逃亡4
時は少し遡る。
ロデスティニア中央官憲の特殊急襲部隊は北側市街地遠郊の僻地に参集していた。
その中には所轄外であるはずのベンジャミン・オブゲン巡査長と新人のグレッグ・ハンマヘッドもいた。
彼らを連れて来たのは捜査員のルアド・マーガスである。
何故同行を強要されているのか説明はないものの自律駆動の急襲事件後に重要参考人を含む学校関係者を全て帰宅させてしまったことに対する嫌がらせに違いないとグレッグは思っていた。
オブゲンを上司として慕っている彼でさえもあれは迂闊だったと考えていた。
ただし、怖い目にあった学生たちを早く家に帰してやろうとしたオブゲンの人間性には敬意を表しており対応は間違ってはいないとも思っていた。
自律駆動による襲撃事件は全国で年に何度も起きているが、今回のように被害者を重要参考人と呼んで勾留しようとする動きは知り得る限りでは初めてのことなのでそのようにしなかったというだけで非難される謂れはないのだ。
自分たちが連れてこられたであろう理由はもう一つ推察できる。
重要参考人の少年に対し官憲内で最も接触を図りやすい人材といえば自分たちだからだ。
予想通り最初に少年の家を訪ねるのは二人の仕事だった。
しかしその前に問題が起きてしまった。
少年が家を借りているとされる貧民街には家を持たない住人がたくさんいた。
その者たちと急襲部隊の隊員が揉めてしまったせいで少年に異変を気取られたのか家に踏み込んだ時にはもぬけの殻だったのだ。
そもそも何故深夜という礼儀知らずな時間帯に訪問するのか謎だったが逃げるほうも逃げるほうである。
何かやましいことがあると自分で言っているようなものだった。
マーガスはすぐさま移動を指示した。
それが今いる北区の荒地である。
先の雑木林には地下迷宮の出入り口があるらしいが噂ではそれは首都中に無数にあるものの一つに過ぎないのではないか。
そもそも何故マーガスは少年が迷宮に逃げ込み、ここから出てくると思ったのだろうか。
その答えは捜査員ならではのものだった。
少年の資料を読んで行動を推理したのである。
彼が借りていた家の持ち主の老人については中央官憲内に資料が残っていたらしく、おそらくその老人なら地下迷宮のことを知っているとのことだった。
何故多くの政府関係者でさえ知らないことを浮浪者の老人が知っているのか、という事を知っている中央官憲には疑問しかないが事実貧民街の傍には用水路に擬態させた迷宮の出入り口があった。
そこに数名の官憲を置き少年の逃亡先に先回りする。
少年はビゼナルという北部の田舎町の出身だった。
追われていると知って逃げ出す者は本能的に土地勘のある場所に行くらしい。
そこでマーガスが目を付けたのが北部行きの列車が出る駅だった。
政府が把握している出入口の中でここが一番その駅に近い場所だった。
要はマーガスは博打を張ったわけだ。
もしも出て来なくても発車時刻となったら列車の出発を止めて乗客を改めれば良いという。
実に身勝手で高圧的な作戦にグレッグは怒っていた。
「本当にあそこから出てくるんでしょうかね?」
「私は出てこないことを願っているよ」
「……俺もです」
会話は聞こえてはいないだろうがたまたま振り向いたマーガスと目が合い鼻で笑われる。
本当にいけ好かない男だ。
夏とはいえ朝露の降りる時間帯は少し肌寒い。
とっとと平和な管轄に帰り、勘を外して赤っ恥を掻いたマーガスのことを笑ってやりたい気分だった。
「……総員構え」
「なに?」
「は? 嘘だろ?」
そうはいかなかった。
何かを察知したマーガスが雑木林をにらみつけながら手を上げた。
雑木林の横で待機していた特殊急襲部隊の面々が行動を開始する。
隠れていた岩陰から身を乗り出し水平に銃を構えたのだ。
相手は学生だ。
明らかにやりすぎである。
血気盛んなグレッグがオブゲンの制止を振り切りマーガスに意見しようとした時だった。
雑木林から何かが飛び出し、銃撃が早朝の空に轟いた。
一瞬目を背けかけたグレッグだったが驚愕して釘付けになる。
出て来たのは四脚型の自律駆動だった。
散弾の集中砲火によって横に弾かれた自律駆動だったがすぐさま起き上がった。
脚が取れ外装が吹き飛んだというのにそれらがまるで見えない何者かによって組み立てられているかのように浮き、元の形に戻っていった。
何度か見たことがある光景だが本当に不可思議である。
自律駆動は最新の重火器では絶対に倒すことが出来ないのだ。
その謎は未だ研究者たちの間で論争が繰り広げられているが答えは暗礁に乗り上げたままとなっている。
ただし無敵というわけではなく奴らには大きな弱点がある。
「やはり大口径の散弾銃では何発食らおうが意味がないか。捕縛網だ! 接近して叩き壊せ!」
投げられた網に絡まり自律駆動がひっくり返った。
集団が取り囲み、銃床で殴打し始める。
機械相手に全くもって馬鹿げた行為にしか見えないが長年の研究と実績によりこれが一番効果的であるということが分かっていた。
奴らは何故か原始的な武器であると視認させないといつまでも倒すことが出来ないのだ。
「これが一番だとは分かっていても……ううむ、見ていてあまり気持ちの良いものではないね」
オブゲンが顔をしかめる。
確かに、遠目に見ると野良犬を寄ってたかってなぶり殺しにしているようで酷い光景だ。
まるで自律駆動が出てくることを想定していたかのような布陣だったのに専用の装備は持ってきていないとはなんともお粗末である。
奴らを相手にする時には古い単発銃や電気の衝撃を与える剣、矢、籠手などを用いるべきだというのに。
「専用の武器を使わないと非人道的か? そんなものは小うるさい平和主義者どもの目がある時だけで充分だ。奴らの弱点はその自己暗示だ。死に至る暴行を受けているという事実を理解させれば良いだけだというのに面倒をかける必要はない」
「自己暗示?」
爆発が起きた。
何事かと思えば丘の上から煙が上がっている。
迷宮を地面ごと崩落させたのか。
今度ばかりはオブゲンが声を荒げた。
「あれはどういうことです!? 少年がいたらどうするんです!」
「犯罪心理を鑑みていないであろう位置を爆破し退路を断ったまでだ」
「犯罪? 彼は重要参考人であって被疑者ですらない! そもそも令状もなく何の容疑で……」
「黙ってろ」
二度目の爆発音が聞こえた。
しかしそれはマーガスの仕業ではなかった。
迷宮の出入り口を覆っていた木々が吹き飛び、いつの間にか中へ潜入を試みていた部隊員たちが飛び出してくる。
大きな力によって押し出された彼らは地面に叩きつけられると壊れた人形のように動かなくなった。
「な、なんだ!?」
自律駆動を囲んで叩き壊していた者たちも異変に気付き手が止まる。
迷宮から人影が現れた。
大柄というには更に頭一つ抜きんでた巨体に似合わない古びた神官服を着た不審者だ。
困惑したグレッグが見るとオブゲンは信じられないといった顔で口を開けており、マーガスは凶悪な笑みを浮かべていた。
「出たぞ、化身装甲だ!」
グレッグはその言葉を聞いて学生時代に受けた授業を思い出した。
それはたしか百年前にこの国で反乱が起きた時に使用された歩行兵器の名だったはずだ。
少年の行方を追っていたはずの自分たちがどうしてそのようなものと対峙しているのか理解が追い付かなかったが、兵器は周囲の部隊員を見渡すと拳を構えた。
刹那、兵器の体から何かが爆ぜる音が聞こえ部隊員たちが紙切れのように宙を舞った。




