第71話
もう朝じゃねぇな。
大きな地鳴りと共に、空洞の奥の壁が崩れた。
そして、ぽっかりと口を開いた横穴から、なにかが流れ出して来た。
これはいったいなんなのだ!
灰色で、ぐねぐねと無秩序に蠢く肉塊。
それが押し合い、絡み合い、まさぐるようにして空洞に流れ込んでくる。
やがて、これらが巨大で軟らかなヘビのようなものであることがわかった。
いや、軟体動物の触手なのか?
まさか、これは生き物の一部だというのか!?
どこからか、妙な声が聞こえていた。
『け・はいいえ えぷ んぐふ ふる・ふうる ぐはあん ふたぐん』
それは本当に声だったのだろうか。
耳を介さず、脳に直接聞こえてきたような気がする。
『け・はいいえ ふたぐん んぐふ しゅど・める』
その未知の言葉には、より高次元の存在への敬意が感じられた。
そうだ、それはすなわち、この言葉を発する者には、人間並みか───ひょっとしたら、それ以上の知性があるということだ。
そして、探索者たちは気がついた。
地下洞窟にあふれ出した、この灰色の肉塊こそが、この声の主であり、人間がまだ表面を撫でることすら満足にできていない、深く広大な地底の主人であること…そして、その存在さえもが敬意を表する、さらなる高位の存在がいることに!
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「これは…勝てるかしら?」
「う…あぁ、うぅ…。」
あー、王首領さんは発狂してますね。失語症っぽいです。
「勝てないと思いますよ?というより、多分戦闘する必要はありません。あるなら無理ゲー極まりないですから。」
何せあちらはクトーニアン。身じろぎひとつで地震を起こすような正真正銘の化け物です。
流石のマジックラフト社もそこまでの難易度のシナリオは用意していない…はずです。
「お母さん、お母さん…。」
「ただいま…。」
「帰ってきたよ…。」
クラリスニアン達が口々にクトーニアンへと近づいていきます。それに対し、クトーニアンは慈しむように触手をのばすと、彼女達をそっと持ち上げました。
「間に合わなかったか…。」
突然、私たち3人の後ろからノイズのかかったような声が聞こえて来ます。振り返るとそこには怪しい人物が立っていました。
フードのついた丈の長いコートを着込み、両手を手袋に隠してその人物はクラリスニアンの方をじっと見つめています。
「まあいい、人造クトーニアン計画の成就から3万年、佐比売党の結成からは…何年だったか。いずれまた、シュド・メル様の声を聞ける日も来よう。」
そう言ってその人物は溶けるようにしていなくなりました。
「いきなり出てきて言いたいことだけ言って消えたわね…。」
「多分あれがずっと感じてた視線の正体なんでしょうが…気づけなかったの、不味かったですかね?というより完全に忘れてました。」
「で、あるな。」
あ、王首領さん復活したんですね。
そうこうしているうちに、クトーニアンは元来た横穴へと後退していきます。終わった…かな?
と、その時私たちの前にメッセージウインドウが現れました。
『シナリオ「白無垢の母」をクリアしました』
『称号:[白無垢の母]が消失しました』
『参加報酬が配布されました』
『特定条件達成者に「電人の秘儀」が配布されました』
『佐比売党との闘争が始まる』
『探索者よ、ここが狂気の入り口に過ぎないことをゆめゆめ忘れる勿れ』
出展:エンターブレイン社出版『クトゥルフカルト・ナウ』より『白無垢の母』