マラソンのクライマックスな日常
『残すはゴール前500メートルの直線のみとなりました』
『長かったですね、ここまで。それにしても今年はここに辿り着いた人が殆どいないようで』
『ええ、そうなんですよアシバナさん。現時点ですでに全体の三分の二がリタイア、タイムアップなどで退場。残る三分の一も半分が既に諦めて座り込んでおり実際に競技に参加しているのはわずか15%ほどだそうです』
『アサクラ先生は難度設定を間違えたみたいね……。みんな、若いのに情けないぞ!キャハハッ』
『……( ゜д゜)』
『ドガゴッ!……あらやだモモノキさんたら何寝てるの?もー実況中なんだからキチンとしなさい。
あら、戦国甲冑部のハンザカ君?ああ代わりにやってくれるのね』
恐らく耐えきれなくなったモモノキの表情筋がピクリと反応した瞬間に叩き潰されたのだろう。呻き声の一つも上げず彼女は散っていった。
『はい、気を取り直してここからは戦国甲冑部部長のハンザカが実況を解説と司会はアシバナさんにお願いしたいと思います』
カチャカチャと兜の緒を締め直すとハンザカは落ち着いた声で実況を始めた。
『おっとここで最後の直線に人影が現れた!
現在のトップは甲冑部のプライドを文字通り捨てていったウタシロ!その背にトネリコが乗ります』
『あらーやっぱり気にしてたのね、部長なのに足場に利用されたこと』
『これは優勝はとったも同然!後続を完全に突き放して……ん?あれはああーっとー独走する馬を追う一筋の粉塵!
あれは陸上部部長のタルキだーー!
その勢いで一気にウタシロを抜き去る、ザマーミロ!』
『タルキ君は部員たちの助けを借りながらここまで上り詰めたわね
さすが陸上部、鎧を着て喜んでるだけの部活とはチームワークが違うわ』
『なぬぅ⁉︎ オイ、ウタシロ‼︎ 部のプライドが許さん。アレをやれ、負けたら分かってるなおい!』
『ドゴッバキッ……』
『えー偏向的な実況失礼いたしました。ここでトップを見てみますと依然としてタルキ君が猛スピードで2位を引き離して……。あら?アレは』
部長命令によりこれまで温存してきたウタシロのエネルギーが遂に解き放たれる時がきた。
「いいか、トネリコ。コレをやると俺はもう動けなくなるどこまで飛べるか分からんがゴールまではあとは自力で到達してくれ」
「あの、先輩……キメ顔のところ悪いんですけどソレをするんだったら馬鎧は外した方が……」
「この猛スピードに振り落とされるんじゃないぞ!500メートルを10秒で駆け抜けるこのスピード!何者も追いつくこと能わずだ!」
叫んだ瞬間、ウタシロの背から純白の翼が生えでた!!
『これは!ウタシロ君、翼を広げてケンタウロスからペガサスになったーー!』
「先輩、馬鎧……」
「ねぇ?ツガっち、ペガサスって事はさ半身の人は引っ込んだのかな?」
「引っ込まねえんじゃねーの?そのまま翼が生えたんだろ」
「それってペガサス……?」
「……ビミョーな生物って言うんじゃないかな」
ウタシロもとい翼の生えた人馬は恐ろしいスピードでタルキを追い抜き、ゴールテープに向かう。
「いけるかトネリコ?俺はそろそろ限界……だ」
崩れ落ちるウタシロ!トネリコは彼の死を無駄にしまいと必死に駆ける!しかし
「何が500メートルですか!300メートルも進んでないじゃないですかーーー!」
『重かったんでしょうねー、馬鎧……』
タルキは清々しい風と共にゴールテープを切った。
『第31回マラソン?大会を制したのは!3年陸上部!タルキ選手だー!』
『いやあ、やはり陸上部は強いですね』
『この競技そんなん関係ないと思うんですけど…』
『えー、ただいまを持って本格的にアサクラ・カキウチ両先生が後ろから生徒の回収に入ります。』
『これで捕まってももちろん体育補習はありますのでご注意を』
この後、残った生徒たちはパン食いコーナーで絶望することとなった。
「…シンジ…生きてるか?」
「…」
「シンジ?シンジィィ!!」
マラソン大会一週間後に行われた体育補習は凄絶なものとなっていた。
本日は晴天、本来であれば砂は焼かれ真っ白な大地が広がっているはずの校庭は、生徒たちの汗に溢れ、一時的に浅い沼地が形成され、訓練自体も見た目もまさしく地獄絵図と化していた。
「ふんっ!ふんっ!大体、ふんっ!生徒が多すぎるんだ。ふんっ!」
「ヤマノウチ、お前は元気そうだな」
「まあいつもより厳しいが、ふんっ!運動部は毎日は練習してるからな」
ヒガシが辺りを見回すと、確かに数名、運動部の面々と思われる生徒たちはまだ生きていた。
まだ、であるが。
「おし、じゃあ運動部の奴らは俺のところに集まれ。特別に鍛えなおしてやる」
「「「いやあああああああああ!!」」」
そこに教師カキウチからの無慈悲な宣告、生徒たちは力尽きた。
「ヒ…ヒガシ…」
「シンジ!?生きていたのか」
「いや…俺はもう……だめだ…だが…」
「だが?だが何だというんだよシンジ!」
「なんで…女子と一緒じゃないん?」
「……そりゃそうだろ、常識的に考えて」
「がふっ……」
シンジは息絶えた。それに東は思う、この地獄では性別など関係なく全員ミイラになるだけだろうと
ヒガシは力尽きた▼
一方体育館、女子補習実施場所であるこの地では訓練が甘いおかげかまだ、生きていた。
「ゼヒューコヒュー」
ただ一人、自称もやしの半機械を除いて。
「君、無事かね?」
ほぼ死にかけのモモノキに声をかけたのは、全身黒い燕尾服に紳士帽という暑苦しい格好をしているゴトーだった。
「な、なんとか、ほら私、最新バッテリー積んでるから」
「成程、つまり君は肉体的にはもう限界であるにもかかわらず、そのバッテリーのせいで生き地獄を味わっているということか」
「そうなんだよ…そうなんだよな…あの親父!」
「どうどうだよ~モモノキちゃん」
「おいっす」
そこにツガにヒバといつものメンバーが集まる。
「アンタら、なんで?」
「タルキ先輩にパン食い尽くされた、見て無かったっけ?」
「いや、なんか記憶が混濁してて、たぶんあの痛々しい…」
瞬間、モモノキの背に悪寒が走る。
彼女は既に体にアシバナの恐怖を刻み込まれているのである。
「まあフリーズしたモモノキは置いといて、ゴトーさん女子だったんだね」
「ゴフッ」
「いやー、いつもその紳士礼装一式着てるから全然分かんなかったよ、クラスの人とも全然しゃべらないしさ」
「ガフッ」
「ヒバちゃんもうやめて!ゴトーちゃんがもう限界!」
ゴトーは膝と手を地に着いた。
「……でもツガっち、ツガっちはゴトーさんの性別知ってた?」
「いや知らな「ゴハッ」ああごめんゴトーちゃん!」
男子と比べるととても軽い補習内容だった女子の補習ではあるが、こうして死体が2体出来上がった。