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幸せの小麦的日常

『さて、いよいよ終盤、最後の障害が見えてまいりました』


『ほぼ地雷といっても過言ではない落とし穴にジャングルと言っても差し支えない規模の樹海とこれほんとに公立高校レベルか!?と言いたくなるような障害ばかりでしたが、最後に生徒の行く手を阻む関門とはいったい?』


『パン食い競争です』


『えっ?』


『パン食い競争です』


『いえ、聞き直したわけではなく…』


「意外だな…」


モモノキの想いを代弁するかのように、ミチカケはそうつぶやいた。

しかし無理はない、第一、第二ととてもじゃないが高校生が挑めるとは言えないレベルの試練を走らされたのだ。疑い深くなるのも当然のことであった。


「おっとそこのチミ油断してますねぇ?」


「貴方は?」


「ワタクシ新聞部のゴトーと申します、以後お見知りおきを」


そう言ってゴトーは紳士が被っていそうな真っ黒な帽子を押さえた、別に風も吹いていないし飛びそうにもなっていないが、らしさは出ていた。

下が体操服なせいで台無しであったが、それでもゴトーはニヒルに微笑む。


「ただのパン食い競争?そんなわけないでしょう?」



『えー、初期案ではパンに薬品を仕込む、パン周囲を罠だらけにする、などの案が出ていたそうなのですが、料理部からの熱いブーイングにより普通のパン食い競争となりました。

代わりと言っては何ですが、料理部の皆さんが腕をかけてパンを焼いてくれたそうですよ、ちなみに一個以上その場で食せばクリアです。料理部部長サエキ氏曰く「落ち着いて食事をしないなんて言語道断」だそうです』


『食パンくわえて角でぶつかる伝統的な出会いのシーンを真っ向から否定していますね~』



「…」


「…ドンマイです」


ゴトーはその場で膝を折った。



第一、第二の障害と比べると一見緩そうに…いや、実際に緩い第三の障害“パン食い競争”であったが、予想外の足止めを食らっている人物がいた。


「くそ!僕は一体どうしたら!」


落とし穴を突破した後、その健脚を持って馬であるウタシロすら追い抜いてトップに躍り出ていたタルキである。


「パンを『一個以上』食せばクリアだと!?」


料理部部長サエキもこれがマラソンの障害……つまり選手に対して時間を稼がなければならないことは十二分に分かっていた。

しかしサエキにはパンに毒を仕込むなどといった料理を台無しにする行為は一切許せないし、落ち着いて食事が取れないなども許せはしなかった。

故に「おいしいパンを食わせればそれに夢中になって時間が稼げる」という部員にも無茶だと言われた夢見がちな考えを持ってこの障害を作り上げたのであるが……


「ほ、本当に『一個以上』つまりいくらでも食べていいというのか!」


こんなアホみたいなトラップに引っかかる男がいるとは料理部部員たちもビックリであった。

ただ一人、考案者であるサエキだけが自慢気な表情でパン生地をこねていた。







「タ、タルキ先輩!?考えたな……」


トップに遅れること1、2分。彼を追っていたウタシロ・トリネコが遂に追いついた、しかし。


「たしかにパンが無ければ後続は『パン一個以上を食す』の条件は満たせない……。後は自分のタイミングで走り出して逃げ切ろうという計算。やりますね」


フッと人馬形態で汗を拭うウタシロ。


「えっ先輩。この人普通にパンが食べたいだけなんじゃ……」


『何という驚異的な戦略でしょうか!タルキ君、パンを独占する事で後続を完全に締め出し!

現在ただ1人の第3障害の通過者となっています』


タルキの驚異的な食事スピードに驚くしかない実況。


「だから多分この人、美味しいからパンを食べ続けてるだけ……」


「そんなバカな!!食べるべきパンがないなんて、こんなに頑張ってジャングルも超えて来たのに……」


その場に膝から崩れ落ちるミチカケ。


「だかr……いやもういいです、私が間違ってました」


トネリコはションボリとウタシロの背の上で体操座り。


「騙されるんじゃな!!」


と、ここで何処からかヒガシ・シンジの2人を引き連れて現れたテラタがピシリと指摘する。


「奴はただ今月無くなった食費分を埋めるためにこれ幸いとパンを食い溜めてるだけだ!

騙されるんじゃないぞお前たち。奴を放っておけば最後小麦の在庫の方が先に尽き!!」


「「『な、なんだってーー!?』」」


「だからそれ私が……いや、もういいです」


一同が満場一致で驚く事実を突きつけ、ドヤ顔を決めるテラタ等の肩にポンと手が置かれる。


「捕まえたぞ、脱走者共が……」


地の底から絞り出したような低音に戦々恐々と後ろを振り返る3人。そこには般若面の如き顔のアサクラ・カキウチの姿があった。


「公共共通機関など、町内の全てに手を回しておるに決まっとるだろうが未熟者共め。

忍者の末裔たる私を出し抜きたいなら変装の一つや二つしてから挑むんだったな」


「お前ら3人には俺から特別な指導をやってやるから首洗って待っとけよ?」


こ、殺される……。共謀者3人は無残に力尽きた。



「クソッしかし破るったっていったいこの意地汚い生物をどうやってパンから引き離せば……」


タルキの目的を完全に理解した生徒たちは彼の攻略法を必死に考え始める、しかし……。


「うわっ危ねぇ! ダメです!タルキさん完全に野生に戻ってますよ。パンを取ろうと手でも伸ばしたらそれごと噛みちぎらんばかりで……」


『実況としてもこの膠着状態は辛い!!誰か何とかして下さ〜い』


「そんな事言われても……なぁ?」


「ああ……」


なす術なく怪物をのさばらせる一同の元へ遂に救世主が現れる。


「フッ、みんなして立ち往生してるから何かと思えば。皆さん!!

下がっていてください。私がどうにかします」


「お、お前ヤダマぁ。今まで何処に居たんだよ、それにいくらお前でもあんな怪物……」


「フッ、なに。少しファットなこの体型が走行のジャマをしていただけ……。

それにな、君たちは勘違いをしている。彼は生きる為に野生に返った、それならばこちらも同じ気持ちになってしまえばいいだけの事」


そう言うと少し深呼吸したヤダマは雄叫びを上げ!!


「オラァァァァ、パン寄越せやー!!」


「どうすんだよ!手に負えないのが1匹増えただけだぞこれ!?」


「あっでもおいよく見ろ!」


見れば両者、あまりにも食い意地が張ったため食パン一本を両側から齧り付きポッキーゲームよろしくパンの取り合いを始めたのだ。


「しめた!注意が完全にもう1匹の方に移ってる。今のうちにパンを食え!」


第3障害の前に列をなしていた生徒たちが雪崩れ込む用にパンを食べ始めた。




「やっと…抜け出せた…」


「まさかこんなに時間かかるとはね~」


「真面目に餓死を覚悟したよ!生徒が遭難するような樹海作ってんじゃねえよ、というかどうやって用意したんだ……」


これまで生徒たちは割と簡単に樹海を抜け出し第3障害『パン食い競争』にたどり着いていたように見えるが、実際そんなことはない、2kmにわたる広大な樹海を抜け出すにはテラタのような特殊なスキル持ちか、似たような景色が続く道に翻弄されない強い精神力を持ち、運が良くなければならない。

たった今樹海を抜け出したヒバ、ツガのように樹海で迷う生徒が大半であり、さらに言えば彼女らですらまだ早い方である。


「でもあとはパンが待ってるだけだよ~サエキ先輩ってこういうのに一切妥協しないからおいしいパンがきっと待ってるさ!」


「甘いよツガっち…実況聞いてなかったの?」


「タルキ先輩とヤダマ君がフードファイトしてるってね~でもそのおかげで抜けた人もいるっぽいから大丈夫だよ」


「そう上手くいくかなぁ?」


このヒバの考えは的中することとなった。

二人がようやくパンコーナーにたどり着く直前、何者かの亡骸が転がっていた。


「サエキ先輩!?」


「…君たちは……そうか、後続の…すまない……私は勝てなかった…」


「サエキ先輩!しっかりしてください!目を閉じちゃダメです!」


「いや……もう…いいんだ……私は…夢を見ていたんだ……」


「サエキせん「ツガっち…」」


サエキの体を揺すり、必死に呼びかけ続けるツガの肩にヒバが手を置いて首を横に振る。


「ツガっち、今は聞くんだ。きっともう間に合わないからさ…」


「ヒバちゃん…」


「信じてたんだ…皆が…おいしい……食事をとれたら…世界から争いは…きっと無くなるって…」


「ッ!!」


「私は……間違えていたのだろうか……?」


「そんなことありません!先輩の、先輩の夢は!誰にも間違ってるだなんて言わせません!」


「そうか…よか…っ……た…」


サエキの体から力が抜け、くしゃりと地面に倒れ伏した。

数多ものパンをこね、焼き続けた疲労により髪は白化し、腕は赤く腫れ痙攣していた。

しかし、その表情はまるで母親の腕に抱かれ眠る赤子のように安らかなものだった。


「ヒバちゃん…」


「ツガっち…」


「見に行こう、サエキ先輩をこんなになるまで追い込んだ原因を」


「いや、もう分かってるようなものだけどね」


ツガの目には炎が宿っていた。

復讐心による怨嗟の炎ではない、ただ見届ける、それだけのために宿った強い意志の炎だった。

そしてたどり着いたパンコーナー、そこにはやはりというか、最後のパンを食べ終えた二匹の獣の姿があった。


「うっぷ、もう食べらんない…」


「…」


暴食の獣・ヤダマはただえさえ転がりやすそうな体を普段の1.5倍ほどに肥大化させ、腹に手を当てて転がっていた。

しかし飢餓の獣・タルキの様子がおかしい、彼は大地に片膝をつき、まるで何か懺悔するような姿で静かに目をつむっていた。


「ちょっ、ツガっち?」


タルキにツガが近づく。


「満たされましたか?」


「ああ、もう十分だ。」


「もう、分かっていますね?」


「ああ、理解しているとも」


「それでは」


「ああ、だが…」

「半ば一方的なものとはいえ、窮地を助けてくれた友との約束を破るほど、僕は落ちぶれちゃあいない!」


タルキの目が開き、両手を地につき、腰を上げる、クラウチングスタートである。


「だいぶ寝坊してしまったが!もう醒めたとも!すまないな見知らぬ慈母の如き女史よ!僕は先へ行く!!」


タルキは一瞬で最高速度まで加速、数秒も経たないうちに彼の姿は見えなくなった。


「まったく、勝手なんですから…」

「ふふっ、でも、嫌いじゃないですよ、そういうの」



「えっ何この展開?」


ヒバだけが取り残された。


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