>>2 それなんて妄想?
脇から差す日の光で顔の右側が微妙にあっつい。
そのくせ廃ビルの中は換気すらままならない場所なのにひんやりしている。
私は『剣』を突きつけている。
突きつけている相手はクラスメートの伊橋 善親。
確か『一匹狼』な感じがするって友達が言ってた。
少しシャギーを効かせたストパーの髪に、標準より細めの体。普通よりはまあ良さげな顔といった感じの人だ。
そんな善親くんは私に『剣』を突きつけられても微動だにせず、私を見つめている。
肝が据わっているのか、ビックリが度を超してフリーズしているのか、
多分どちらも違うと思う。
彼は『興味』を抱いている。
私か、
私の『剣』か、
それとも別の『何か』に。
「…消すのか?」
「ん?」
「俺を消すのか?」
ワンテンポ置いてから私は漸く理解した。
多分善親くんは、『私に殺されるかもしれない』と思っていたんだろう。
やはり彼は『見ていた』
遡ること数分前、人ごみの中、私は彼の視線を感じていた。
私がある路地裏から出てきたのを目撃したのだろう。
一匹狼と評価されている彼の事だから、対した関心も持たずに去るだろうと思っていたけど、嫌な予感がしたから彼を『監視』していたら案の定、
彼は私が出てきた路地裏へ向かい、見てしまった。
路地裏の奥に存在している『グロい血肉の塊』(にんげんだったもの)を。
―そして彼の逃走ルートを予想して『待ち伏せ』していたら案の定、彼はこの廃ビルに現れた。
そして今の状況―
私が彼に『剣』を突きつけている状況に至っている。
ただ解らないことがある。
彼は『私が見えていた』にも関わらず、あの萌え萌えなグロ肉の『存在意義』を理解していない。
そして私の『剣』の事も理解していない。
『剣』を出している時の私が『見える』のなら、『剣』の事もあのグロ肉の『存在意義』も理解している筈だ。
「別に、殺さないけど…どうして?」
「なに?」
「だって、『見えていた』んだよね?私とかあのグロ肉ちゃんとか」
黙って善親くんは頷く。
だけどまだ納得してない。って言いたげな表情をしている。
もしかしたら、彼は『見える』けどまだ『持っていない』って人なのだろうか。
…うーん、稀にそんな人が居るとは『聞かされていた』けど…。
「善親くん。この『剣』の事、全く知らないの?」
「…知らない」
『剣』が見えているのに、そんな健常者のような反応をされては困る。
私は剣を担ぎ上げ、何から話すかを考え始めた。
さて、まずはこの『剣』の事から話そうかな…。
「先ずはこの『剣』の事から話すね」
「分かった…」
意外と冷静だ。
それとも必死に状況を理解しようとしているのか、この状況について言及する姿勢は無いようだ。
「この子の名前は『.EXE』って言うの」
「『.EXE』…まるでプログラムみたいだな」
彼の言葉に私は頷いた。
彼のツッコミが正しいからだ。
確かに見た目は変わった剣だけど、プログラムと言って差し支えは無いだろう。
これを持てば、『渋谷内限定』であらゆる現象に『干渉』することが可能になる。
…例えば防犯カメラに見一つでハッキングしたり、物理演算に介入して壁をすり抜けたりすることも可能だ。
自らの姿を見えなくしたりすることも出来る。
「つまりね、『.EXE』の所有者は『渋谷内に限り、あらゆる行為を行うことが出来る』の」
「…凄い、な」
「疑わないんだね」
「まあね、そんな物が目の前にあったら信じざるを得ないって」
理解が早くて助かる。
普通の人間だったら夢だの幻覚だのって騒ぎまくるから始末が悪い。
『ありのままの出来事をありのままに受け入れる』事ができない健常者って最低だからね。
「ただ『.EXE』にも制約が幾つかあるの。チートめいた力って訳じゃないから」
「ふむ…。まず『渋谷内でしか使用出来ない』ってのかな?話からして」
私は頷いた。
彼は良い意味でも悪い意味でも『賢い』。
異常な状況に流されず冷静に言葉を拾い、分析している。
だとすれば色々気を回さずに済みそうだ。
「あと、まだ制約が幾つかあるんだ」
■制約その2■
※『.EXE』の所有者は様々な物理法則を無視したチートを行えるが、別の『.EXE』所有者にそのチートは通用しない※
「例えば、私が『.EXE』を使用して姿を見えなくしても、別の『.EXE』所有者からは私の姿は丸見えってこと」
「ふむ……なら、おかしくないか?」
「だよね、君は…」
「ああ、『.EXE』を所有していない」
彼は自らの矛盾に漸く気付いた。
彼は『.EXE』所有者では無いのにかかわらず、『.EXE』のチートが通用していなかった。
その事については色々考えがある。
彼がまだ『.EXE』を発現していないとか。
…でも、多分それは無い。
『.EXE』の発現は突発的なものであり、突発的なものではないから。
「なあ一ノ瀬」
「なに?どしたの?」
「『.EXE』って突発的なものなのか?」
「…うーん、違わないけど違う」
『.EXE』が発現するタイミングはわからないけど、発現可能になったら、頭の中で『あ、発現出来るなー』って予感めいたものが予め閃く。
つまり、ホントに急に出せるものじゃない。
「使い方もその時にパッて頭に閃くんだ」
「成る程、突発的ではないけど突発的…か。俺にはまだ無いかな」
「だからこそおかしいんだよ?善親くん」
私は『.EXE』をしまうと、後ろに手を回しブリっこのように前かがみ体制になって、上目遣いで彼を見つめる。
「キミは異質な状況下の中でもさらに異質を放つ『異常者』ってことになるんだよ」
ドスを効かせた台詞。
でも彼は薄ら笑いを浮かべていた。
「良いね、異常者の中の異常者。そそられるよ」
不敵に笑う彼はある意味では予想の範疇に入っていた。
■制約その3■
※『.EXE』は異常者にしか発現しない※
つまりは『.EXE』に関わる存在は全て『異常者』ということになる。
―もちろん、優等生と言われている私も。
「それで、一番聞きたいことがあるんだけど」
「なに?」
「俺達異常者は『.EXE』を使って何をすればいい?」
「何もしなくていい」
「…何だって?」
『.EXE』を所有しているからと言え、所有者同士で殺し合うなんてルールは無いし、困っている健常者を助けろってルールもまた無い。
―逆も然り。
『.EXE』の所有者同士で殺し合うもよし!
困った健常者を助けるもよし!
困った健常者をさらに困らせるのも良いし!
チートを使って女の子の意識にハッキングして合法的に《《この一文には、社会的観念から不適切と思われる要素が含まれていたため削除しました》》するもよし!
『.EXE』所有者の数だけルール(あそびかた)が存在している!
「素敵だな」
「素敵だよね」
彼は心底この状況を良しとしているようだ。
流石と言うしかない。
「一ノ瀬は何を楽しんでるんだ?」
「コレクション収集。路地裏のグロ肉ちゃん見たよね?あれの写真を撮るの」
「あれの?」
私は異常者だ。
なぜならグロ肉の画像集に性的な快感を覚えるからだ。
最初
―確か中学に入り立てのころだったかな―
インターネットで偶然グロ画像を見つけた私はあまりの凄惨さにショックを受けた。
そして急いで画像を閉じトイレへ駆け込んだ。
吐き気を催した訳じゃない。
劣情を催した。
つまりはエッチな気分になったのだ。
だって仕方がない!
内臓は愚か直腸、脳髄は丸出しで肉なんか散乱していて原型を留めていない!
卑 猥 に も 程 が あ る ! !
あんな…あんな無修正画像を見せつけられて、エッチな気分にならないのがどうかしている!
あの画像で三回は絶頂っちゃった覚えがある。
とりあえず親に隠れてグロ画像を収集している毎日が続いていたけど、何時しかネットでは満足出来なくなった。
血が滴る生肉もふもふしたいのぉっ!
グチャグチャの内臓の匂いクンカクンカしたいよおっ!
グロ肉グロ肉ぅ!うわああああああああん!
「成る程、なかなかの異常っぷりだな」
思いの丈をぶちまけた私に拍手する善親くん。
引いていないってところで彼の異常っぷりを垣間見た。
「『.EXE』を使ってるから死体も見えない、私も見えない。さらに明らかにDQNな奴を選んでグロ肉にしてるから地球にも優しいしねっ」
「成る程、個人の欲求と世界平和が同時に実現できる訳だ」
「うん」
『.EXE』は正に魔法の道具。
私の願いや、世間の皆さんの願いを叶えるツールだ。
世間の皆さんの願いはもちろん『DQN』の絶滅。
頭の悪さとかはどうでもいいんだけど、人に迷惑かけて悪びれないような奴らは死んでも良い。
DQNの親だって、大助かりだ。
子供のせいで自らの世間体が汚されずにすむ。
さらに子供が死んで悲しんだフリをすれば、
「ああ私はこんな異常な子供にこんなにも愛情を注いで…なんて良い親なんだ!」って自己満と、
「あの親は最後まで子供を愛している立派な人なんだ」って世間の評価も得られる。
だからって人殺しは人殺し。
私は正当化しない。
私は欲求のために人を殺す最低の人種だ。
その罪を良しとはしないけど、そんな私の人格は悪いと思っていない。
矛盾してる
でも私は異常者だ。
健常者の視点から評価されてもね。
とりあえず
グロ肉たん萌えーーー!
【次回を待ってね?】