逃亡7
順調に走り出した列車。
貨物室ではシェザードとリオンが気まずい雰囲気を漂わせていた。
用心棒の二人は客車のほうに怪しい人間がいないかと見に行ってしまっている。
初めての落ち着いた二人きりの状況で聞きたいことは沢山あったが聞ける空気ではなかった。
リオンは落ち込んでいた。
面識のある者たちが自分を守って死んだかもしれないのだから当然なのかもしれない。
シェザードは黙ったまま時々様子を盗み見ることしか出来ない。
落ち込みたいのは自分も同じだった。
現状を整理する。
四人の共通の目的はリオンを遠くへ連れていくということだ。
最終的な目的地はシュリ・ダニエラの故郷であるユグナ族の里だが線路によって行き先が固定されている列車の旅では途中で官憲の先回りに会うことが必須だろう。
よって撹乱としてシェザードが目的地としていた天文都市メドネアを経由する案が採用された。
北西のビゼナル方面か北東のメドネア方面かの分岐点にある小さな町で、本来ならビゼナル方面に乗り換える必要があるが別の方角へ向かうという寸法だ。
おそらくシェザードとシュリの個人情報を押さえている官憲は一行がビゼナル方面へ向かうと信じて疑わないはすだ。
メドネアに着いたらかつての文通相手の青年を頼り、そこで情報収集を行う。
シェザードにとって一番確認したいのは自分の置かれている立場だった。
かつて現体制の敵として泥沼の戦いを繰り広げた者たちの切り札とされる少女と共に官憲から逃げている。
客観的に考えれば指名手配されてもおかしくない話だ。
百年間交流のなかった空の国の人間が何故今になって世に現れたのかが謎だがその秘密はネイ・アリューシャンという女が握っている気がした。
何故ならあの女がオルフェンスを目覚めさせなければフリーダンは今も地下迷宮を徘徊していただろうし、リオンも目覚めなかったはずだからだ。
ネイはオルフェンスにリオンの元へ案内させるつもりだったのだろう。
その役目を何故か自分が肩代わりしてしまったせいでおかしなことになった。
いわばシェザードはただただ巻き込まれただけの存在だ。
ここで脱落しても文句を言われる筋合いはなかった。
しかし、とシェザードは想像する。
自分がなりたかった研究職は、機密性の強い公職だ。このような騒ぎの一翼を担ってしまったからには、もはや携わることは不可能だろう。
受け入れがたい現実だったが受け入れるしかなかった。
物心つく前から憧れ追いかけた夢が全て無駄になったと思うと涙が出てくるというものだ。
ネイの言う通り、もう元の生活に戻ることは出来ないのだろう。
そうであるならば。
彼女たちとずっと行動を共にするのもありなのかもしれなかった。
リオンは空の民でありネイは何かを知っている。
この国の研究者として偉業を残すことは出来なくても今が最も謎の解明に近づいているのではないだろうか。
自律駆動の動力源や全てを拒絶する玉虫色の靄はロデスティニアだけでなく世界中の科学者の頭を悩ましている。
その解明の第一人者になれるのならば国に拘っている必要はないのかもしれなかった。
「ただいま。とりあえず怪しい人はいなさそうだったよ」
「お、おう。あいつは?」
「ネイ? ネイなら機関士さんにお礼を言いに行ったよ」
シュリが戻って来た。
何度も見ても夏だというのにすごい厚着だ。
ユグナの里は地中深くにあるため日の光が届かず寒いからそういう服装なのかと思ったがそれでは外の世界でこんな格好をしている理由にならない。
少し気になったので聞いてみたら逆にある程度の深度の地中は湿度が高くて暑いのだとシュリは語った。
普通の人間にとっては半袖でも熱い夏の気候が彼にとっては寒いのならばもしも里に逃げ込んでも自分たちは耐えられないのではないか。
そんな心配が沸き起こったが外との交流用に地上にも町があるとのことだった。
そこに逃げ込んだらその後はどうするのだろうか。
尋ねるとシュリは曖昧な笑みを浮かべるだけで答えようとしなかった。
「なんだよお前も知らないのかよ」
「そうじゃないよ。でもまあ、確かに僕はある意味シェザと同じ立場だけどね。たまたまネイと出会って行動を共にするようになっただけで正直僕はネイから聞いた以上のことは知らない。だから今後のことはネイが戻ってきてから話そう」
「お前らはリオンをどうするつもりなんだよ」
「詳しくは言えない。だけど彼女の力を悪用しようとしている奴等から守るために僕たちは来たとだけ言っておく」
「空の大陸を落とせるってやつか」
「私、何も知らない……」
「だろうね。君は目覚めたばかりだから」
「そういやリオンはなんであんな地下迷宮にいたんだ。空の国ってどんなところなんだ?」
「……覚えてない」
「空を落とせるってさ、確かに究極の脅しだよな。昔のロデスティニアも迂闊に手が出せなかったわけだ。でもどうやったらそんなことが出来るんだよ」
「…………」
シュリが都合よくリオンの話題を出してくれたのでリオンに話を振ってみたがリオンは膝を抱えたまま顔を埋めて首を振るばかりだった。
よく見たら外套の裾からおもむろに白い太ももが付け根まで全開になっていてシェザードは動転する。
そういえば外套は貸してやったがそれ以外は何も身に着けていないのだった。
シェザードの視線に気づいて目をやったシュリも仰天して目を泳がせたところにネイが戻ってきて苦笑いした。
「なによこの空気」
「あっ、ネイおかえり」
「ただいま。おじさまが無線でやり取りしてくれたけど間一髪だったみたいよ。今駅に官憲が来てるって」
「停車命令出たりしないかな」
「そんなことして顰蹙買うくらいなら先の駅で張るほうを選ぶでしょうね。でもおじさまも、そうなったって聞いてたまるかよって笑ってたわ。頼りになるわよね」
「使ったの?」
「なにを? 魔法? 今回は使ってないわよ。純粋な私のみ・りょ・く・だ・け」
「あ? 魔法?」
「そうよー。私魔法使いだもの。主に使えるのは炎の魔法だけどね、でもちょっとだけなら誘惑の魔法も使えるのよ」
「…………」
「こら、何よその哀れなものを見るような目は」
「いいの? ばらして」
「旅の仲間ですもの。隠し事はなしにしましょ」
「魔法とか……」
「あ、馬鹿にしてる。炎で助けてあげたのもう忘れたの?」
にわかには信じ難かったがネイは人差し指の先に炎を灯してみせた。
仕掛けの類が一切見えないのに火はどこからともなく現れて揺らいでいる。
そのまま指を動かすと火が連なって伸び空中を舞った。
シェザードは口を開けて見つめる事しか出来なかった。
「世に伝わっている事が全てだと思ってたら大間違いよ。都合が悪くて消される事実もあるの」
「知ってる? セレスティニアが空に浮いているのも魔法に由来することなんだってさ。あの大地の基礎には皆がセエレ鉱石って呼んでる石が使われているらしいんだ」
「セエレ鉱石が……魔法に由来するもの? あんた、何を知ってんだ……?」
ちらりとリオンを見たネイは語り出した。
それは世界から消えてしまった超常と、それに翻弄され続けた民族の歴史だった。




