始動2
国内に数多く点在している遺跡にはそれぞれ番号が振られている。
数字は政府の認知を受けた順番以外の意味はない。
今回授業に使われる十七号遺跡は首都から近く広さも手ごろな遺跡だ。
そして定期的に空から降り注ぐ鉄屑の雨によって発見が尽きない場所でもあった。
郊外学習は政府合同の立派な調査事業だ。
よって政府の関係者も立ち合うことになっている。
生徒たちの前に並び諸注意を話している男は所轄の巡査部長だ。
彼を筆頭に十数人の武装した官憲と引率の教師が万が一の際には生徒たちを守り、学級の中にそれぞれ二人いる風紀委員がそれを補佐するといった体制である。
巡査部長は小柄ででっぷりと太っており、側頭部にしか髪の毛がなく分厚い唇で鼻が横に広いといったなかなか特徴的な容姿の初老であったため、年頃の生徒たちは話も聞かずにくすくすと笑っていた。
何がおもしろいのか分からないシェザードは馬鹿げた同期を軽蔑しながら周囲を見渡していた。
巡査部長の隣で背筋を伸ばしている精悍な顔つきの男はいかにも新米のようだし、他の者たちは正規の武装をした官憲である。
用心棒はどこにいるのだろうと探していたら隣のアレックスに話はきちんと聞くようにと注意されてしまった。
「……以上、オブゲン巡査部長のお話でした。みんな、規律に則った行動をするように。拾ったものを勝手に自分の懐に入れるんじゃないぞ」
「シェザ、先生がこっちを見てるよ」
「わかってるっての。しねえよそんなこと」
もちろんシェザードはそのつもりである。
目下、悩ましいことは帰りに身体検査されることだ。
遺跡に落ちている遺物はかなり貴重なものが多いと聞いている。
闇市で売れば家主の老人たちに少しでも良い生活をさせてやれると思えばなんとしても持ち帰ってやりたかった。
「では次に護衛の紹介です。ダニエラ先生、アリューシャン先生、どうぞこちらへ」
学年主任のアドキンスが手を向けた方向に一斉に好奇の目を向ける生徒たち。
考え事をしていたシェザードも例に漏れず反応してしまう程、用心棒は誰もが気になる存在だった。
基本的に生徒を守る盾の役割が官憲である一方でそれは脅威に立ち向かう剣として雇われる。
どれほど屈強な戦士が出てくるのかと期待していた少年少女は登場した用心棒に別の意味で驚きを隠せなかった。
わざわざ駆動四輪の裏に待機させていた二人組の姿を確認した時、生徒一同、特に男子からどよめきが起きた。
現れたのが華奢で可憐な少女たちだったからである。
一人は雪のように真っ白な肌に長い睫毛、肩口で揃えられた白髪に髪留めをした小柄な若者だった。
夏だというのに厚手の防寒具を着ており手には巨大な斧を持っている。
そしてもう一人は対照的に薄着だ。
健康的に日焼けした胸元と太腿を露出させへそ出し長靴下を穿いている。
編み込まれた黒髪は長く腰まであり、閉じられた左目の顔半分には厳つい刺青が施されていた。
重火器のようなものを持っているがそれが扱えるとは到底思えない容姿と出で立ちだった。
「あの人たちが護衛!?」
「こんな日にあんなに厚着してる。あいつユグナだ」
「ユグナ?」
「ファンタナーレの少数民族だよ。地底に住んでて怪力なんだ」
「へえ……シェザは物知りだね」
「俺ん家からだとここより北の大陸のほうが近いからな。ちなみにユグナ族は不老の一族でもあるからな、あんな見た目でも年寄りかもしれない。というかそもそも女じゃない可能性もある。男も女もあんな顔してるんだ」
「隣の人は女の人だよね。胸があるもの」
「先生たちが雇ったってことは実力者なんだろうけど。ユグナはともかくあっちの人はそうは見えないけどなあ……」
ユグナ族の若者はシュリ・ダニエラと名乗った。
わざわざ性別など言わないし、名前と声からも判断できなかった。
薄着の女性はネイ・アリューシャンといった。
生徒たちは女性たちの話題で持ち切りとなりこれから行く遺跡への興奮はそっちのけになってしまった。
用心棒の自己紹介が終わったので少人数に分かれて駆動四輪に乗り遺跡を目指す。
首都を出れば広大な荒野が広がり舗装されていない土の道が地平線へと続く。
小一時間もすれば何もない平地に丘のようなものが見えてくる。
玉虫色の空の上から落下してきた様々な残骸によって形成された人工の隆起だ。
駐屯する官憲が関所を開けて駆動四輪の隊列を受け入れ学園の生徒たちは初めて遺跡に降り立った。
今日はここで一日中丘を切り崩して残骸を確認する作業をする。
シェザードは感無量の面持ちで風に交じる錆びた鉄の香りを肺一杯に吸い込んだ。
これからとんでもない運命に巻き込まれることになるとも知らず、ささやかな夢の実現に思いを膨らませていた。