メドネアのエルシカ2
一行はまずリオンの服を買おうということになった。
いつまでも外套の下は何も着ていないというわけにはいかないしシェザードも裸足のままは流石にきつい。
着の身着のままで来たので替えの下着なども必要だ。
贅沢は出来ないが路銀は元々シュリたちが持っていたものの他に首都からデルヤーク行きの列車で機関士から貰ったものがあるのでそれで何とか賄えそうだった。
メドネアまでの無賃乗車のように魔法の力で服代も払わなくて良いのではないかとのシェザードの提案は即時却下された。
シェザードには誑かす人選の違いが分からなかったが彼女なりの美学があるらしい。
表通りに面した店は高そうなうえに人目に付きやすいので一本入ったところを散策する。
さびれているとはいえ大きな町なのでそれなりに賑わっている商店街は見るもの全てが楽しかった。
ちらりと盗み見るとリオンも心なしか口元が緩んでいた。
ずっと暗い顔をしていた少女の微かな変化にシェザードも安堵する。
何も分からないまま知人と引き離され見知らぬ者たちと共に見知らぬ地を旅するのは酷く心労が重なっていたことだろう。
シェザードに見られていることを知ったリオンは少し赤くなり申し訳なさそうな小さな声で楽しい所だね、と言った。
折角なので色々見て回らせたいとは思ったがそういうわけにもいかない。
平日の朝っぱらから学校にも行かずに若者がたむろしているのはやはり目立つというものだ。
とりあえず近場の服屋に入りリオンに服を選ばせていると店主の中年女性から案の定質問攻めにあった。
質問自体は駅で出会った中年男性とほとんど同じようなものだったが怪しさはなく純粋におしゃべり好きなおばさんといった感じだ。
「いいわねえ! あたしもそういう秘密の旅行とかしたかったわよ。でも学校の外套は着てくるべきではなかったわね。こんな時間に学校にも行かずって、ここに来るまでにきっとみんなの注目の的になったわよ」
「だから服を買いに来たんだよ」
「何日か滞在するの? 宿はもう決まった?」
「ああまあ……友達の家にな、泊めてもらおうと思ってんだ」
「友達ねえ。でもお友達は学校があるでしょうに」
「言われてみれば確かに。どうする? 学校が終わるまでかなり時間があるよ」
「あー……大丈夫だと思うんだよな。あいつたぶん学校まともに通ってない気がするんだ。行けば会えるよ」
文通の友は同い年の十五歳なので本来なら学生をやっているはずだ。
当然このメドネアにも学校はあるので通っているならばそこだろう。
だが政治批判を繰り返し革命だのなんだのと物騒なことを言っていたあの男が大人しく通学して大人に教えを乞うている姿は想像できなかった。
会ったことがないので文字から受け取った印象でしかないが子供の頭身に頑固親父の頭がついている風体がしっくりくる奴なのだ。
「もしかしてお友達ってエルシカ・ロードのことかい?」
「えっおばさん知ってんのか」
驚いて咄嗟に身構えてしまうシェザード。
店主の口から出た名前は目当ての少年の名前そのものだったからだ。
この町でも相当やばい奴扱いなのか。
店主は知ってるも何も、と嬉しそうに笑った。
「この町じゃ有名な子よお! 確かに学校には行ってないわね。でも星まで見える望遠鏡を作ったりして凄いんだから! ここだけの話、みんなあの子のことが大好きよ」
「望遠鏡を作る? あいつそんなことしてたのか……」
「それにしてもあの子に友達がいたとはねえ! しかもこの町の子じゃなくて!」
「なんだ、やっぱりあいつ身近な友達いないのか」
「シェザと一緒ね!」
「は? は? は? 俺はいる、し。友達くらい。ば、馬鹿じゃねえの」
「シェザード汗かいてる」
「あ、ほんとだ。焦らなくていいよ。僕たちは友達だろ?」
「焦ってねえし暑いからだし」
「おっとごめんよ。あんた! 聞こえてるかい!? お客さんに冷たい飲み物を持ってきておくれ!」
「あららお構いなく」
「誰かいんのか」
「旦那さ。旦那が作ってあたしが売ってんだ。それはそうとお嬢ちゃん暑くない? 掛けておくから脱いじゃいなさいな」
「え? え……」
「あ、いやそれは……」
親切に手を伸ばしてくる店主。
外套の下は一糸まとわぬ裸ですからやめてくださいなどと言えるわけがない。
油断していただけにシェザードはおばさんの厚意を止める手立てが思いつかない。
するとネイが動いた。
「あーおばさん、ちょっと待って。この子、実は外套の下は何も着てないのよ」
「お、おい!?」
怪しさ満点の告白をするネイに三人は驚いた。
店主も眉根を寄せて手を引っ込めた。
絶句していると袋を目の高さに上げる。
あれはネイたちが元々持っていた野宿用の簡易寝具などが入っている袋だ。
「乗り物酔いが酷くてね。列車の中でちょっと吐いちゃって」
「……ああ! あらあら、そういうこと! まあまあまあ、大変だったわねえ!」
なるほど、と意図が分かったシェザード。
首都から遊びに来たという設定の自分たちには本来必要のない袋を汚れ物入れに見立てたのだ。
嘔吐にまみれた服を着続けるわけにもいかないから脱ぎ、仕方がないから外套の前を留めて凌いでいるという設定は実に自然である。
シェザードは改めてネイの口達者ぶりに感心するのであった。
「そういえばこれはどこの校章かしら?」
「首都のバイレル・ベインだよ」
「あらまあ! あの名門の! すごいわねえ~じゃあお金持ちだ!」
「親はね。俺らはぜんぜん金持ってねえからぼったくらないでくれよ」
「うちは書かれている価格以上の金は取ったりしないから安心しな! 飲み物の代金だって取りゃしないから。ほら、遠慮なく手に取って見てっておくれ」
呑気な服選びは久しぶりに気を許せる時間となった。
追ってくる官憲の影も見えないし別の理由で中央から目を付けられているこの町の思想家たちの姿もない。
買い物といえば以前、風紀委員のアレックスに誘われたことがあった。
あの時は面倒くさくて断ってしまったがこんな感じで悪くない気持ちになれるなら付き合ってやってもよかったかなと思う。
今になって失われた日常が酷くかけがえのないものに感じて来たシェザード。
だが後悔しているかといえばそうでもなくなっていた。
状況を分かち合える相手がいるにはいるからだ。
目が合うと微笑んでくるシュリにシェザードが肩をすくめてみせるのは照れ隠し以外のなにものでもなかった。