万を数える妄執とただ一つの願い9
鬼嫁レム出なさ過ぎな?
コントローラーを使うタイプのレトロゲーではゴリゴリのアタッカーを使う都だが、リアルでの運動は得意ではない。それどころか苦手と言えるだろう。
武道は齧っているが、あくまで齧っているだけであり、実践しろと言われても無理なのだ。
では何故使えもしない武道を齧っているのか。
それはVRでの都が、相手の動きを読み驚異的な一撃死数を稼ぐ狙撃手であるからに他ならない。
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(室内だから風は無し、目標との距離は…んー、目測で18.3mってとこか。)
手のひらでグロック17、もといコロナ17を弄びつつ、ぺぺは抑制剤に狙いを定める。
目標は僅か20cmほどの小さなボトル。
チャカはスナイパーライフルではなくハンドガン。
おまけに目標は高速移動中。
これまで一度も挑戦したことの無いような高難易度の狙撃。
コロナが対応しきれなくなった瞬間に戦線が崩壊しかねない圧倒的な逆境。
しかし、そんな状況においてぺぺが諦めることはない。逆境も縛りもテンションというスパイスをかければモチベーションに変わるのだ。
(燃えるじゃねぇか、オイ!)
「よーし、やってやらぁ!今ならシモ・ヘイヘにだって負ける気がししないぜ!!」
「いや、それは無理じゃない?」
ロンチーノの至極真っ当な意見を努めて無視しつつ、ぺぺは狙撃体勢に入る。
銃身に左手を添え、右目で高速移動するボトルを捉え───
───発砲。
「いたぁっ!」
「あ、すまんコロナ。」
が、失敗。逸れた弾は明後日の方向に、というよりコロナの方へ飛んでいった。
(チッ、流石に初めて使う銃で一発成功は無理か。)
口ではああ言ったものの、外すことは想定内だったぺぺは再び銃を構える。
(さっきのは右に逸れてコロナに当たった。くそッ、やっぱり人外の動きは読みづれえ!)
心の中で愚痴を叫びつつも、ぺぺの照準は次第にボトルの動きを先読みし始める。
(右…左…停止…左…右へ行って切り返し…ここっ!)
コロナとエイブラハムの戦闘音のみが響く、異様な静寂。
───パァァァンッ!
「っしゃあ!見たかオラァ!!」
「一発目についてはスルーしてあげましょう。…うっ、オェエエエ…。」
「だね。」
「ですね!」
「…ん。」
「だね!てか私もお姉ちゃんと同じく吐き気が…。」
「スルーするなら口に出さないでよくねぇか!?」
仲間の心遣いに涙が出そうなぺぺであった。
深淵よりの面々がコントを繰り広げる間、エイブラハムには劇的な変化が起こっていた。
エイブラハムの肌が沸騰しているかのように泡立ち、破裂する。その傷口からは軟泥が、いや、もはや茶色い水と成り果てた軟泥がだったものが溢れ出す。
苦痛の声をあげてのたうつエイブラハム。だが、その行為は徒に傷口を増やすだけだ。
やがて軟泥の流出が止まると、そこにはボロボロになったエイブラハムがいた。
それもそのはず、霧を直接浴びたわけでもないコロナとトーカでさえ吐き気に耐えるので精一杯なのだ、至近距離から直接浴びたエイブラハムが無事であるはずもない。
「さて、これで恐らく第3形態になるでしょうね…うえっ。」
「お姉ちゃん、吐きそうなら無理するのやめなよ…うえっ。」
口を手で押さえながら話すコロナに、同じく口を手で押さえながらトーカが言う。
「…トーカも人のこと、言えない。」
「マイカさん、どうしてこれで終わりじゃないと思うんですか?」
「…抑制剤の破壊は、あくまで軟泥に向けたもの。エイブラハム本体は、軟泥を吐いたから、もーまんたい。」
「なるほど!」
「キ、ミタチ、ハ…」
ラピスがマイカの解説に納得の表情で頷いた直後、これまでとは打って変わって理性を感じさせるエイブラハムの声が響いた。
「「「しゃべっ、むぐっ!?」」」
「「「静かに。」」」
突然の出来事にトーカ、ラピス、ぺぺが叫ぶが、それぞれコロナ、マイカ、ロンチーノに口を塞がれる。
「レイホウ、ハ、ヤリト、ゲタカ。」
「槍と下駄?」
「んぶっふ!」
「…ラピス、ちょっと黙る。ぺぺも笑うな。」
平常運転のラピス、やけにツボの浅いぺぺ、それを制するマイカとロンチーノ。
どうにも緊張感の足りない面々であるが、イベントシーンは滞りなく進む。
「サンマン、サンマンネン、マッタ。」
エイブラハムは
「ダガ、エンチョウノ、イジモ、ゲンカイダ。」
諦観と悲嘆と
「キミタチニ、ムスメヲ、タノミタイ。」
ほんの僅かな希望と
「ダガ、チカラガナケレバ、イミガナイ。」
積もり積もった狂気を宿した目で「深淵より」に向け、言った。
「チカラヲシメセ、サモナクバ、ニエニ。」
第3ラウンド…最終戦、開幕。
プリンさん、明日から本気だす。