始動3
いくつかの班に分かれた生徒たちは官憲の護衛の元で調査を開始する。
大抵の生徒たちはがらくたに対して歓声を上げるばかりだ。
毎度のことなので官憲たちも眉を顰めることなくあくびをしながら適当に過ごしている。
一方でシェザードは黙々と周囲の残骸を確認する。
雲よりも高い未知の世界から玉虫色の空を越えて降り注ぐ鉄屑はほとんど原型を留めていない。
ただし僅かではあるが復元が可能だったり用途を判別できる程度には形を保っていたりする物もある。
そういう物は遺跡に駐在している研究者に提出しなければならない。
それにより今までに分かったことは上の世界には未だかなり高度な文明が残っているということだ。
シェザードは歴史教師であるアドキンスの授業を思い出す。
百年前にこの世界では大きな戦争があった。
その折にここロデスティニアでは内乱があり、人々は天と地に分かれて争った。
戦争が終わると双方の間には極彩色の靄が立ち込め以降接点がなくなってしまったというのだ。
かつて政府も気球を飛ばしたりなどして上の世界と交信を図ろうとしたことがあるらしい。
しかし全てが失敗に終わった。
そのため、世界大戦が終結した現在でもロデスティニアは未だ各国から内戦中という烙印を押されている。
世界最高峰の軍事力と経済力を誇る大国はそのせいで発言力に制限がかかってしまっていた。
研究者たちは政府の期待のもとで日々報われない努力をしていた。
だから就職先としては決して望ましいものではない。
それでもシェザードは研究者になりたかった。
未知を解き明かすという叙情的な理想に理由など必要ないのである。
「なにか見つかった?」
アレックスがやって来た。
風紀委員は調査には参加せず教師や官憲、用心棒たちと一緒に巡回して生徒たちを守る事が授業の一環となっている。
シェザードは授業で学んだ通りの選別基準に達している鉄屑を拾い集めていた。
もちろんこの時点で既に純度の高そうな鉄を勝手に鞄に隠しているのは内緒だ。
「なんだよアレックス、皆を監督するのがお前の課題だろ」
「君が規則違反の単独行動をしているから来たのさ。官憲は何をやってるんだよ、もう」
「あいつらなら俺の班の馬鹿どもと一緒に用心棒について回ってるよ」
「知ってる。みんなそうさ、可愛いからって調査そっちのけだよ。……君は興味ないのかい?」
「初授業ででかい発見してやるのが目標だからな。時間なんかないよ」
「さすが。君の将来の夢に近づける授業だもんね」
アレックスには夢の話をしてあった。
学校で唯一気が許せる生徒はこの変わり者の女子だけだ。
それでもシェザードは常にそっけない態度をとって敬遠している。
自分と一緒にいることで彼女も陰口を叩かれるかもしれないからだ。
そんな配慮もお構いなしにアレックスはシェザードの隣に座り並べておいた鉄屑をいじり出す。
心配して周囲を見渡してみたがシェザードのいる場所は積みあがった廃材の山で陰りになっており辺りには誰もいなかった。
こういう時には大抵シモンズなんかが嫌がらせをしに付け回してくるのだが奴もいないようだ。
暫くなぜか居心地の悪い沈黙が続き、耐えかねたかアレックスが喋りだす。
「今日は雨で中止にならなくて良かったね」
「あー、まあな。空が毎日こんな感じじゃ予測も出来ないから朝まで気が気じゃなかったけどな」
「いいよねえ。シェザの故郷って空が見えるんだもんね。僕も将来はそういうところの遺跡で研究者の護衛をする仕事に就きたいなあ」
「やめとけよ。お前ん家、金持ちなんだから家名に傷がつくぞ」
「関係ないよ。僕の人生は僕が決めるからね。僕はこういう調査とか研究とかは苦手だからその道には進めないけどさ、でも、謎を解き明かそうと頑張っている人たちは本当に格好いいと思ってる。だから応援したいんだ」
「まあお前がそう思ってんなら俺は別に止める権利なんかねえけどさ」
他愛のない会話。
単調な作業。
しかし問題は唐突に訪れる。
遠くで叫び声が聞こえた。
「悲鳴?」
「歓声じゃあないな。出たんじゃないか?」
「かもしれないね。ついてきて!」
「なんでだよ」
「こうなったら単独行動は本当に危険だからだよ!」
危険発生の際の集合地点に急ぐ二人。
その頃には騒ぎは収まっていた。
丁度良い機会だから、とアドキンス先生が全生徒を集めて説明する。
目の前には犬くらいの大きさの四足歩行の機械が横向きに倒れていた。
野良駆動だ。
初めて自分の目で見たシェザードは内心で高揚した。
一般生徒以外が武装し用心棒も雇わねばならない理由がこれである。
遺跡には時折この機械の獣が発生するのだ。
「授業でやったな。これが自律駆動です。人を襲う機械で出来た脅威。しかしただの脅威じゃない。何故なら見ての通りだ。これらの機械は本来なら動けるはずもないのに動く」
遭遇した生徒によると瓦礫の山から突如として現れたという。
目の前で横たわるぼろぼろの姿は退治された結果ではなく元々ぼろぼろだったというのだ。
経年劣化で錆びつき、落下してきた衝撃によるものなのか回線が切れ、足も分離している。
にも関わらず奴らは物理法則を無視し千切れた足で動き回るのだ。
「そして厄介なことに自律駆動には何故か機関銃が効かない。原型がなくなるまで打ち込んでも動き回ったという報告もある。だから我々はこれを使うわけだな」
先生が出したものは刃のない細剣だ。
先端には突起があり、当たった瞬間に通電して電気による衝撃を与えることが出来るものである。
引率教師の一方である体育教師のグウェイン・タッカーは同じ原理を応用した小手を嵌めており、風紀委員のシモンズは槍、アレックスは弓、官憲たちは銃剣を持っている。
いずれも人間への危険を考慮して刃が付いておらず、自律駆動はなぜかそういう原始的な武器じゃないと倒すことができないのだ。
「不意打ちも効果がない。つまりこれらの機械はこちらの武器が何であるかを認識したうえで攻撃を受けたか判断しているということになる。それが何を意味するのかは分かっていない。謎だ」
だからくれぐれも注意するように、と締めくくり発掘調査は再開される。
シェザードはじっと観察していた。
謎の機械とはいうものの構造としては駆動四輪などと同じく単純なものである。
自分が先ほど選別した鉄屑でも組み立てることが出来るかもしれなかった。