逃亡3
粉塵が襲い掛かる。
細かな破片が鋭く全身を打つ。
近くでリオンの悲鳴が聞こえたが目を開けることが出来ない。
シェザードは襟を伸ばして口を覆いなんとか耐えた。
何故だ。
信じられなかった。
出し抜くどころか準備までされていたとは。
何故、奴らは無数にある出入口の中で自分たちがここから出てくると分かったのだろうか。
砂埃の向こうに人影が見える。
その姿は式典などで見たことがあった。
あれは特殊急襲部隊だ。
中央官憲の中でも暴徒の鎮圧などに秀でた部隊でありその能力は並の軍隊に勝る精鋭中の精鋭である。
防塵面を付けた集団が手際よく肉薄してくる。
もはや言い逃れなど出来ないだろう。
得体の知れない男と少女、そして自律駆動と共にいたことを何と説明したら納得して貰えるだろうか。
未だに甘い考えを捨てきれないシェザードであったが、官憲がこれだけの対応をする相手と共にいたことは自分の将来に決して良い運命をもたらしはしないことだけは本能で感じ取っていた。
そのとき舞い上がる土煙を切り裂き剛腕が振るわれた。
フリーダンだ。
超重量の横薙ぎが官憲たちを捕らえて吹き飛ばす。
官憲たちは一つの塊となって外まで吹き飛んでいった。
「お、おい……!」
『参りましたね、退路を断たれてしまいました。袋の鼠です』
「こ……殺したの……か?」
『どうでしょう? 手加減はしていませんので死んでもおかしくはないですね』
シェザードは初めてフリーダンに恐ろしさを感じた。
正体不明の不気味な男ではあったが悪人ではないと思っていた。
だが実際にその評価は正しくなかったようだ。
混沌の時代を生きた男は罪、特に殺人に対する罪の意識が薄弱だっただけだったのである。
いずれにせよとんでもないことをしてくれたものだ。
これで自分は殺人鬼の一派となってしまった。
こんな短時間に状況が悪くなっていくと誰が想像出来ただろう。
思考停止に陥り立ち尽くすシェザードにフリーダンはリオンと共に身を屈めて隠れているように指示して洞窟を出て行ってしまった。
外で銃声と金属音が飛び交い始めた。
流れ弾がくる可能性もあるのでシェザードは言われた通りリオンを連れて奥の瓦礫の陰に身を潜めた。
震えるリオンになんと声をかけたら良いかも分からず、ただ流されるままに待機するしかない。
むしろ口を開けば嗚咽が漏れそうなのはシェザードのほうだった。
この国は法治国家だ。
犯した罪から逃れることなど出来るわけがない。
時間が経てば経つほど積み重なっていく罪の大部分は自分で犯したものではないというのに。
好奇心を持って関わってしまったことがそんなに悪い事だったのか。
毎日のつまらない授業が酷く懐かしく感じた。
今日も本当ならばだらだらと休日を過ごし、適当に眠りにつき、起き、また登校し、興味のない座学を受けていたはずだ。
もうあの日常に帰ることは出来ないのか。
犯罪者として生きていかねばならないのだろうか。
散弾銃の音が鼓膜を震わせる。
あれらの銃口が自分にも向けれれるのか。
耳と目を塞ぎたい衝動に駆られていると急にリオンが立ち上がった。
驚いて座るように促すが振り払われた。
「いま……オルフェンスが!」
確かに争乱の合間に自律駆動の音が聞こえた気がする。
しかしオルフェンスは真っ先にばらばらになったではないか。
「いや……やめて……オルフェンスが死んじゃう!」
「あっ待てよ!?」
そんな事実もお構いなしにリオンが飛び出して行ってしまった。
何も出来ることなどないのに駆け出していく華奢な背中に度肝を抜かれてしまい、気が付くとシェザードも後を追ってしまっていた。
リオンが外に出た時だった。
周囲を火炎が包み込んだ。
悲鳴を上げるリオンに追いついたシェザードは、我に返って情けなくもリオンの背中で顔を隠す。
恐る恐る顔を出すと眼前には奇妙な光景が広がっていた。
燃え盛る炎の中で握りしめた拳を下ろすフリーダン。
片腕は根元から欠損していたが、どう見ても損壊部位は中が空洞だった。
肉は、骨は、血はどこにいってしまったのか。
がらんどうの身体には稲妻が迸っていた。
そして散弾銃によって倒されたはずのオルフェンスも動いていた。
関節が繋がっていないのに、まるで見えない糸で吊られているかのように元の形に戻っている。
あれは過去に出現したとされる数々の自律駆動にも見られた現象だ。
自分の目で見るのは初めてだったシェザードだがそれは確かに科学を完全に否定した現象であった。
「こっちよ!」
誰かの声が聞こえた。
白い影が素早くリオンに接近する。
「いやっ! なにっ!? 離して!」
急に担ぎ上げられ半狂乱になったリオンのほうを見てシェザードは驚いた。
そこにいた人物には見覚えがあったからだ。




