逃亡5
巨体にも関わらず俊敏な動きを見せる大男に中央官憲たちは苦戦する。
強烈な拳を叩きこまれ瞬く間に半数が戦闘不能となった。
だが何故か大男は徐々に銃撃が通るようになっていた。
多勢に無勢、神官服が穴だらけとなりついには膝を着いてしまう。
あり得ないほど多くの弾を受けたものだ。
生身ならばとっくの昔に原型が無くなるほど損壊していてもおかしくない被弾である。
マーガスは男を化身装甲と言った。
化身装甲とは大昔に使われた着装型歩行兵器ではないか。
現代では使われていない兵器である。
重厚な装甲を貫通出来る重火器の登場によりその利点がなくなったためだ。
今では博物館などに大破したものが残るのみとなっている。
どうしてそれが現役で動いているのか。
「あれが化身装甲? ずいぶんその……思っていたよりは小さいですね。いや人に比べたら充分でかいですけど」
「私も実物は初めて見たけど復元予想図では確かにあのくらいの背丈だったよ。信じられないがあの動き……信じるしかないのかねえ」
「百年前の反乱では空の国にはあんなのが何十体もいたんですよね。よく御先祖さんたち勝てたな……」
「私でいうと祖父の代だけど、そうか……御先祖様かあ。すごく昔のことのように聞こえるね」
「あ、す、すみません」
「いやごめん、百年は昔だよね。昔……なんだけどなあ。どういうことだ?」
遠くから見物するしかないグレッグたちは最初は特殊急襲部隊の面々の安否を気にしていたが次第に不死身の敵に見入っていた。
死んだかと思われた部隊員たちが蠢きだしたことで心に余裕が出来たのだ。
マーガスはそんなものには目もくれず隊員に用意させた大口径の銃を手に大男に近づいていく。
大男は網を放たれ身動きが取れなくなっていた。
そこそこの至近距離で相対する両者。
先ほどの速度で動かれたら一瞬で殴られる距離だ。
顔を上げて見つめているようだが大男には顔がないので感情は伺い知れない。
マーガスは手にした銃を見せつけるように弄びながら右側の口角だけを上げて笑った。
「目撃談はなかった。まさかあの迷宮にいたのか。ずっと」
『…………』
「あり得ないことだ。だが可能性は示唆され続けていた」
『…………』
「最後の一押しといこう。これがなんだか分かるか? 銃だぞ。見ろ」
意味不明な言葉を男に浴びせていたマーガスが不意に銃を構え、撃った。
大きな破裂音と共に近くの木が爆ぜた。
続いて二発目の銃声が響く。
弾は大男の右腕を吹き飛ばしていた。
「流石に二発は手が痺れるな」
衝撃で後ろに倒れそうになった男は吹き飛ばされたほうの腕を地面につこうとして叶わずに倒れた。
そして腕がないことに気づいた。
すると男は今まで見せなかった反応を見せる。
欠損した部位を押し込んだのだ。
それを見たマーガスは目を見開いて笑った。
無邪気さと邪悪さを併せた笑みは部下たちも寒気を感じるほど醜悪だった。
何がそんなに嬉しいのか。
たとえ相手が官憲に手を上げた犯罪者であったとしてもそれを負傷させて楽しむなどやってはいけない行為である。
「な、なにをしているんですか!」
「やはりそうか! 思った通りだ!」
「重大な過失です! 責任は逃れられ……」
非難するグレッグとオブゲンは同時に気づいた。
吹き飛んだ大男の腕から血が出ていないことに。
そして大男も気づいていた。
一縷の望みが銃声を聞きつけ傍まで来ていたことを。
『頼みます!』
大男が叫んだ。
何事かと銃を構えなおす衆人に思いがけない横やりが入った。
突如として燃え盛る炎が地を這い辺りを包み込む。
人々は途端に大混乱に陥った。
「くそ! 引火したんだ!」
オブゲンは大男の放電が周囲の蓄積泥土から発生する可燃性の気体に燃え移ったのだと思った。
ある程度学のある人間ならばそう判断するのだろう。
ただし大男の直前の台詞が妙に引っかかる。
男は誰に何を託したというのか。
混乱に追い打ちをかける事態が発生する。
徹底的に破壊したはずの自律駆動が再び動き出したのだ。
同時に大男が全身を捕えていた網を引きちぎり立ち上がる。
叫び声のような駆動音はとうに限界を迎えていることを暗示していた。
「こっちよ!」
女性の声がした。
慌てて周囲を見回したグレッグだったがこれぞと思わしき人物は見当たらない。
それよりも火の勢いが強すぎる。
重傷を負って動けない急襲部隊の隊員たちを救出するのが最優先だと判断したグレッグはオブゲンと顔を見合わせると果敢に火の中に飛び込んでいった。
悲鳴と怒声が響き渡る中、マーガスは大男と対峙していた。
先ほどの声の主は見えなかったが誰なのかは分かっていた。
そして大男がその者に、未だ迷宮の暗がりに隠れている者を託したことも解っていた。
動くことが出来ない。
動けば大男も自律駆動も攻勢に出るだろう。
奴らは自分に狙いを定めている。
隠れている者をここで捕えようとして自分を危険に晒すより、ここは奴らの時間稼ぎに付き合ってやり稼働限界に陥ったあとで追跡したほうが得策だった。
「目的は叶ったか? 護衛者」
『…………』
「伝承はかねがね。安心しろ。お前が今まで守り続けていた者は悪いようにはしないさ」
『あなたは一体何者ですか。どこまで知っているのです』
「ただの官憲だ。少しばかり空に興味があるだけのな」
『追わせません』
「それが仕事でね」
飛び掛かる自律駆動を大口径の銃で撃ち落とす。
同時に左腕をうならせて突進してきた大男の拳は皮一枚で避けた。
地面に転がりながら背後を取ったマーガスは大男の腰部分に狙いを定める。
引き金が引かれ、発射された凶弾により化身装甲の動力部が吹き飛んだ。
ばらばらになって飛散する二体の部品。
その中に輝きながら舞うものがあった。
一つは指輪、もう一方は義眼。
形は違えど高純度の動力を生み出すことが出来るそれらはひとえにセエレ鉱石と呼ばれていた。
セエレ鉱石とは物質と質量に見合わない膨大な動力を秘めた鉱石である。
見た目は主に装飾品の類に似るが燃料として利用すれば油田以上の価値があり、更には枯渇しても暫く放置しておけば再利用が可能となる夢のような物質であった。
マーガスはそれらを拾い集めると目を細めて笑った。
どうやら本当の目的には逃げられてしまったようだが悪くない成果である。
立ち昇る黒煙は追撃の狼煙だ。
この日、号外が刷られた。
見出しには三名の男女の写し絵が使われた。
以後、シェザードは爆発物を精製し官憲を死傷させた反政府組織の構成員として指名手配されることになる。




