メドネアのエルシカ3
女性の服選びは時間がかかる。
店主のおばさんも一緒になって大盛り上がりだ。
リオンも可愛い可愛いと言われてまんざらでもない顔をしている。
下着と靴下だけさっさと買ったシェザードは手持無沙汰で若干面倒くさくなっていた。
「おいまだかよ」
「なによーまだ来たばっかりでしょうがっ」
「どこがだよもう一時間は経っ……おいちょっと待て、なんだそれ……髪飾りか? そんなもんいらねえだろ」
「別にいいじゃないのよー、リオンが可愛くならなくてもいいってわけ? ひどーい」
「なんでそうなるんだよ。俺はただそんなもん必要ねえって言ってるだけで……」
「えっ! なになに今の聞いた!? シェザってば、髪飾りがなくても君は可愛いよ、ですって! やあーだ!」
「駄目だあいつ言葉が通じねえ」
ネイもネイなりにリオンに気を使っているのだろうが正直にいってそういう積極的な感じが苦手なシェザードは溜め息しか出ない。
一緒になってにこにこしながら服を持ってあげているシュリが異質な存在に見えた。
それからも店中の服をリオンに合わせる会は続いた。
結局一着買うのに何時間もかかり、しかも散らかした服をご丁寧に店主と一緒になって片付けるという無駄な行動をしたがるネイ達にシェザードは座り込んで項垂れるしかなかった。
奥の部屋を借りて着替えてきたリオンは外套のもっさりとした感じがなくなり動きやすさを求めつつも最大限に少女の魅力を活かした出で立ちとなった。
お待たせ、と声をかけてくるリオンは奥で何かネイに吹き込まれたのか恐る恐る返事を期待している風を漂わせていた。
そのネイがリオンの後ろで口を大きく開けゆっくりと、か・わ・い・い、を促してくるので確定だ。
お世辞であっても面と向かって、しかもにやにやしている奴らに見つめられながら褒めてやるのはかなり抵抗がありシェザードは顔を引きつらせた。
「まあ、いいんじゃねえの」
途端にぱあっと目を輝かせるリオン。
見ていてシェザードは耳が熱くなった。
最低限の評価しかしなかったつもりなのにここまで喜ぶとは。
睨みつけるとネイも顔を赤くして身をよじっていた。
「ああ……いいわあ……なんか青春って感じ。おねえさん辛抱たまらないわ」
「歳変らねえだろうが。つーかやめろよそうやって人間関係拗らせようとすんの」
「若い男女の逃避行。何も起こらぬはずもなく!」
「黙れ万年発情期女。おいシュリも何とか言ってくれよ」
「あはは、無理」
ようやくリオンの服と靴を買うことが出来た。
店主の厚意で髪飾りはおまけで貰えることになった。
これだけ長い時間をまるで貸し切り状態のように使わせて貰ったのに更に無料で商品をくれるとは太っ腹である。
ついでにこれからの事も考えて縫い付けられていた校章は外套から切り外して貰い、荷物入れの中にしまった。
「それじゃ、色々ありがとう。もう行くよ。腹も減ったし」
「そういえば今何時かしら?」
「昼くらいかな。何食べようか」
「おみず飲みたい」
口々に店主にお礼を言っていた時にシェザードはふと気づく。
「そういえば旦那さんって飲み物買いに行ってくれてんのか? 悪いけど、俺らはもう帰ったって言ってくれよ」
「ああ、悪かったねえ! だいぶ遅くなっちまったみたいだけど……あんた! どうなんだい?」
店主の呼びかけに現れたのは複数の男たちだった。
店先を塞ぐようにして立たれ退路を断たれる。
囲まれていたことに全く気付いていなかったシェザードたちは色めき立った。
「エルシカに確認を取らせて貰った。ぜひ会いたいとのことだ。冷たい飲み物も食事もそこで用意してある」
店主の夫らしき人が答えた。
彼らは時間稼ぎをして状況を整えていたということか。
だとするとおばさんの演技力は大したものである。
おばさんは申し訳なさそうに笑った。
「悪かったねえ。あんたらがエルシカの名前を出すもんで、しかも首都から来たなんていうもんだからこっちも身構えちまったよ。念には念をってね」
「どういうことなんだ、これは」
「色々あるんだよ。別に悪いことをしているわけじゃないけど官憲の中にはあたしらの事を煙たがってる奴もいる。でも味方もいる。その味方から昨日密告があったんだ。政治犯を追って首都から官憲が来るかもしれないってね。あんたらは若すぎるから官憲には見えないけど政治犯にも見えない。だからエルシカに聞いてみたんだ」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。政治犯? 誰が政治犯だって?」
「そりゃ君……君らは首都から逃げて来たんだろ? 官憲に追われて。だったら君らのことだろ。何をやらかしたのか、その武勇伝は是非あとで聞かせてくれよ」
「まさか君らは革命志士の一員かい? だとしたら心強いな」
「…………」
立ち眩みがしたシェザード。
思っていた以上に話が大きくなってしまっていた。
まさか中央官憲が未成年の自分を指名手配しているとは。
もういよいよ後戻りは出来なかった。
「エルシカの友人なら俺たちの同志だ。ちゃんとエルシカのところに案内してやるよ」
「同志って……」
嬉しくない。
シュリの言う通り、この町では革命などの言葉が頻繁に話されるような組織が出来上がっておりエルシカはそこの一員となっていると考えて間違いなさそうだ。
同じ官憲から狙われる者同士ということできっと彼らは力になってくれるだろう。
だが大きすぎる力……リオンの力は絶対にばれてはいけない手合いでもあった。
「あ」
「どうした?」
「そういえば駅で話しかけて来たおじさまがいたわ。口ひげを生やした細身の。あの人ももしかしてその……同志かしら?」
「ああ、そいつぁ敵だ。俺らがエルシカに報告している時にちょうど官憲上部にいる同志からも連絡があったんだよ。指名手配犯と思わしき少年たちがこの町に来たって報告が上がってきたけど、どうしましょうってな」
「なるほど、この町の官憲上層部も味方ですか。すごく頼りになりますね」
「だろ。ま、この町で俺らの同志じゃねえ奴はつまり仲間に引き入れるだけの価値もねえ無能ってこった」
「すごおい! なんか最強って感じね!」
「おいおいお嬢ちゃん抱きつかねえでくれや、かかあに怒られちまう」
大笑いする町人たち。
一緒になって笑うネイは一瞬だけ真顔になってシェザードたちを見た。
きっと今ネイは魅了の魔法をかけた。
しかし通じなかったのだろう。
ネイの魅了の魔法は彼女に少しでも淫らな感情を抱いていれば発動するようになっている。
だが強い理念を抱いている相手には無効だ。
この事からも彼らのようなごく普通の一般人でさえ強固な意志を持っているということが分かる。
それは信念というよりは信仰に比して劣らない危うさを孕んでいた。
駅で出会った男が彼らの敵ならばそれもそれで具合が悪い。
彼が男色の気でもない限り、敵も盲目的な理想に突き動かされているということに他ならないのだから。
まるで性質の悪いごっこ遊びだ。
大の大人が未成年を巻き込み昼間から敵だの味方だのと宣って徒党を組んでいる事が危うくないわけがないだろう。
シェザードたちは男たちに案内されて裏路地を行く。
まるで自分たちのほうが大多数だと言わんばかりだったのならば表通りを堂々と行けばいいのにこれはどういうことだろう。
彼らが何故体制に対して牙を剥いているのかも未だ聞いていないので信用しすぎるわけにはいかない。
自分が頼ろうと言った手前、シェザードは責任を強く感じていた。




