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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

2XXX年

作者: ぱにこ

 この世界は汚れている。

 

 湿度、温度、清浄な空気で管理された室内から、一歩外に出るには、室内と同様の機能があるフルフェイスのヘルメットを装着しなければならない。

 もちろん、服装に関してもそうだ。

 無防備な肌を一切露出することなく、多彩な機能が織り込まれたボディスーツの着用が義務付けられている。


 私は、いつもの様に届けられた安心安全な朝食を取り、出勤の準備を始めた。

 とはいっても、やる事は少ない。

 通勤の際に聞く音楽を決めるだけなのである。

 数ある音源から選択したのは、過去の大衆文化の一つ『漫才』というものだ。

 これは何度聞いても楽しめ、疲労が蓄積された週末などによく選択する。

 『落語』もいいが、何も考えずに笑えるという点では、漫才が上だろう。

 私は視線を動かし『漫才・1980年代』をタップした。


 移動の時は、何かしら音を聞いていなければならないという法がある。

 

 生命維持の為に装着するヘルメットをかぶると無音となる。

 無音を長時間味わうと心身に異常を来す。

 無音のまま移動すると不用意な事故を起こしかねない。

 様々な事件、事故を予想し、数年前に制定された法の一つである。

 これを犯せば、今の仕事を辞めさせられ、重労働勤務へと飛ばされるのだ。


 重労働勤務は、()で農業を行う。

 外で作られた物は一切食べることが出来ないが、観賞用として需要がある。

 観賞用といっても、外を歩くときに()るだけの物なのだが。


 私は準備が整い、外へ出た。

 見慣れた風景を歩き、毎日変わらぬ面々に会釈をする。

 文字通り、見知ったヘルメットと言う意味だ。

 

 支給されるヘルメットの仕様はどれも変わらない。

 違いと言えば、子供なら通う学校名と氏名。

 仕事勤めなら、会社名と氏名。

 無職なら、氏名のみが印字されているくらいである。

 これをカスタマイズして、個性を出す。

 しかし、これがなかなかに難しい。

 武骨な文字は、全てにおいて余計なのだ。

 いくら可愛くカスタマイズしようとも、黒字で記された名が台無しにしてしまう。

 いくら格好よくカスタマイズしようとも、ゴシック体で記された名のせいで、そこいらにある看板に見えてしまう。

 

 試行錯誤の末、私は色を変えてみた。

 名を中心にグラデーションを付けたのだ。

 自画自賛ではないが、なかなかの出来栄えではないだろうか。

 何故なら行き交う人々の視線はわからないものの、こちらを向いている様な気がするからである。


 室内を出てほどなくすると、会社直通の移動道路に着いた。

 こういった移動道路はあらゆる箇所で見受けられる。

 大昔にあったバスの停留所よりも多いそうだ。

 バスというものは映像でしか見たことがないが、待ち時間を考えるとこちらの方が便利と言えよう。

 何せ、待ち時間がなく、時速30キロのスピードを出し目的地へ連れて行ってくれるのだから。

 目的地は会社ばかりではない。

 子供達が通う学校から公共施設、民間の遊技場に向かう移動道路も設けられている。

 これにより、乗り物による死亡事故がなくなったのは喜ばしい事だ。


 ゲートを潜る際、可視光線が照射され、ヘルメットに内蔵された識別番号を読み取る。

 それを難なく潜り、同じ会社へと向かう人混みに紛れた。

 暫くすると、会社の同僚と呼べる者が軽く会釈して近づいて来た。

 

 ヘルメット内部の液晶部分に文字が浮かび上がる。

『おはよう! 今日もいい天気だね』

 同僚からの挨拶を返す為、私はヘルメット内部に設置されているマイクに向かい声を出した。

『おはよう! 相変わらずいい天気ですね。たまには、昔話に出てくる雪や雨を見たいものです』

 これは音声を聞き取り、相手のヘルメット内部に転送する仕組みである。


 この世界の住人は家族以外の生の声というものを聞いた事がない。

 素顔にしてもそうだ。

 ヘルメット姿でしか関わらない為、知人の素顔を一生見る機会がないのだ。

 葬式の遺影ですら、ヘルメット姿なのだから。

 まぁ、いきなり葬式で素顔の遺影を出されたら、参列者が困惑するだろうし、当然と言えば当然だが。


 同僚と談笑していると、私の部下が近づいて来た。


『おはようございます』


『ああ、おはよう』


 やはり、女性というものは動作が美しい。

 見ていてほれぼれする。

 

 男はピッタリとしたボディスーツで身を包み、女性は同じタイプのボディースーツの上からフレアスカートを身に着ける。

 このフレアスカートが、より女性らしさを醸し出しているのかもしれない。


 一昔前までは男女変わらぬ装備だったのだが、これが間違いだったと知るのはすぐだったそうだ。

 それもそうだろう。

 体にフィットするボディースーツを身に纏った女性が近くに居れば、おかしな衝動に駆られるのが男というものだ。

 かくいう私も部下の胸元を直視できないでいる。

 これはフレアスカートに続き、羽織物も義務付けるべきなのではないだろうか。


 煩悩に彩られた思考に耽っていると、移動道路の終着点である会社に到着した。

 会社のゲートを抜けると、各フロアへ転送される。


 私の部署は、この時代の食事として毎日届く、金属で出来た筒の中身の味付け。

 フレーバーを研究する施設である。


 金属を口に咥え吸い込むだけで栄養が凝縮された霧状のエキスが口に入り、食事を摂った事となる現在。

 吸って終わりと言う単純で時間の掛からぬ味気ない食事だからこそ、生まれた部署でもある。


 ちなみに今朝届けられた食事は、私がつい最近再現した『〇村屋の肉まん』という物だった。

 吸った瞬間、良い仕事をしたと満足感を得たのはここだけの話である。

 私はこの仕事を誇りに思うと同時に、過去に食べられていたとされる食物を口に入れたいという衝動に駆られている。

 きっと、こう思っているのは私だけではないはずだ。

 現に、参考文献を見ながら喉を鳴らしている部下が数人見える。


 部下のこういった姿は好ましいものだ。

 その食べたいという情熱を研究に注ぐのだから。


 さて、私も一仕事するとしようか。

 手元にある資料に目を通す。

 昨日に引き続き、『ソースの二度付け禁止・串カツ』という味を再現する。

 食感は致し方ないが、いかに『ソースの二度付け禁止・串カツ』を口いっぱいに頬張った様な気分になれるかが重要だ。

 

 味の追求に妥協はしないが、香りと味の兼ね合いで失敗は多い。

 過去『ドリアン』という果物を再現したことがあり、最終チェック段階まで行った。

 最終チェックとは、各最高責任者が実際に吸ってみて流用に値するかどうかを決める。

 

 この時の事は始末書と減給3ヶ月を喰らったとだけ言っておこう。


 ━━━━ドッッカーンッ!!!

『ドッッカーン!!! 』


 私が『ソース二度付け禁止・串カツ』のソースの香りを再現していると、部下が研究している箇所で爆発が起きた様だ。

 ヘルメット内部の液晶に爆発音らしき文字が転送されてきたのである。

 

 爆発は然程珍しいものではない。

 私は、またかという気持ちで、部下の元へと向かった。


『今度は何が爆発したのかね? 』

『室長……シュールストレミングです』

『うむ、これで3度目か。それで、原因は特定できたのかね? 』

『はい、この食べ物は膨張する特性を持つみたいです』

『では、シュールストレミングの研究は中止とし、デザートの研究に回ってくれ』

『はい……残念ですが、そう致します』


 そう言って、肩を落とす部下を見るのは辛い。

 しかし、1つの研究に3度の爆発までと定められている。

 この取り決めの切っ掛けとなった大惨事を思うと、諦めてもらうほかない。


 もう『ハカール爆発事件』を、何かある度に上司に突かれるのは御免こうむりたいのだ。

 だが、この事件のお陰で色々学んだこともある。 

 『ハカール』や『キビヤック』などの、臭気を放つ食物の研究をする時、周りの者に声掛けをする。

 物音を拾い、ヘルメット内部の液晶に表示させるという事だ。


 この取り決めの切っ掛けとなった『ハカール』

 その時は外の音を拾い表示するように設定していなかったため、施設の大半が吹き飛んだにも関わらず、数時間気が付かなかった。

 一人、炎上している室内で黙々と作業しているのだ。

 何とも間抜けではないか。

 

 その上、連帯責任で給料30%カットが半年続いたのには、ほとほと参った。

 よくよく考えると、私は高給取りでありながら、まともに給料をもらっていないのではなかろうか……。

 やりがいのある仕事ゆえ、転職する気はないが、これ以上給料カットが続くと違う仕事も視野に入れねばならない。

 いや、残業でどうにかするしかないだろう。

 

 そんな事を考えながら、『ソース二度付け禁止・串カツ』のカツ部分の香りを再現していると、再び爆発音が表示された。


 ━━━━ヴォン! ドッカーン!

『ヴォン! ドッカーン! 』


 手に持つビーカーを置き、部署内を見渡す。

 しかし、何処にも爆発元が見当たらない。

 私同様、部下達も首を傾げている。


『今の爆発は、違う部署だろうか? 』


 違う部署での爆発は珍しい。

 私は各フロアへ連絡を入れる事にした。


『今、爆発音が表示されましたが、異常はありませんでしょうか? 』


 私の問いかけの返事はすぐに表示された。


『現在調査中』

『現在調査中』

『現在調査中』

 ━━━━

 ━━


『爆発元の特定・重労働区域・農作物内に過去の遺産侵入』


 その表示に私は声をあげた。


『はっ? 』


 私の声が部下達のヘルメット内部にある液晶に表示されたのだろう。


『どうされたのですか? 』

 と問いかけてきた。

 その返答代わりに私は先ほどの表示を部下達に転送した。


 それを読み、部下達が窓際に向かう。

 窓の外は、先ほど表示された『重労働区域』が一望できるのだ。


『まだ生きています! 』


 一人の部下が手をワタワタと振り上げ、私を呼んでいる。

 野次馬をする気はなかったのだが、生きていると表示されれば、見に行かざる得ない。

 なにせ、過去の遺産である。

 仮に、無事この施設内まで連れ込めれば、色々と聞く事が出来るというものだ。


『ほう、まだ生きてるな。…………あれは、救助隊か。助かればいいが……』


 私の呟きに反応して、部下達が色々話し始めた。


『どの時代の遺産ですかね? 』

『あの服装は2010年代から2020年代辺りかと。一緒にやって来たバイクという乗り物は大破していますね』

『ふむ、では、私が研究している物の味についても知っている可能性があるな』

『私達の研究する果餅かへいは知らなさそうですね』

『過去の遺産は一様にヘルメットとバイクという乗り物と共にやって来る。さすがにその時代の遺産は飛び込んでこんだろう』


 私がそう返答すると、瞬く間に笑い声の表示で埋まった。


『ハハハハハ━━━━』


 皆、笑い過ぎである。


『あっ! 』

 

 一人の部下が声をあげた。

 ほのぼのとした空気で埋め尽くされていた室内に緊張がはしる。


『ああぁ! 駄目っ、ああ』

『どうして…………』


 女性陣が膝を折り、項垂れている。

 それもそのはず、生きていて欲しいと願った過去の遺産がヘルメットを脱ぎ捨て、観賞用に植えられている『イチゴ』を口に入れたのだ。


 この世界は汚れている。

 外の世界で作られた農作物は、全て有害物質が含まれており、一口食べると瞬く間に死ぬ。

 この世界は汚れている。

 外で素肌を晒すと、じわりじわりと肌を焼き、死に至る。


 喉元を押さえ死んだ過去の遺産。

 その姿は真っ黒に焼けただれていた。


 滅多にやってこない過去の遺産。

 どうやって時空を超えて来たのかはこの時代でも解明できない。

 しかし、度々やって来る彼らは確かに過去で生き、タイムスリップしてこの未来へとやって来たのだ。

 まだ、豊かで穢れのない時代から、この汚れきった次代へと。

 せめて生きてさえ居てくれれば……謎は解けたのかもしれない。  

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです。世界観についての説明がくどくなく、日常の描写から色々と想像できました。過去に何があったのか、また、なぜライダーだけがタイムスリップするのかが気になります。何かしら示唆している…
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