メドネアのエルシカ7
食欲を満たし身体もすっきりしたシェザードたちは再びエルシカに呼ばれる。
政府に追われる身となった彼らを匿うにあたり聞いておきたいことがいくつかあるというのだ。
通された部屋にはメドネア官憲の高官も同席していた。
一瞬だけ官憲に売られたのかと反射的に気色ばんだシェザードだったが高官もまた味方であることを聞き、そういえばそんなことを言っていたなと胸を撫でおろした。
エルシカが何故高官を呼んだかと言えば首都からの電話を受けたのが彼だったからである。
つまり彼が一番追われている三人の情報を知っていた。
その中で興味深い人物がいたので照合をかけたというわけだ。
それがシュリ・ダニエラであった。
「先ほどは話の途中でしたがシュリさん、あなたはユグナ族ですよね?」
食事の前にネイにはぐらかされて立ち消えになっていた話の再開だ。
シェザードはエルシカが何を気にしているのか分かった。
と同時にこれはシェザードも気になっていたことだった。
大国ロデスティニアに悪党の烙印を押される覚悟が果たしてシュリ個人の暴走なのかユグナ族全体の意思なのか知っておくのは確かに重要なことだろう。
「ユグナ族にお目にかかるのは初めてで気づきませんでしたよ。確かに非常にお美しいですね。世の中にはあなた方を愛してやまない愛好家もいると聞きますが納得だ。……失礼、話が逸れましたね。ユグナ族はファンタナーレの最も東に住む少数民族ですよね。棘のある言い方になってしまい恐縮ですが、御尋ね者となってしまったことは一族にどのような影響を与えるとお考えでしょうか」
「影響はないよ。皆は僕の無実を分かってくれるから。そもそも今回の件は冤罪なんだ。僕を捕まえようとしているのはグマラの遺産が尽きようとしているからだよ」
「フォーレの石炭が? ……なるほど? つまり政府はあなたを犯罪者に仕立て上げユグナ族と身受け交渉することでファンタナーレ東部の開発に乗り出そうとしていると?」
「…………」
黙って頷くシュリ。
まだ数日しか行動を共にしていないがこの純粋な青年は嘘をつくことが出来ないことをシェザードは知っている。
しかしここまで堂々と言ってのけることからそれも本当なのかもしれない。
ファンタナーレ東部はユグナ族の文化保護地となっていて政府も迂闊に干渉出来ないのだ。
そもそも北の大陸は特殊な土壌である。
世界一と言われる面積を誇るがその大半は到底人間が住める環境ではなく一年の殆どを雪と氷に閉ざされた魔境だ。
僅かにある夏季には凍土が解けて蚊の大群の舞う湿地帯となりどの道開発は不可能と言われている。
それでも南西方位の一部だけは入植可能となっておりその地域はファンタナーレと呼ばれていた。
ファンタナーレはロデスティニア領の飛び地である。
飛び地ではあるが海峡を挟んで別の大陸にあるためどちらに住まう人間もあまりお互いが同国民だという意識がないのが実情だ。
特にファンタナーレ東部は同国の法の影響下にないとまで言われており事実上の治外法権と化している。
暮らしているのがユグナ族くらいなものであり、もしも無頼の徒がそこで悪事を働こうにもユグナ族によって追い返されるか厳しい自然の洗礼を受けて二度と戻って来られなくなるかの二択しかないからだ。
だが政府としてはいつまでもそのままにしておきたくないのが本音だろう。
未踏破の地にはまだ見ぬ莫大な資源が眠っているかもしれないのだ。
そのためには何としても干渉したいがユグナ族とは揉めたくない。
かつて列強と呼ばれ小国を弾圧してきた歴史を持つロデスティニアを監視する諸外国の目は今なお爛々と輝いているのだ。
「なるほどね。大体読めてきましたよ。しかしあまりにも話が出来過ぎている。まず、なぜそもそも自給自足の少数民族であるあなたが用心棒なんかやっているんですか? 偶然生徒の護衛の求人を見つけ、偶然自律駆動が暴走した……それも今までにない規模で。すごい偶然が重なるものですね」
「シュリは私が誘ったの。調べはついていると思うけど私の生まれはベステスのコランドロンよ。ネイの村にはよく行商に行ってて年も近いからすぐに友達になったわ。で、私が本土に出稼ぎに行きたいって言ったら一緒に来てくれるってことになったのよ」
「コランドロン……。リオンさんと同郷ですか」
「そこは変に結び付けないでね。同郷でも聞くまで知らなかったもの。この町みたいにお隣りさん家が見えるなんてことないんだからあの辺は。……話を戻していいかしら。私たちが用心棒になったのは私たちみたいな手に職のない人間には渡航許可が下りなかったからよ。でも用心棒になって商会権限を利用したらすぐに渡航許可が下りたわ。そんなこんなで晴れてこっちの大陸に移って来た私たちだけど、船舶護衛とか列車護衛みたいな物騒な仕事は出来そうにないから危険が少なそうな仕事を選んでやっていたの。生徒の護衛はたまたまその一環でしかなかったわ。なのにあんなことになって、しかも指名手配までされて困惑してるのはこっちのほうよ」
「……なるほど。確かに辻褄が合いますね。それで逃げている時にシェザードたちとたまたま合流したというわけですか」
「列車の本数は多くねえからな」
「それで北に逃げるという目的を持つ者同士協力関係になった、と。なるほど、なるほど。……ちなみにですがネイさん。自給自足のユグナ族とはどんな取引を?」
「うちからは生活必需品とか嗜好品を買ってもらっていたわ。シュリたちからは代わりに毛皮とか燻製とか……あと石炭とかを売って貰っていたわね。それがどうかしたの?」
「いえいえ。ただの興味本位です」
もしもの場合を想定してしっかりと考えていたのかネイの嘘は巧妙だった。
エルシカが他の誰でもないシュリに関心を示しているのは彼自身がとある可能性を示唆したとおりである。
きっとエルシカはユグナ族に恩を売ることで政府がまだ得ていない財源を先に確保しようと目論んでいるのだ。
それは石炭の話を出した時に光った彼の目からも明確に読み取れた。
政府がファンタナーレ東部の開発を狙っているのは憶測でしかないがエルシカがこの縁を利用しようとしているのはこれで確実なものとなった。
だからこそ、ユグナ族はシュリを切り捨てることなく守る意思があるのかを聞いておきたかったのだろう。
革命ごっこもここまでくれば洒落にならないというものだ。
政府と敵対する可能性のある存在を多く巻き込んで、彼は本当に国家転覆を狙っているのか。
「……話をまとめさせてくれ、エルシカ。俺はビゼナルに帰りたいって言ったけど、白状するよ。本当はリオンと一緒にユグナの里に連れてってもらう予定だったんだ。でももう既に道中には中央官憲が先回りしてて、だからこっちに来るしかなかったんだ」
「…………」
「お前が革命に向けてここまで準備しているとは思わなかったよ。だから余計な火種を持ち込んでしまって悪いとは思っている。でもお前は俺たちを受け入れてくれた。それは俺たちに旨味を感じたからだろう? 勿論俺もお前が望むものを提示できると思ってる。首都の地理なら任せてくれ。地図ならすぐにでも書けるからさ」
「旨味だなんて人聞きの悪い。私は友が尋ねて来てくれて嬉しかっただけだよ」
「分かった、分かったよ。本当のことを言うって。自律駆動の暴走に偶然巻き込まれたって言ったけどあれは嘘だよ、半分な。本当は他と色の違う機体を見つけたから試しに組み立ててみたんだ。そうしたら急に動き出したんだよ。だから要はまあ、自業自得だよな」
「ようやく本当のことを言ってくれたね。シェザード、君が機械整備に通じていることを私は幾度とない手紙のやり取りで知っていた。だからきっとあの事件は君が自律駆動を復元したことで起きたのだろうと思っていた。なのに君はあくまでも偶然巻き込まれただけだと頑なだった。だから余計に詮索してしまったよ、何を隠しているんだろうってね。……隠し事は抜きにしようじゃないか。友達なんだから」
「悪かったよ。でも分かってくれよ。自分で組み立てた機械に襲われるなんて……恥ずかしくて言えないだろ」
「誇らしく思うべきだと思うよ。君は優秀な機械技師だ」
「……なかなか認めてくれる奴はいなくてな。お前が友達で良かったよ、エルシカ」
にこりと笑ったエルシカは見せたいものがある、と四人を促した。
特にシェザードに見て貰いたいものがあると。
いくつかついていた嘘を種明かしすることで、とりあえずはネイとリオンがコランドロンの出身ではないことは誤魔化し通せたようだ。
せっかく風呂でほぐされた緊張をまた体に感じつつ、シェザードたちはエルシカの後に続き巨大な穀物用の格納庫に入った。