>>1 異常者紳士と惨殺淑女ktkr
俺は異常者だ。
自覚できるほど、末期の異常者だ。
治療のしようが無いくらいの異常者だ。
俺―
伊橋 善親は『対人恐怖症』ならぬ『対人憎悪症』に陥っている。
とにかく視界に移る有象無象―。
別名『他の人間』が憎くて醜くて腹立たしくて哀れで無様で阿呆らしくて仕方が無い。
昔から、そう、生まれた瞬間から訳も分からず負の感情を他人に抱き続けていると云っても過言ではない。
だがそれはそこ
俺はもう高校2年。
対人憎悪症であっても人と最低限の付き合いは出来るようにはしている。
幸いに我が外見は平均よりはそこそこ上らしく、『根暗』やら『孤独』なんて不名誉な評価は無く、周囲の人間は勝手に『一匹狼』だの『人付き合いが苦手』だのと勘違いしてくれる。
いや、一匹狼云々は間違ってはいないかも知れないが、何か、説明は出来ないが何かが違う気がするので上記のような言い回しにしておく。
しかし、異常者であるのは俺だけかと思っていたけど、存外そうでは無いらしい。
世界は広く、そして狭かった。
まさか俺と甲乙つけがたいほどの異常者が、俺の近辺にゴロゴロいるなんて思いもしなかった。
だが、ある意味では『必然的』だったかも知れない。
今は、そう思っている。
【話は次の頁まで遡る。異常者と出逢う覚悟が出来たら逝け】
!COUTION!
※この先からはあなたの健常な精神を余すことなく汚染する可能性がある文体となっております。
・健常な方や異常な方
・体調の悪い方
・現在疾患をお持ちの方
上記の方には刺激が強すぎる可能性が御座いますので是非是非閲覧してください。※
夏も過ぎ、肌寒くなった渋谷。
それでも行き交う人々の雑多さでどことなく蒸し暑さを感じている。
いや、
蒸し暑さではなく苛立ちだろうか。
対人恐怖症と呼ぶには些か不適切な『対人憎悪症』を患う自らにとって渋谷は地獄だ。
談笑している女共―
インターネットの某掲示板発祥のスラング(悪口)で云うところの『スイーツ(笑)』をとりあえず思い切りぶん殴りたい衝動に駆られる。
苛々している処にあの無遠慮な馬鹿笑いを聴かされるのは、結構くるものがある。
そんな不快感を抱きながら、街角で見知った顔を見かけた。
少し薄い黒色―アッシュブラックよりは少し濃いぐらいの艶やかな黒髪に、くりっとした瞳、小柄な顔に愛嬌のある八重歯―と、如何にも漫画の万人受けしそうなヒロインのような少女だ。
―名前は
『一ノ瀬 英里』(いちのせ えり)
確か成績優秀、品行方正と完全無欠の女の子とクラスの奴らが噂してた記憶がある。
とはいえ対人憎悪症である俺にとってはそんな下馬評には興味無く、寧ろそんな完璧超人ほど嫌気が差す。
嫉妬と云われれば悩むが、よく分からないので別に肯定しても問題は無い。
そんな
―まあどんなと云われても説明が面倒なので割愛するが―
彼女が裏路地に等しい、入り組んだ上に奥まった場所から姿を表したことに疑問を感じた俺は、人混みにぶつかることも厭わず彼女が出てきた場所へと移動した。
―『常識』と言う名の『ゲスの勘ぐり』で考えるなら、援助交際だとか、頭の足りない不良気取りの男に連れられて強姦されただとか、色々理由は思い浮かぶが……強姦の線はNOだと思う。
路地裏から出てきた彼女の顔は無表情だったし、挙動不審な点も(遠目からみた限りでは)見当たらない。
―まあ彼女が《《社会常識など様々な観点から、不適切だと思われる語句が含まれていたので、ここの文は削除しました》》なら話は別だが―
なら援助交際だろう。と云われればNOだ。
ただしそれは状況を鑑みた論理的見解からではなく、あくまで自らの希望だ。
俺(異常者)は『常識』と言う名の、『多人数の意見を無理矢理押し通すための誤魔化し』を最も嫌う。
だから『常識』で収まる考えなど持ちたくはない。
だからといってDQN(インターネットスラングの一種、常識の無い人を意味する)と一緒にされては困る。
少なくとも俺は駆け込み乗車だとか、狭い電車内で足を組んで座ったり大股開いて座ったり、道に唾を吐いたり、自転車の二人乗りetc...など、醜態を晒すような真似はしていない。
…話が逸れた。
つまりは、俺は彼女が出てきた路地裏の向こうに『非日常的な何か』を渇望している。
渇望と共に、『常識を打ち壊す何か』があると予感している。
逸る気持ちを抑え、俺はその入り組んだ路地へ足を踏み入れた。
「肉が食えなくなるな」
路地裏を見た俺の感想がこれだ。
周囲は恐ろしい有り様と化している。
乱立したビルにより日の光が遮られ、僅かな光が差す路地裏。
地面にはおびただしい血溜まりがあり、俺の靴を濡らす。
無論壁にも血は飛び散ってはいるものの、どちらかと言えば地面の血を有していた被害者のモノとおぼしき、肉片や臓物
―ヒダの折り重なり方や形からすれば―理科の教科書にある、人体断面図に記載されている小腸だろうか―
が張り付いている。
血溜まりの中心には、引き裂かれたかのようにグズグズの肉や、骨を剥き出しにした『人だったモノ』が存在している。
ペースト状になった肝臓から何やら汁が噴水のように吹き出している。
臓物から湯気がほかほかと上がり、鬱陶しさを倍増させる。
これは後始末が大変だろうな……と俺は考え、さっさと立ち去ることを選択した。
にちゃにちゃと靴の裏に溜まった血で足跡を付けながら、俺は路地裏を移動する。
とりあえず表路地に出るのは避けたいが、逃げなければヤバい。状況的に俺が被疑者に仕立て上げられる。
せめて表路地に移動する際に、誰にも見られなければ良いが…と思いながら、俺はある疑問を抱いていた。
まずあの凄惨な殺人現場をプロデュースした犯人は、(あくまで状況的判断に基づけば)路地裏から出てきた『一ノ瀬 英里』だろう。
だとすれば謎が結構ある。
幸いに路地の奥にドアがあった。
俺は服の裾で手を覆い、ドアノブに手をかけた。
ギギ…と錆びた金属特有の擬音を発し、扉は開いた。
中は暗く、廊下の隅に蜘蛛の巣がある点から考えるに廃ビルだろう。
さらに床にはそれほど古くはない空き缶がある。
頭の足りない奴らが溜まり場にでもしているのだろう。
幸いにして脱出経路は確保出来た。
後はこの廃ビルから目立たないように脱出するだけだ。
俺は側にあった椅子に座る。
カバーが剥がれ、中のバネが丸見えだ。
ギシリ、と軋む音を聞きながら、俺は先程のグロ肉現場を回顧する。
まず動機…―は、どうでも良いだろうな。
積年の恨みだろうが、突発的な犯行だろうが関係はない。
凶器……。
あのグロ肉を素人目に観察するに、もの凄い力で引き裂かれていた。
素手…では、まあ出来なくはない。
ナイフとかでも時間はかかるが可能だろう。
時間―…については推測の仕様がない。
もしかしたら何時間も前に行われていた可能性も有るわけだ。
俺は『彼女が路地裏から出てくる時間』しか知らないから。
問題は彼女の様相だ。
俺が見た彼女は
『何の変哲もなかった』
返り血とかが無いのは極めて不自然だ。
服を着替えるにしても、地面に血溜まりを作るほどの返り血なら、髪や顔にべったりと付着する筈。
顔などを何かで覆っていたならまた別だが、服といい、個人を特定できる可能性のある品を犯行現場に残すだろうか?
見た限りでは
『何かを隠せる所は無かった』
現場には『凶器らしきものも無い』訳だし、彼女が『凶器を隠し持っている』可能性がある。
しかしそれなら『返り血がついていない』謎が残る。
……謎だ。
まあ暫し考えたところで、それがどうしたと言う結論に至る。
俺には全く関係は無い。
通報の義務を果たしてやる道理も無い。
他の人間が通報するかどうかも、どうでも良い。
俺は立ち上がり、廃ビルの窓から、廃ビルに面した路地の様子を伺う。
幸い人通りは少ない。
廃ビルに注目している人間も居ない。
タイミングを見計らって俺は廃ビルから脱出する。
…しかし、どうするか。
渋谷で殺人なんざ珍しくはないが、あれほど凄惨なモノはなかなか無いだろう。
興味はそそられる。
しかし、首を突っ込んでちょんぎられてはたまったモノでは無い。
…やはり一ノ瀬 英里が事件の鍵を握っているのか。
だが不用意にカマかけを行い、口封じを企てられるなんてBAD ENDは嫌だ。
…無かったことにするか。
事なかれ主義は人間として最低の行為とは思うものの、不可解な事件への恐れや面倒くささがはばかり、俺はこの事件を『見なかった』ことにしようと企てた。
否、
企てたかった。と云うべきだろうか。
通りに出ようとした刹那、俺の背筋はぶるりと震えた。
鳥肌が立ったかのような感覚。
―ホラー番組を見、殺人鬼が不意に現れた瞬間にブルッときた感覚と云えば分かり易いだろうか―。
そして俺に注がれる視線に、俺の足は、俺の『脱出しようとする意志』は阻まれてしまった。
俺の背後にある暗がりに、何かが浮かぶ。
中空に2つ、まるで人の眼だ。
いや、まるで では無い。
人の眼だ。
くりくりっとした、はっきりとした眼。
やがて暗闇に輪郭が浮かぶ。
カツーン、カツーン。と靴が地面を穿つ音が大きなってゆく。
アッシュブラックの髪。
愛嬌のある八重歯。
「一ノ瀬…英里」
暗がりから現れたのは、件の一ノ瀬 英里。
無表情である彼女は俺の言葉に無機質な微笑みを浮かべている。
異様だ。
表情はまず置いておく
が、異様なのは
彼女が手に持つ『それ』
流線を描く、独特のフォルムを持つ巨大なナイフ。
いや、大剣か?
彼女の身の丈程有ろうかと言うその刃物はナイフのような形をしてはいるが、クレイモアやツヴァイハンダーのような大剣と同じにしても差し支えは無いだろう。
「見ちゃったんだね」
不意に彼女が呟けば、瞬間的に大剣の切っ先が眼前に据えられる。
一瞬だ。
まるでフィルムのコマとコマの間に刷り込まれたように存在していた。
彼女は身の丈程有る大剣を涼しげな顔で、片手で保持している。
異常な筋力、なんて言葉で片付けられる話ではない。
しかも大剣を振るモーションすら無いし、あれを振る事で必ず発生するはずの空気の乱れや、風切り音すら感じなかった。
「……」
凍りついた。
彼女の異様さや大剣捌きに見入ってしまった。
殺される。とか
彼女が何故あんな大剣を持っているのか。とか
そんなのは
ど う で も い い 。
俺は間違いなく魅力を感じていた。
彼女にでも、
彼女の持つ大剣にでも、
今この状況にでもない。
では何に魅力を感じたのか?
解らない。
だがそれで良い。
ふと沸いた取り留めのない感情に、一々理論を求めるのは健常者のすることだ。
俺は異常者だから必要ない。
廃ビルの、ガラスの無い窓から光が入る。
その光が彼女を照らし、陰影のコントラストを色濃く分ける。
その時だけは無機質に見えた彼女の笑みも、不敵で不気味なものに見えた。
とりあえず
どうするかな――。
【次回を待て】