始動10
会わせたい人がいる。
そう言われて地下の迷宮を進んでいたシェザードは目的地と思わしき場所に到達していた。
石造りの壁や天井はどういう技術なのか接合部が淡く光っており照明で照らさずとも細部まで見渡す事が出来る。
そして大きな柱が首都の地盤を支える広い空洞の真ん中には棺のようなものがあった。
フリーダンに続いて傍に歩み寄り覗きこむと棺は白濁した蝋のようなもので満たされていた。
困惑して隣の大男を見上げるも照らされた顔は目の穴さえなく鼻の凹凸があるだけの仮面であり何も伺い知ることが出来なかった。
部屋には棺以外には何もなく、だとすれば会わせたい人とはこの中にいるということになる。
まさか遺体に会わせたかったとでもいうのかと少年は微かに身震いした。
『少しお待ちを』
フリーダンが棺の縁に手を当てた。
すると棺全体から低音が響き蝋のようなものが震えだした。
固形から液体となった物質は棺の下部にある隙間から漏れだしていきシェザードの足元に広がっていく。
水嵩が減ると中で何かが横たわっている影が徐々に見えていった。
若干身を引いてしまうが好奇心には勝てず目は向けたままの少年。
だが中の者の姿を捉えると目が泳いでしまった。
まるで眠っているかのように。
棺に納められていたのはなんと自分と同じ年頃の少女だったのだ。
その顔は幼さを残しつつも気品を漂わせていた。
美しい黒髪は長く、液体の影響で濡れて顔に張り付いていた。
それよりもどうしてもシェザードは身体のほうを盗み見てしまう。
少女は一切の衣服をまとっていなかった。
「ふ、フリーダン……こ、こ」
『目覚めますよ』
「えっ、ちょっ、待っ……」
フリーダンの宣言通り少女が目を開けた。
美しい黒い瞳が慌てふためくシェザードを捉える。
少女はなにやら動きたそうにしていたが身をよじるばかりだ。
おそらく長い睡眠で筋力が衰えているのだろう。
長い睡眠。
いったいどれくらい眠っていたというのだろうか。
仰々しい不可思議な装置から推察するに一週間一ヶ月なんて話ではないのだろうが人間がそんなに長期間眠っていることなど出来るわけがない。
地下迷宮、ぼろぼろの神官服を着た大男、そして彼女の存在がすべてちぐはぐでシェザードを混乱させた。
そろそろ彼らの目的が知りたい。
シェザードは足元で棺に脚を伸ばして跳ねている四つ足の自律駆動を見下ろしながら固唾を飲んだ。
少なからず彼らは空の民と何らかの関係があることは確かだ。
あの玉虫色の靄の上にある未知の世界がどうして今、何故自分と接点を持ったというのだろう。
「なあフリーダン、会わせたい人って……」
「フリ……ダン……?」
ぎょっとして見下ろすと少女と目が合った。
微かに聞こえた気がしたがやはり喋ったのは彼女か。
まさかこんな出会いがあるとは思っていなかったので心がなかなか整わない。
女性の、しかも同年代の裸など見たことがなかったので罪悪感がすごく直視できないまま答える。
「え、えっと、こっちがフリーダン。俺はシェザード……」
我ながら何を言っているのか。
初対面の相手に自己紹介するのは礼儀だがこのような状況では不適切な気がしないでもない。
少女はぼんやりとしていたがシェザードの言葉を理解したようで小さく頷いた気がした。
「……リオン。私は、リオン」
シェザードがまじまじと少女の顔を見返したのは単純にリオンという響きが女性につけるには珍しい男性名だったからであった。




