞うようにと言われたがそのように対処できる理性が吹き飛ぶ出来事は既に何時間も前に起きていた後だった。
寝不足の彼らはこれは夢かと現実を受け入れる事が出来なかっただろう。
家を出る時には笑顔で見送ってくれた家族が見るも無残な惨死体となっていたのだから。
町は瞬く間に騒然となった。
同じくメドネアの星の構成員である一部の官憲が実況見分に当たると一人の構成員の家で見つかった被疑者の死体がすぐさま官憲の一人であることが判明した。
彼がメドネアの星を逮捕しようと躍起になっていたこと、首都で指名手配された若者たちが星を頼って流れてくるのではと駅を張っていたことも明かされた。
更に男の懐から活動家の家を記した地図が見つかったことが当人の犯行がゆるぎないものであると補足するのだった。
ただ、犯行推定時間の短さの割には被害者が多く、この惨劇をたった一人の男が起こしたとは誰もが思えなかった。
中には椅子に縛り付けられ明らかに拷問されたような死体もあったからだ。
共犯者がいるに違いない。
そんな折に丁度良く街中に不審な駆動四輪が停まっているのに誰かが気づいた。
その駆動四輪の持ち主は郊外で野営していたオブゲン巡査部長たちだった。
彼らは自分たちの副隊長が消息を絶って半日が経過したことで心配になり探しに来たのだった。
僻地勤務者と演習ばかりの軍隊あがりである三人は危険の匂いに鈍感だった。
朝も早くから探し人をしている不自然な中央官憲の存在を知った衆人が彼らと一連の事件を結び付けてしまったのは必然の流れだったのかもしれなかった。




